国立感染症研究所

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平成28年度 (2016/17シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過

(IASR Vol. 37 p.225-227: 2016年11月号)

1. ワクチン株決定の手続き

わが国におけるインフルエンザワクチン製造株は,厚生労働省(厚労省)健康局の依頼に応じて,2月中旬~4月上旬にかけて3回に分けて国立感染症研究所(感染研)で開催される『インフルエンザワクチン株選定のための検討会議』で検討され,2016年は4月6日に最終的に選定された。感染研はこの結果を4月22日に厚労省健康局長に報告し,これを受けて6月7日に健康局長から決定通知が公布された(IASR 37: 134,2016)。

本稿に記載したウイルス株分析情報は,ワクチン株が選定された2016年3月時点での集計成績に基づいており,それ以後の最新の分析情報を含むシーズン全期間(2015年9月~2016年8月)での成績は,総括記事「2015/16シーズンのインフルエンザ分離株の解析」(本号4ページ)を参照されたい。

2. ワクチン株について

近年のインフルエンザの流行においては,A(H1N1)pdm09およびA(H3N2)ウイルスに加えてB型ウイルスは山形系統とビクトリア系統の混合流行が続いており,欧米諸国ではA型2株およびB型2株を含む4価インフルエンザワクチンの供給へと移行してきている。このことから,わが国においても平成27年度より4価のインフルエンザワクチンを導入することになった。インフルエンザワクチン株選定のための検討会議では,国内外の流行株の遺伝子解析,抗原性解析,さらに2015/16シーズンのワクチン接種後に誘導されたヒト血清抗体の流行株との反応性,およびワクチン製造候補株(高増殖株)の製造効率を推定するための発育鶏卵(卵)での増殖性などを総合的に評価して,平成28年度インフルエンザワクチン株として,以下に示すA型2株およびB型2株を選定した。

A型株
 A/カリフォルニア/7/2009(X-179A)(H1N1)pdm09
 A/香港/4801/2014(X-263)(H3N2)
 B型株
 B/プーケット/3073/2013(B/山形系統)
 B/テキサス/2/2013(B/ビクトリア系統)

3. ワクチン株選定理由

3-1. A/カリフォルニア/7/2009(X-179A)(H1N1)pdm09

今シーズンのA(H1N1)pdm09ウイルスによる流行は,国内外ともに主流であった。ウイルスの赤血球凝集素(HA)遺伝子の進化系統樹解析では,最近の流行株はグループ6Bに分類され,その中でも今シーズンのウイルスは6B.1および6B.2というサブグループに分類された。日本を含め世界の多くの国では6B.1に分類されるウイルスが主流であったが,中国は6B.2に分類されるウイルスが多かった。フェレット感染血清を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験による抗原性解析では,サブグループ6B.1と6B.2の分離株は抗原的には違いはなく,これらはいずれもワクチン株A/カリフォルニア/7/2009類似株であった。一方,A/カリフォルニア/7/2009を含む今シーズンのワクチン接種後のヒト(小児,成人,高齢者)血清23~30名分を用いて,ワクチン株および流行株との反応性を調べた。成人および高齢者ではワクチン株A/カリフォルニア/7/2009で誘導される抗体は,流行の主流である6B.1流行株と比較的よく反応していたが,小児では6B.1および6B.2両流行株との反応性が下がる傾向がみられた。これらヒト血清による成績からは,最近の流行株はA/カリフォルニア/7/2009から抗原性が変化しつつあるのか現時点では判断が困難であった。このため,今後も血清サンプル数を増やすなどして継続的な検討を進めることとなった。また,今後の流行株の変化に備えて,今シーズンの主流クレード6B.1から高増殖株の作製が現在試みられているものの,ワクチン株選定時点ではワクチン株として使用できる状況にはなかった。以上の解析結果やワクチン製造候補株の準備状況を総合的に判断してWHOは,2016/17シーズン北半球向けワクチン株としてA/カリフォルニア/7/2009類似株を推奨した。

わが国および近隣諸国においては,解析したすべての分離株はA/カリフォルニア/7/2009およびワクチン製造株A/カリフォルニア/7/2009(X-179A)と抗原的に類似していた。また,A/カリフォルニア/7/2009(X-179A)は製造効率が良好で,わが国では6シーズン続けて採用されてきた実績がある。
 
以上のことから,平成28年度のA(H1N1)pdm09ワクチン株として,A/カリフォルニア/7/2009(X-179A)株が引き続き選定された。

3-2. A/香港/4801/2014(X-263)(H3N2)

