国立感染症研究所

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ジカウイルス感染症:国内における対策

(IASR Vol. 37 p. 129-131: 2016年7月号)

はじめに

ジカウイルス感染症の原因となるジカウイルスは, 1947年にウガンダのジカ森林のアカゲザルから初めて分離された。ジカウイルス感染症は1950年代からアフリカと一部の東南アジア地域におけるヒトでの流行が確認されていたが, 近年その流行地域は, ミクロネシア連邦のヤップ島(2007年), 仏領ポリネシア(2013~2014年), 中南米, カリブ海地域(2015年以降)等に急速に拡大している。さらに世界保健機関(以下, WHOという)は2016年2月1日に緊急委員会を開催し, 小頭症およびその他の神経障害の集団発生に関して「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(PHEIC)」を宣言した。本稿では, こうした事態を踏まえたわが国でのこれまでのジカウイルス感染症対策と, 現在および今後の対策について述べる。

概 要

2015年以降, 中南米においてジカウイルス感染症が流行し, ブラジル保健省からジカウイルス感染症と小頭症との関連性について示唆する報告がなされたことを受け, 厚生労働省では, 同年12月の厚生科学審議会感染症部会において, ジカウイルス感染症に関し, 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下, 「感染症法」という。)の四類感染症に位置づける可能性について議論を行った。WHOのPHEIC宣言を受け, 2016年2月5日(2月15日適用)に感染症法の四類感染症および検疫感染症に位置づけ, 医師の届出義務や媒介蚊対策の対象とするとともに, 関係指針および通知等を併せて改訂し, 関係機関における対応体制を整備した。また, 政府としてジカウイルス感染症に関する対策の総合的な推進に係る関係省庁の検討・調整を図るため, 「国際的に脅威となる感染症対策推進チーム」の下に 「ジカ熱に関する関係省庁対策会議」 を2月2日に設置した。以後, ジカウイルス感染症に対する国内での対応として, 1)水際対策の適切な実施, 2)国内の検査・治療体制の整備, 3)国民への迅速かつ的確な情報提供, 4)有識者の確保による専門的な相談体制の構築, 5)感染拡大防止のための媒介蚊対策, および6)ワクチン・治療薬・診断法の研究開発の促進を行ってきた。

1)水際対策の適切な実施

検疫所におけるポスター, リーフレット等を用いた注意喚起を早急に開始するとともに, 2月5日(2月15日適用)には, ジカウイルス感染症を検疫法の検疫感染症に位置づけ, 水際対策を強化した。さらに全国13箇所の検疫所において, ジカウイルスの検査体制を整備するとともに, 蚊の活動時期に備えた対応として, 空海港における蚊のモニタリング調査, 検疫法における蚊の駆除等の予防策を実施している。また, ジカウイルス感染症に関する最新情報をFORTH(For Travelers’ Health)のウェブサイトで提供している。

2)国内の検査・治療体制の整備

2月5日(2月15日適用)には, ジカウイルス感染症を感染症法の四類感染症に位置づけるのと併せて, 「蚊媒介感染症に関する特定感染症予防指針(平成27年4月28日厚生労働省告示第260号)」(以下「蚊の指針」という)の対象に追加し, 蚊媒介感染症の対応・対策の手引き(自治体向け)および蚊媒介感染症の診療ガイドラインを改訂した。また, 都道府県および日本医師会等を通じて関係機関に周知し, 迅速に患者を把握し必要な措置を講じられる体制を整備した。また, 国立感染症研究所および地方衛生研究所におけるジカウイルスの検査体制を整備した。この他, 自治体関係者や医療関係者を対象とした研修会を随時開催し, 適切な対応体制の確保に努めている。

3)国民への迅速かつ的確な情報提供

厚生労働省のウェブページにジカウイルス感染症の特設ページを設け, ジカウイルス感染症に関するQ&Aや各種お知らせを情報提供している他, 政府広報として政府インターネットテレビ等を通じての啓発も行っている。また, 感染症危険情報およびスポット情報等を発出・更新し, 渡航者および流行地域での滞在者(特に妊婦および妊娠予定の方)に対して, 外務省海外安全ウェブページや在外公館からのメール等を通じて, 情報提供・注意喚起を行ってきた。さらに旅行・観光関係業者および流行地域と関係の深い企業に対する情報提供・注意喚起も行ってきた。国内における蚊の活動時期や, 2016年8~9月に開催されるリオデジャネイロ五輪等に向けた対応として, 各省庁, 地方自治体, 企業をはじめ国民全体で「夏の蚊対策国民運動」を展開するとともに, 特に6月を「夏の蚊対策広報強化月間」とし, 国民から広く募集した 「夏の蚊対策」 に関する標語の受賞作品を用いた広報・普及啓発を集中的に実施している。

