横浜市で発生した乳児ボツリヌス症について
(IASR Vol. 40 p15-16: 2019年1月号)
はじめに
2016年6月, 横浜市で27年ぶりとなる乳児ボツリヌス症例が発生したので, その概要を報告する。
症 例
患者は0歳4か月男児, 既往歴等特記事項はなく, 便秘・活気不良のため医療機関を受診, 同日入院となった。入院時, 体温36.9℃, 血圧84/44 mmHg, 心拍数136/分, 呼吸数24/分, SpO2 86% (RA), 入院時の血液検査所見では明らかな異常は認められなかった。入院後, 全身状態の悪化は認められなかったが, 便秘が遷延し, 啼泣は弱々しく活気不良も持続した。超音波検査, 髄液検査, 頭部MRI, MRAでは異常は認められなかった。入院6日目に散瞳, 対光反射緩慢, 下肢腱反射消失, 眼瞼下垂を認め, 乳児ボツリヌス症を疑い, 便培養を医療機関検査部で行った。血圧が90 mmHg前後から60mmHg台に低下, 人工呼吸器による管理の必要性が考えられたため三次医療機関に転院となった。
細菌学的検査
医療機関の検査部において, ボツリヌス菌が疑われる菌が分離されたが, 同定キットではっきりと同定できないため精査を依頼したいとの相談が横浜市衛生研究所にあり, ABHK寒天に発育した菌株が嫌気状態で搬入された。この菌株についてABHK寒天および卵黄加CW寒天に塗抹, 30℃48時間嫌気培養したところ, ボツリヌス様コロニーが観察された。これらの平板上の菌体は, 端在性の楕円形の芽胞を持つ桿菌であり, ボツリヌス遺伝子検出用プライマー(Takara)を用いて, A型, B型, C型, D型, E型, F型, G型のボツリヌス毒素遺伝子の検出を行ったところ, B型ボツリヌス毒素遺伝子が陽性となった。また, Bacterial 16S rDNA PCR kit(Takara)を用いて菌株の16S rRNAの全長約1,500bpの遺伝子について塩基配列を決定し, DDBJのBLASTにて相同性検索を行ったところ, Clostridium botulinumおよびClostridium sporogenesの16S rRNAと99%同一という結果になった。
分離菌株がボツリヌス菌であることが強く疑われたため国立感染症研究所(感染研)に行政検査を依頼した。マウス試験により, 同菌株がB型毒素産生性のボツリヌス菌であると同定された。当所でも結果を受けたと同時に, 二種病原体として適切な管理を始めた。同日に別の医療機関からも乳児ボツリヌス症を疑う患者の検査について相談があり糞便が搬入されたが, 主治医への聞き取りから転院先の医療機関において採取された同一患者のものであることがわかった。後日, この糞便検体からも, B型ボツリヌス毒素遺伝子陽性のC. botulinumが検出された。
本症例では, 糞便および血清からのボツリヌス毒素検出検査は実施されなかった。
患者家族への聞き取りなどから, 患者はハチミツの摂食歴はなかった。保健所が, 患者家族が摂食していたハチミツ1検体, 患者が摂食していた乳児用の粉末茶2検体, 環境検体(掃除機内のゴミ, エアコンフィルター)5検体を確保したため, クックドミート培地に接種しボツリヌス菌の分離培養を行ったが, すべて陰性であった。
考 察
ボツリヌス症は, 国内では非常に稀な疾患であり, 本事例も横浜市内では1989(平成元)年1)以来27年ぶりの事例であった。そのため, 事例探知直後は保健所内でも, 乳児ボツリヌス症と食餌性ボツリヌス症の病態を混同している部分が見受けられた。このことから常時から医療機関, 保健所, 地方衛生研究所 (地衛研)の職員が, ボツリヌス症が発生したときにどのような対応を取るのが最良であるかを知っていなければならないと思われた。
マウスを用いた糞便および血清からのボツリヌス毒素検出検査は, 特にボツリヌス食中毒を疑う場合には重要である。ボツリヌス食中毒では, 糞便あるいは血清中ボツリヌス毒素陽性であっても糞便におけるボツリヌス菌培養陰性になるケースがあること, さらに, なるべく迅速に検査を行って原因食品を同定し, 流通食品の回収をしなければならないことが理由にあげられる。乳児ボツリヌス症疑い事例においては, ボツリヌス食中毒疑い事例ほどの緊急性はないものの, 本症例において医療機関の検査室で便培養を行ったことにより結果的に診断が遅れたことは否めない。
マウス試験によるボツリヌス毒素検出は, 医療機関では実施不可能な検査であるが, 一部の地衛研もしくは地衛研や保健所を通して感染研細菌第二部で実施可能である。医療機関の医師がボツリヌス症を疑った際には, 管轄の保健所もしくは地衛研に問い合わせ, 迅速な検体の確保と速やかな行政検査の実施が図られるよう, 行政側からも情報を発信していかなければならないと感じた事例であった。
参考文献
- Toyoguchi S, et al., Acta Paediatr Jpn 33: 394-397, 1991