今シーズンのH3N2の流行は,一部の国を除いて,世界的に流行の規模が小さく,国内においても分離・検出報告数の約10%程度であった。HA遺伝子の進化系統樹解析から,国内外で分離されたほとんどのウイルスはクレード3C.2aに属するウイルスであり,今シーズンのワクチン株A/スイス/9715293/2013が属するクレード3C.3aあるいは,3C.3,3C.3bに属するウイルスは少数であった。
 
流行の主流を占める3C.2aの分離株はレセプター結合部位近傍に糖鎖が付加されており,そのためHA活性が非常に弱く,従来抗原性解析に用いてきたHI試験が困難であった。このため国内分離株についてはすべて中和試験法により抗原性解析が実施された。一般的にHI試験法と中和試験法の結果は,相関があると言われており,海外のWHOインフルエンザ協力センターではHA活性がある分離株については従来どおりHI試験で,それ以外の分離株については,中和試験を併用して解析が行われた。

流行の主流である3C.2aに属する分離株とワクチン株A/スイス/9715293/2013で代表される3C.3aの分離株では,抗原性に大きな違いはないが,3C.2a分離株はA/スイス/9715293/2013に対する抗血清より,3C.2aの代表株A/香港/4801/2014やA/ミシガン/15/2014抗血清とよく反応し,抗原的にはこれら代表株により近いと判断された。さらに,A/スイス/9715293/2013株を含むワクチンを接種した人(小児,成人,高齢者)の血清と流行株との反応性を調べたところ,3C.2aの流行株との反応性が低下する傾向がみられた。特に細胞分離の3C.2a流行株との反応性は低く,この傾向は小児の血清でさらに顕著であった。このことから,WHOは2016/17シーズン北半球向けのワクチン株に3C.2aの代表株A/香港/4801/2014類似株を推奨した。さらに,国内流行株についても同様の解析結果が得られたことから,わが国での2016/17シーズンのワクチン株はA/スイス/9715293/2013から変更し,流行の主流クレードの3C.2aから選定するのが妥当と判断した。

WHOのワクチン推奨株A/香港/4801/2014の類似株としてA/香港/7127/2014,A/ニューカレドニア/71/2014およびA/ビクトリア/673/2014が挙げられ,それぞれの株から高増殖株が作製されており,国内のワクチン製造候補株として,A/香港/4801/2014から3株(X-263,X-263A,X-263B),A/香港/7127/2014から2株(X-261,NIB-93),A/ニューカレドニア/71/2014から1株(X-257A)およびA/ビクトリア/673/2014から1株(NIB-92)が検討された。また,高増殖株ではないがA/香港/4801/2014類似株であるA/埼玉/103/2014野生株も検討された。

それぞれの検討株に対するフェレット感染血清を作製し流行株との反応性を調べた。検討株のうち,A/ニューカレドニア/71/2014(X-257A)およびA/ビクトリア/673/2014(NIB-92)については,解析した流行株はすべて,ホモ抗体価から16倍以上反応性の低下がみられ,これらは卵馴化による抗原変異が著しく,流行株から大きく抗原性が乖離していることから,それ以降の検討から除外された。

A/香港/4801/2014の高増殖株3株(X-263,X-263A,X-263B),A/香港/7127/2014の高増殖株2株(X-261,NIB-93)については,米国CDCで解析した成績も参考にして検討した。また,並行してワクチン製造効率の参考となる卵増殖後のウイルス蛋白収量についても検討した。各高増殖株に対する抗血清と流行株との反応性およびウイルス蛋白収量の結果から,ワクチン株としての適性を考慮して検討株の絞り込みを行った。その結果,A/香港/7127/2014の2株(X-261,NIB-93),A/香港/4801/2014の2株(X-263A,X-263B)は,ワクチン製造候補株としては適当ではないと判断された。一方,A/香港/4801/2014(X-263)抗血清は,流行株との反応性が感染研成績では22%,CDC成績では41%であり,卵馴化による抗原変異の影響を受けているが,蛋白収量は今シーズンのワクチン製造株A/スイス/9715293/2013(NIB-88)の約65%であり,検討した株の中では最も良かった。このことから,高増殖株からはA/香港/4801/2014(X-263)が最終候補となった。

