国立感染症研究所

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西日本におけるノロウイルスの分子疫学

(IASR Vol. 35 p. 169-170: 2014年7月号)

ノロウイルスは、高齢者福祉施設、医療機関、学校、保育園・幼稚園における感染性胃腸炎の集団発生の主要な原因となっている。ノロウイルスの流行もインフルエンザウイルスと同様に、パンデミックと呼んでもおかしくない世界的大流行を引き起こすことが明らかとなってきており、その原因となる可能性のあるウイルスの抗原性や病原性の変化を解析することが重要と思われる。近年、ウイルス様粒子(virus like particle)の構造解析1)、ウイルスが細胞表面の糖鎖に結合するために重要な領域や抗体が認識する可能性のあるepitopeのアミノ酸配列の変化が報告された2,3)。また、全長ゲノム(約7.5 kb)配列の情報も蓄積されつつあり、ウイルスゲノム間の組換えが大流行を起こすウイルス出現の要因となっている可能性が指摘されている4)。組換えのホットスポットはORF1とORF2の境界にあるが、一部ORF2のN/S領域の3’部分での組換えも確認されていることから、遺伝子型タイピングの領域と抗原性を有するP2 subdomainをコードする領域との非連続性も考慮する必要が出てきた。このことは、従来行われてきたN/S領域による遺伝子タイピングのみでウイルスの全体像を把握することが困難であり、今後の全ゲノム解析の重要性を提起しているが、本稿では、従来通りN/S領域の配列情報について、大阪府立公衆衛生研究所(10例以上の集団発生)、広島県立総合技術研究所保健環境センター(食中毒、集団発生および散発事例)、山口県環境保健センター(食中毒および集団発生)、愛媛県立衛生環境研究所(食中毒、集団発生および散発事例)、福岡県保健環境研究所(食中毒事例)において検出されたGIIノロウイルスの遺伝子型についてまとめた。

各シーズンに流行したGIIウイルスの遺伝子型
各自治体における集団発生、定点医療機関からの散発事例、食中毒事例において検出されたウイルスの遺伝子型を集計し、年度において検出数10事例を超えた遺伝子型のみを表示した(図1)。その検出数から、西日本において2010年度と2012年度に流行があったことが示唆された。2010年度の流行はGII/4とGII/3によるものであった。GII/4はすべての自治体で多く検出されたが、GII/3は主に大阪府で検出され、山口県、愛媛県で少数検出されたが、広島、福岡両県での検出例はなかった。2010年度、大阪府での保育園・幼稚園のノロウイルス集団発生事例の約48%(36事例)がGII/3によるものであった。一方、同じ年度、高齢者福祉施設等におけるGII/3の検出は4事例のみであり、約88%(36事例)がGII/4によるものであった。このことから、年齢層におけるノロウイルス遺伝子型感受性に差があることが示唆された(左近ら、投稿中)。さらに、2012年度の流行では、保育園・幼稚園、高齢者福祉施設ともに検出された遺伝子型のほとんどはGII/4であり、すべての年齢層でGII/4が大流行したと思われる。これは、この流行が新しいノロウイルスGII/4・Sydney 2012亜株によるものであったことと関連があるものと思われる。2013年度に、GII/6が愛媛県、広島県でそれぞれ11事例、10事例報告され、地域的流行があったが、他の自治体における検出数は大阪府3事例、山口県1事例で、福岡県では検出されなかった。また、2013年度にGII/13が愛媛県で6事例、広島県で3事例検出されたが、大阪府、山口県、福岡県では検出されなかった。このように遺伝子型によっては地域における流行のばらつきがあったと思われる。

GII/4遺伝子型ノロウイルス亜株流行の変遷
SK primerで増幅されるN/S領域282 bp によってGII/4の亜株を正確に同定することは、ゲノム内における組換えが起こる可能性があること、亜株間の変異数が少ないことから困難であると思われる。しかし、2000年代後半以降に流行した亜株間におけるこの領域での遺伝子配列の違いは、Minerva 2006b←10 bp→New Orleans 2009←7 bp→Sydney 2012←9 bp→Minerva 2006bであり、流行株において変異の蓄積もそれほど進んでいないことから大まかな振り分けは可能である。本稿では、各地方衛生研究所で検出されたGII/4の配列278 bp(5085-5363)および代表的な亜株としてMinerva 2006b、New Orleans 2009、Sydney 2012の相同配列部分を用い、最尤法により系統樹を作成し、各亜株に振り分けられた数を集計し、年度ごとの検出数の割合をグラフに表した(図2)。たとえばここでは、Apeldoorn 2008aに類似する配列は、Minerva 2006bに振り分けられている。ちなみに前者のORF2領域は後者に由来すると考えられている4)。この集計によるMinerva 2006b、New Orleans 2009、Sydney 2012に相同性の高い配列の合計検出数はそれぞれ101、66、65であり、2010, 2011年度はMinerva 2006bとNew Orleans 2009に類似したウイルスが流行したが、2012年度以降はほぼ完全にSydney 2012亜株類似ウイルスに置き換わったと考えられた。ただし、組換え等の可能性を考慮すると、この亜株への振り分けがすべて正しいと限らないのは前述したとおりであり、今後、ノロウイルスの流行状況をより正確に把握するためには、亜株の詳細な解析を考慮に入れたノロウイルスの全ゲノム遺伝子配列データの蓄積と、それらを標的とした解析が重要である。

 
参考文献
  1. Prasad BV, et al., Science 286: 287-290, 1999
  2. Debbink K, et al., J Infect Dis 208: 1877-1887, 2013
  3. Lindesmith LC, et al., J Virol 87: 2803-2813, 2013
  4. Eden JS, et al., J Virol 87: 6270-6282, 2013
山口県環境保健センター 
  調 恒明 岡本(中川)玲子 村田祥子 戸田昌一      
大阪府立公衆衛生研究所 
  左近直美 上林大起     
広島県立総合技術研究所保健環境センター 
  重本直樹 福田伸治 久常有里 谷澤由枝 高尾信一      
愛媛県立衛生環境研究所  
  青木里美 山下育孝 四宮博人      
福岡県保健環境研究所 
  芦塚由紀 吉冨秀亮 千々和勝己

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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