4)有識者の確保による専門的な相談体制の構築

ジカウイルス感染症に関する医療, 公衆衛生等に関する専門家を選定し, 政府において迅速に専門的な相談等を実施できる体制を整備している。また, 最新の情報および知見をもとに, 妊婦からの電話等の相談に対応する体制を全国的に整備している。さらに専門家が, 最新の情報および知見に基づき, 「蚊媒介感染症診療ガイドライン」を改訂し, 医療従事者が適時適切に診療できるよう, 随時更新している。

5)感染拡大防止のための媒介蚊対策

地方自治体向けの蚊媒介感染症の対応・対策の手引きの活用を促進するとともに, 研修会を開催してきた。また, 蚊媒介感染症対策として, WHOによるPHEIC宣言以前より, 蚊の指針を策定し, 国・都道府県・医療機関等が一体となって対策を講じていたが, ジカウイルス感染症についても重点的に対策を講じる必要があるため, 2016年3月30日, 蚊の指針にジカウイルス感染症に関して追記した。さらに防蚊対策の強化を目的として, ディートまたはイカリジンを有効成分として含有する忌避剤(前者は30%製剤, 後者は15%製剤)の製造販売承認申請の取得に際して, 一定の期間に申請された品目については, 2016年9月30日までを目処に迅速審査の対象とすることとした。

6)ワクチン・治療薬・診断法の研究開発の促進

開発可能性のあるワクチンおよび治療薬について, 2月9日に「開発途上国の感染症対策に係る官民連携会議」の下に 「ジカウイルス感染症に関するワクチンの開発促進チーム」を設置し, 迅速な開発を個別具体的にかつ多角的に支援することを検討した。国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)を中心に, 内閣官房, 文部科学省, 厚生労働省が連携し, 適時適切に研究開発を推進している。現在, 「感染症研究国際展開戦略プログラム(J-GRID)」のアジア・アフリカの海外研究拠点を活用して, 現地におけるジカウイルス感染症の発生状況等について情報収集・共有をするとともに, ジカウイルス感染症等蚊媒介感染症の検査法の開発, 日本産ヒトスジシマカの分布およびウイルス感受性の研究を実施している。また, 平成28年度第1回医療分野の研究開発関連調整費の中で, 総合的なジカウイルス感染症対策強化のために追加予算を配分し, ジカウイルスに対するワクチン開発等の推進, ジカウイルス感染症の迅速診断法の実用化, 蚊媒介感染症リスク評価ツールの確立および母子感染の診療に関するガイドラインの確立を推進している。

おわりに

以上, これまでの国内での対応について述べたが, 今後さらなる蚊の活動時期に備えた対応およびリオデジャネイロ五輪に向けた対応として, ①ジカウイルス感染症についての情報提供および普及啓発の集中的実施, ②流行地域からの帰国者の増加に備えた検査体制の整備, ③媒介蚊対策の強化, ④診断法・治療薬・ワクチンの研究開発促進等を行っていく必要がある。ジカウイルス感染症等の蚊媒介感染症の対策に, 引き続き国内でも万全を期していく。

 

参考文献
  1. 厚生労働省ホームページ(ジカウイルス感染症特設ページ)
    http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000109881.html
  2. ジカウイルス感染症に関する当面の対応について(平成28年4月5日時点)
    http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kokusai_kansen/pdf/jikauirusu_taiou.pdf
  3. 防除用医薬品及び防除用医薬部外品の製造販売承認申請に係る手続きについて(薬生審査発0615第1号), 平成28年6月15日
    http://wwwhourei.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T160617I0010.pdf
  4. 厚生労働省検疫所 FORTH―海外で健康に過ごすために―ホームページ
    http://www.forth.go.jp/
  5. 蚊媒介感染症に関する特定感染症予防指針(一部改正)
    http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000122432.pdf

厚生労働省健康局結核感染症課

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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