国立感染症研究所

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中国で感染したブルセラ症例

(IASR Vol. 33 p. 101-102: 2012年4月号)

 

ブルセラ症はブルセラ属菌により引き起こされる世界的に重要な人畜共通感染症であるが、日本での報告は少ない。ブルセラ症は全例届出が必要となっているが1999年4月1日から18例が届けられたのみである。今回在日中国人が中国に一時帰国した際に感染したと考えられる頚椎椎体椎間板炎を合併したブルセラ症を経験したので報告する。

症例:41歳女性(現在の国籍は日本だが、出身地は中国黒龍江省)
既往歴:糖尿病、慢性腎炎
社会生活歴:喫煙10本/日×25年、機会飲酒
現病歴:2005年8月より日本在住。2011年3月~6月3日まで中国に一時帰国した。中国滞在時、実家で家畜として飼育されていた山羊との直接的な接触は無く、乳製品や生肉は摂取しなかったが、実家のトイレと家畜飼育小屋が近接していた。日本に帰国後2011年7月ころより全身の関節痛、頭痛、眼痛、火照り、悪寒、食欲低下、体重減少がみられた。頭痛とともに発熱もみられたが数日で改善する状態を繰り返していた。8月18日上記を主訴に当院内科受診、更年期障害疑いと診断された。22日に神経内科受診し筋緊張性頭痛、片頭痛、更年期障害と診断され外来にて経過観察となっていた。11月10日より39℃までの発熱あり、17日には頭痛の悪化、首・肩・背中の痛みも出現した。症状改善ないため18日当院救急外来を受診し、同日入院となった。

入院時所見では後頸部~肩関節にかけて強い自発痛を認め、自力での体動も困難な状態であった。血液検査では白血球は正常範囲でありCRP 5.53 mg/dlであった。入院後は2~3日に1回は39℃程度の発熱を生じたが、その際の心拍数は60拍/分台と比較的徐脈であった。頸部CT、MRI および髄液検査では異常所見を認めなかった。第4病日に入院時に採取した血液培養からグラム陰性桿菌が検出されたとの報告あり、尿路感染の可能性が高いと判断し、ceftriaxone 1g/dayを開始した。第7病日にブルセラ症が強く疑われたため、同日よりdoxycycline 200mg/日内服、gentamicin 200mg/日の投与を開始した。発熱は消失したが、自発痛は残存したためNSAIDS等の内服を開始し、疼痛は改善傾向となった。第12病日の、骨シンチグラフィーで頚椎に集積が認められ、第21病日のMRI でもC5、6椎体および椎間板の信号強度はT2強調画像で増強、後方の硬膜外腔に軟部影がみられ椎体および軟部影はGd造影にて増強が認められた。その後、国立感染症研究所にて行った抗体検査ではBrucella abortus 80倍、B. canis 40倍であり、PCR検査ではB. melitensis の増幅パターンを示した。その結果をふまえ、最終診断はB. melitensis によるブルセラ症と診断した。合併症はC5、6の椎体椎間板炎であった。外来での経過観察の方針とし、第21病日に退院となった。

考 察
ブルセラ症の感染経路としては感染動物の加熱不十分な乳製品や肉の摂取による経口感染が最も一般的である。また、流産時の汚物への接触、汚染エアロゾルの吸入によっても感染する。10~100個という少ない菌数で容易に感染が成立しうるため、菌と接触回数が多い職業や汚染食品の摂取が感染のリスクとなり、職業別にみると55.9%が農業従事者であり、29.2%が羊飼いであった。また、季節的偏りがあり3~8月に74.8%が発生する。これは山羊、羊のように季節繁殖する動物が原因である場合、患者発生はその出産シーズンの1~2カ月後にピークを迎えるためである。ブルセラ症は中国では1950年半ば~1970年に高い地方的流行があったが、大規模なワクチンプログラムの施行(1964~1976年)により、その後発症数は徐々に減少していき、1994年には500人まで減少した。しかしながら1995年から再び増加の一途をたどっている。特に内モンゴル自治区ではとても高い流行があり、1999~2008年において43,623人が感染したと報告されている。2008年が一番多く、計10,000人を超えていた。このように発症数が急激に増加した要因には、検疫されずワクチン接種もされていない動物の貿易や輸入が急激に増えたことの他に、ブルセラ症に対する医療者側からの認知度が高くなったことや、微生物学的検出の技術が向上したことがあげられる。2011年に入ってからも3月に内モンゴル自治区の市内検疫担当者が羊の大規模な検疫を実施、4月に 100人以上が腰痛やめまいを訴えブルセラ感染症と診断されたとの報告がある。

本症例の出身地である黒龍江省は内モンゴルの東側に位置する。2010年12月に黒龍江省ハルビン市にある東北農業大学で解剖実習に使った羊が原因で28人がブルセラ感染症にかかったとの報告があり、黒龍江省においてもブルセラは家畜に存在している。本症例は中国への一時帰国の3~6月の間にブルセラに感染し、症状出現の7月に発症したと考えられる。感染経路については家畜との直接接触がなかったこと、未殺菌の乳製品の摂取がなかったことからエアロゾルによる感染が疑われる。

ブルセラ症は症状が非特異的であるため血液培養の採取が診断の鍵となってくるが、前述のように吸入による感染症の危険性もあり、実験室内で感染が生じるリスクが高い菌の1つである。培養結果により初めてブルセラ菌と認識して感染防御のレベルを上げる現在のシステムでは本菌の実験室内感染を防ぐことは困難である。そのため安全キャビネット内で作業を行うことや、リスクが高い検体を事前に拾い上げるシステムの構築が望まれる。また医師としては問診の際には常に渡航歴に着目する心がけが必要と考えられる。

 参考文献
1) Juan D, et al ., Clin Infect Dis 46: 426-433, 2008
2)今岡浩一, モダンメディア 55: 18-27, 2009
3) Julie L, et al ., N Engl J Med 359: 1942-1949, 2008
4) Zhang W, et al ., Emerg Infect Dis 16: 2001-2003, 2010
5) Papadimitriou G, et al ., Lancet Infect Dis 6: 91-99, 2006

新潟市民病院
総合診療内科 山田舞乃 野本優二 尾崎青芽 矢部正浩 山添 優
臨床検査科 今井由美子
感染症内科 手塚貴文 塚田弘樹

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