一方,野生株A/埼玉/103/2014は,ワクチン種株作製用に品質管理された培養細胞として感染研が新規に開発したイヌ腎上皮細胞由来のNIID-MDCK細胞で分離され,その後卵で継代された株である。この卵継代8代目(E8)株に対する抗血清は約70%の流行株と良好な反応性を示したこと,厚労省規制担当部局からこのような継代歴を持つウイルスをワクチン製造に使用しても問題ないとの確認が取れたこと,さらに,本株由来の高増殖株は現在作製中であり,当面供給される見込みがない,などから,野生株での検討となった。A/埼玉/103/2014(E8)は,増殖性,蛋白収量ともに極めて低いため,さらに卵で20代まで継代したA/埼玉/103/2014(E20)について詳細な検討が行われた。本株に対するフェレット感染血清(3種類)は,調べた65~69%の流行株と良く反応した。しかし,蛋白収量はワクチン株A/スイス/9715293/2013(NIB-88)の約47%と増殖効率は極めて低く,また,野生株であるため粒子形状が紐状のものも含まれているため,製造の濾過工程での回収率が低く,製造効率も落ちる可能性が指摘された。加えてこの株を用いるとワクチン供給量の減少と供給時期が1~2カ月遅延することが問題視された。さらに,蛋白収量が悪いワクチン株では,メーカーでの精製過程で卵由来の夾雑物を除ききれない可能性があり,これによる副反応も例年より多くなる可能性が懸念された。

以上,高増殖株A/香港/4801/2014(X-263)および野生株A/埼玉/103/2014候補株のワクチン株としての適性についての総合的評価から,平成28年度のA(H3N2)のワクチン株としてA/香港/4801/2014(X-263)が選定された。 

3-3. B/プーケット/3073/2013(B/山形系統)

近年B型ウイルスは山形系統とビクトリア系統の混合流行が続いており,最近2年間は山形系統の流行が優位であったが,今シーズンはビクトリア系統がやや優位であった。今シーズンの山形系統の流行株は,HA遺伝子の進化系統樹解析では国内外ともにほとんどすべての株が,ワクチン株B/プーケット/3073/2013が属するグループ3に属した。

流行株の抗原性解析では,ほとんどすべての流行株がワクチン株B/プーケット/3073/2013に対する血清とよく反応しており,B/プーケット/3073/2013類似株であった。またB/プーケット/3073/2013を含むワクチン接種者(小児,成人,高齢者)の血清と流行株との反応性は良好であった。

2016シーズンの南半球および2016/17シーズンの北半球用の3価ワクチンとしては,WHOはB型からビクトリア系統を推奨し,4価ワクチンとしてはさらに山形系統からB/プーケット/3073/2013類似株を推奨した。

国内においては,流行株のほとんどはB/プーケット/3073/2013類似株であり,またB/プーケット/3073/2013株は今シーズンのワクチンとしての製造実績もある。このことから,平成28年度のB/山形系統のワクチン株として,B/プーケット/3073/2013株が引き続き選定された。

3-4. B/テキサス/2/2013(B/ビクトリア系統)

今シーズンのビクトリア系統の流行規模は国内外ともに山形系統よりやや大きかった。HA遺伝子の進化系統樹解析から,ビクトリア系統のウイルスはすべて今シーズンのワクチン株B/テキサス/2/2013で代表されるクレード1Aに属していた。解析したほとんどの流行株の抗原性は,ワクチン株B/テキサス/2/2013またはその類似株B/ブリスベン/60/2008に類似していた。またB/テキサス/2/2013またはB/ブリスベン/60/2008を含むワクチン接種者(小児,成人,高齢者)の血清と流行株との反応性は良好であった。このことから,WHOはビクトリア系統のワクチン株としてB/ブリスベン/60/2008類似株を推奨した。

今シーズンの国内でのビクトリア系統の流行株について,細胞分離のB/ブリスベン/60/2008株およびB/テキサス/2/2013それぞれに対するフェレット感染血清との反応性を調べた結果,どちらの血清も流行株とよく反応した。一方で,卵分離のB/ブリスベン/60/2008株およびB/テキサス/2/2013それぞれに対するフェレット感染血清との反応性を調べたところ,B/テキサス/2/2013に対する血清との反応性は,B/ブリスベン/60/2008に対する血清との反応性より良かった。これは卵分離のB/ブリスベン/60/2008は卵馴化の影響*)を大きく受けているためと考えられた。

以上の成績から,平成28年度のB/ビクトリア系統のワクチン株としてワクチン製造実績のあるB/テキサス/2/2013が選定された。

*)B型ウイルスにおいてもH3N2亜型ウイルスと同様卵馴化により,ビクトリア系統はHA蛋白の197-199番目のアミノ酸に卵継代による置換が入り,それによって糖鎖が欠落して抗原性変異を起こすことが知られている。卵分離のワクチン候補株B/ブリスベン/60/2008およびB/テキサス/2/2013も例外ではないが,その変異の程度はA(H3N2)亜型ウイルスより小さいことが感染研および米国CDCの解析から示されている。


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インフルエンザワクチン株選定会議事務局
インフルエンザウイルス研究センター
 小田切孝人

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