国立感染症研究所

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東京都におけるアニサキス症とその対策

(IASR Vol. 38 p.71-72: 2017年4月号)

アニサキス属の線虫Anisakis spp.は, 主にヒゲクジラやイルカなどの海洋哺乳動物を終宿主とし, オキアミを中間宿主とする寄生虫で, アニサキス属線虫の幼虫が寄生した魚介類(待機宿主)を刺身, 寿司, マリネなど生に近い状態で喫食すると, 虫体が頭部を胃粘膜等に潜入させることにより, 激しい胃腸炎を伴うアニサキス症の原因となる。また, トド, アザラシなどを終宿主とし, アニサキスと同様に魚介類が感染源となるシュードテラノーバ属の線虫Pseudoterranova spp.によるシュードテラノーバ症も, 行政上ではアニサキス症とされている。今回, 食中毒届出件数が増加傾向にあるアニサキス症について, 東京都における現状とその対策を2011~2015年までの実績に基づいて紹介する。

1.都内のアニサキス症とその原因食品

現在, アニサキス属の線虫には9種類が知られている。魚介類に寄生するアニサキス第3期幼虫はその形態の特徴からI型からIV型に分類される1))。9種のアニサキス幼虫のうち6種がI型幼虫に分類され, 一般的に, リボゾームRNA遺伝子のITS領域またはミトコンドリアゲノムのcytochrome c oxidase subunit 2遺伝子をコードする塩基配列の解析により種の同定がなされる。一方, II型, III型およびIV型幼虫は, 形態学的にそれぞれAnisakis physeteris, Anisakis brevispiculata, Anisakis paggiaeと同定することが可能である。日本近海の魚介類には, Anisakis nascettiiを除く8種のアニサキスの寄生が確認されている。

都内で発生するアニサキスおよびシュードテラノーバによる有症事例の96%は, I型幼虫のAnisakis simplex sensu stricto(狭義のA. simplex)による()。原因と疑われる食品はサバが最も多く, 「しめさば」を原因食品とするアニサキス症は有症事例の約30%を占める。一方, Anisakis pegreffiiPseudoterranova decipiens sensu lato(同胞種を含む広義のP. decipiens)が検出された事例はそれぞれ3件(推定原因食品:アジ, カツオなど)および2件(推定原因食品:アンコウ, サケ)であった。アニサキスと異なり, シュードテラノーバによる有症事例では嘔吐や強い吐き気が特徴とされ, 都内で発生した2事例中1事例でも激しい吐き気を伴っていた。また, 都内では年間を通じてアニサキスの検査依頼があるが, 近年, サンマの生食によるアニサキス症の増加もあり, 9月および10月の有症事例の発生頻度が他の時期と比較して多い傾向にある。

2.アニサキスの種類とアニサキス症との関係

魚介類に寄生するアニサキスの種類は魚種や魚の生息海域, 生息深度などにより異なる。例えば, 日本近海に生息するマサバには, 日本海側ではA. pegreffii, 太平洋側ではA. simplex sensu strictoが主に寄生している。他の魚種においてもほぼ同様の傾向が認められるが, キンメダイのような水深200m以下に生息するいわゆる深海魚では, 太平洋側で漁獲される魚であってもA. physeterisが多数寄生しており, 魚の生息深度によっても寄生するアニサキスの種類に違いがある1)。アニサキスは魚の内臓表面に寄生している場合が多いが, サバ, サケ, サンマなどの魚では, 虫体が筋肉中に移行しやすく, そのような魚種を原因食品としたアニサキス症が多く報告されている。アニサキスの種類によって魚肉への移行状況が大きく異なり, 日本近海の魚介類から高頻度に検出されるA. simplex sensu strictoとA. pegreffiiの魚肉中への移行率を比較した場合, マサバにおいては前者の方が約100倍高いことが明らかとなっている2)。一方, A. physeterisは魚肉中への移行率は低く, 当センターの調査ではキンメダイの筋肉中にA. simplex sensu strictoが移行していることはあるが, 筋肉からA. physeterisを検出した経験はない。なお, これまで国内のA. physeterisによるアニサキス症は数例しか報告されていないが, 症状はA. simplex sensu strictoやA. pegreffiiによるものと差異はないと考えられる。

3.感染防止対策とアニサキス食中毒に対する取り組み

東京都・区においては, 魚介類販売業や飲食店(以下, 事業者と呼ぶ)と消費者とを対象にして, 食品を介した寄生虫症に関するリスクコミュニケーションの場を設け, またアニサキスによる食中毒予防を呼びかけるパンフレット3)を対象者別に複数作成して, 感染予防のための注意喚起を行っている。リスクコミュニケーションに際しては, 保健所の協力により, 都内186の事業者における「自家製しめさば」について調査した結果, 約76%の事業者が冷凍していないサバを使用していた。魚の内臓から筋肉へのアニサキスの移行を抑えるため, 冷蔵保存や内臓と内臓周りの筋肉(ハラス)を早期に切除することにより, アニサキス食中毒はある程度防止可能であるが, 最も有効な予防方法は加熱処理または24時間以上の冷凍処理を行うことである。養殖魚におけるアニサキスの寄生は極めて少ないことから, 養殖魚の使用も望ましい。また, 一部の事業者はキャンドリング法によるアニサキス検出法4)を参考に, 魚の切り身におけるアニサキス寄生の有無を, 紫外線ブラックライトを用いて提供前に確認している。この検出法は表面近くの虫体しか検出できないことから適用範囲が限定されるが, 事業者による独自のアニサキス対策となる。

食品衛生法上, アニサキスは食中毒病因物質とされ, 食中毒と診断した医師は保健所へ届出する必要がある。しかしながら, アニサキス症を食中毒として届出する義務があるという認識を診断した医師が十分に持っていなかったこと, また, 2013年1月までは医師が保健所に届ける食中毒事件票に病因物質の種別としてのアニサキスが明記されていなかったこともあり, 届出数は2010年まで全国で20件にも満たなかった。現在では, 年間100件程度と全国のアニサキス食中毒届出数の増加が認められているが, まだ推定患者数5)と大きく乖離している。今後, 医師からの届出の徹底をさらに図るとともに, アニサキス食中毒に係る調査において得られた情報を消費者や事業者に還元し, アニサキス食中毒を未然に防止していくことが課題である。

なお魚介類には, アニサキス属やシュードテラノーバ属以外に, コントラシーカム属など多くの種類のアニサキス亜科の線虫も寄生するが, これらは極めて稀にしかヒトには感染せず, 食中毒の病因物質からは除外されている。

  

参考文献
  1. Murata R, et al., Parasitol Int 60: 193-198, 2011
  2. Suzuki J, et al., Int J Food Microbiol 137: 88-93, 2010
  3. 消費者向け: http://www.tokyo-eiken.go.jp/files/archive/kurashi36.pdf 
    事業者向け: http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shokuhin/anzen_info/anisakis/anileaf.pdf
  4. 山﨑 浩ら, 食品衛生検査指針 微生物編, 日本食品衛生協会, 842-843, 2015
  5. 唐澤洋一ら, 日本医事新報 4386: 68-74, 2008

 

東京都健康安全研究センター・微生物部
 鈴木 淳 村田理恵 日向綾子 新開敬行 貞升健志

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