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鳥取県で発生した国内5年ぶりとなる食餌性ボツリヌス症

(IASR Vol. 33 p. 218-219: 2012年8月号 一部修正 2013/10/24)

 

2012年3月に鳥取県米子市で国内5年ぶりとなる食餌性ボツリヌス症が発生したので、その概要を報告する。

症例:69歳男性、69歳女性の夫婦2名。同居家族なし。

経緯:2012年3月23日夕方から夫に嘔気が認められ、24日午前2時30分頃から両者とも眼瞼下垂等の体調の異変を感じて救急搬送を要請した。午前3時の搬送時、両者とも嘔気、両眼瞼下垂、呂律難、ふらつきがみられ、加えて、夫には呼吸困難、眼球の外転障害の徴候、妻には腹部膨満感、眼球の下転障害が認められた。両者とも顔面知覚障害、眼球対抗反射異常はなく、聞き取り可能な状態であった。また、一般的血液検査で白血球数、赤血球数、肝機能等に異常は認められなかった。その後、呼吸状態が悪化したため気管チューブが挿入された。午前7時前後、両者とも一時的に心肺停止状態に陥ったが、救急措置により蘇生した。

ボツリヌス症が疑われたため、ボツリヌス毒素抗血清が24日夕方に投与された。2012年6月26日現在両者とも人工呼吸管理中であるが、夫は左足指、左頬、顎関節、眼瞼等一部は動かすことができ従命可能、妻は眼球、顔面筋は動くが従命不可の状態である。

摂食状況:搬送時聞き取った摂食状況は次のとおりであった。3月23日昼食(14時頃)にあずきばっとう(岩手県宮古市の業者が製造)を加温して2人で食べた。味に異変はなかった。賞味期限は見ていなかった。夕食は自宅で調理したカレーにレトルトカレーを追加して食べた(夕食と発症との前後関係は不明)。

食品検査:3月24日、自宅に残されていた、あずきばっとう、カレー残品、レトルトカレー未開封品およびシチュー残品を国立医薬品食品衛生研究所に送付し、ボツリヌス毒素の検出および菌の分離を依頼した。鳥取県衛生環境研究所では、残りのあずきばっとう、カレー残品およびシチュー残品について食中毒細菌全般を対象にして検査を実施した。

鳥取県衛生環境研究所における検査結果:カレー残品、シチュー残品からは食中毒細菌は分離されなかったが、あずきばっとうからは卵黄加CW寒天培地に多数の辺縁不正の白色扁平コロニーがみられた。これらを純培養し、PCRによってA型ボツリヌス毒素産生遺伝子の保有を確認した。また菌の16S rDNAのBLAST検索によりボツリヌス菌と同定した。

国立医薬品食品衛生研究所での検査結果:食品に等量の緩衝液を加え混和の後、その上清画分とボツリヌス毒素多価抗血清(A、B、E、F)で中和後の上清画分をマウス腹腔内に投与し、ボツリヌス毒素による致死を確認した。毒素の認められた検体については、A、B、C、D、E、Fの各毒素型の抗血清を用いて毒素型別を行った結果、A型ボツリヌス毒素と同定した。食品中の毒素量(マウスLD50)の推定は、マウス3頭を用い静脈内投与法により行った。その結果、あずきばっとうグラムあたり約75,000マウスLD50であった。あずきばっとうからはA型ボツリヌス菌が分離された。これらの菌からはPCR によりA型毒素遺伝子とB型毒素遺伝子の両方が検出された。菌培養液にはA型毒素活性は検出されたがB型毒素活性は検出されず、B型毒素遺伝子は機能していないA(B)型ボツリヌス菌と考えられた。一方、カレー残品、レトルトカレー未開封品、シチュー残品からは、ボツリヌス毒素は検出されず、ボツリヌス菌も分離されなかった。また、岩手県から取り寄せた同一業者によるあずきばっとう未開封品3検体からは、ボツリヌス菌は検出されなかった。

患者便等検査:患者便および血清(3月24日、5月21日および23日採取)を、国立感染症研究所に送付しボツリヌス毒素の検出および菌の分離を委託した。

国立感染症研究所での検査結果:3月24日採取された患者2例の便および血清のすべてからA型ボツリヌス毒素が検出された。また、患者2例の便検体いずれからもA型ボツリヌス菌が分離された。これらの菌においてPCRによりA型毒素遺伝子とB型毒素遺伝子の両方が検出された。菌培養液にはA型毒素活性は検出されたがB型毒素活性は検出されず、B型毒素遺伝子は機能していないA(B)型ボツリヌス菌と考えられた。5月採取の患者1例の便からはA型ボツリヌス毒素を検出したが、もう1例の便には毒素活性は検出されなかった。しかし両方の便からA型ボツリヌス菌が分離された。5月採取の血清からは毒素活性は検出されなかった。

あずきばっとうの概要:あずきばっとうは岩手県宮古市の業者で製造され、700g入りのものは、2012年2~3月にかけて約400個販売されている。この商品はあずき餡とうどんを混ぜ、真空包装し1時間煮沸して製造される。患者自宅を調査した時、賞味期限は表面がはがれており読み取れない状態であった。一括表示として要冷蔵(5℃以下)の表示がなされていた。事件後当該商品について同様事例、苦情は寄せられていない。

考察:煮沸1時間の工程により毒素は失活するが、芽胞菌を完全に死滅させることはできない。製品内に残存したボツリヌス菌芽胞が飲食に供されるまでに発芽増殖し、生成された毒素によって食中毒が起こったものと推察された。

 

鳥取県衛生環境研究所 上田 豊 花原悠太郎
独立行政法人国立病院機構米子医療センター 阪本智宏
鳥取県西部総合事務所生活環境局 松村 毅
国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部
北村 勝 百瀬愛佳 朝倉 宏 岡田由美子 五十君靜信
国立感染症研究所細菌第二部 岩城正昭 加藤はる 柴山恵吾

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