国立感染症研究所

鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスによる感染事例に関するリスクアセスメントと対応

平成25年5月21日現在
国立感染症研究所

 

背景

 以下のリスクアセスメントは、現時点で得られている情報に基づいており、新たな情報により内容を更新していかなければならない。事態が流動的であるため当面は1〜2週間おきに定期的にリスクアセスメントを更新していく予定である。

 

疫学的所見

  • 鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスによるヒト感染例は今回の中国での感染事例が世界初の報告である。
  • 中国および台湾の発表では、5月17日現在132例が報告されており、うち36例が死亡している。
  • 現在報告されている初発例の発症日は2月19日であり、3月中旬までは散発的な報告であったが、3月下旬から4月中旬まで症例が継続して報告されていた。4月下旬からは、症例の報告頻度は減少傾向にある。
  • 症例は上海市から1例目が報告された後、3月には浙江省、江蘇省、安徽省、4月には河南省、北京市、台湾、湖南省、山東省、福建省、江西省からそれぞれ報告され、現時点で報告地域は中国2市8省及び台湾となっている。
  • 在上海日本総領事館より中国内の対応状況が報告されている:
    • 上海市、浙江省、江蘇省はそれぞれ、5月10日、16日、17日に過去20日間、28日間、21日間にわたり新たな感染例が確認されていないことなどから、緊急対応を終了し、予防・コントロール業務は常態化管理に移行したとのことである。
  • N Engl J Med (2013.4.24 online first、DOI:10.1056)の報告によると、
    • 患者は73%(60/82)が男性で、年齢は中央値62歳(範囲2~91歳)で、5歳未満は2%、65歳以上が46%であった。
    • 患者の臨床像は軽症なものから全身症状を伴う肺炎まで様々であり、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の合併は48%(19/40)に認められ、発症からARDSまでは中央値8日(範囲5~10日)、発症から死亡までは中央値11日(範囲7日~20日)であった。
    • 患者は89%(73)が核酸検出、9%(7)がウイルス分離、2%(2)が血清学的検査で診断された。
    • ノイラミニダーゼ阻害薬は64%(41例/64例)、中央値6日(範囲4-8日目)に投与されていた。
    • 動物との接触歴が77%(59例/77例)に認められ、内訳は鶏76%(45例)、アヒル20%(12例)、ハト14%(8例)、野鳥10%(6例)であった。
    • 同一家族内での複数の患者が発生した事例が3件認められた。
  • 中国江蘇省に滞在し上海を経て帰国した53歳男性が台湾での初症例として確認された。患者は4月9日に帰国し、12日に発熱を認め、16日に入院した。入院中の咽頭スワブ2検体に関して鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスのReal-time RT-PCRは陰性だったが、22日の喀痰のReal-time RT-PCRでは陽性だった。
  • 現在のところ、臨床現場における迅速診断キットの有効性は示されていない。
  • 現時点では、感染源・感染経路が不明である。
  • 限定的なヒト―ヒト感染が起こっている可能性は否定できない。ただし確定例に対する接触者調査からはヒト-ヒト感染は確認されていない。
  • Emerging Infectious Diseases (Vol19, Number 8, 2013) に発表された論文によると、確定例が報告された中国2市8省において、3月4日から4月28日の期間に、インフルエンザ様症状を呈した患者から採取された20,739検体に対して鳥インフルエンザA(H7N9)のReal-time RT-PCR検査が実施され、6検体(0.03%)が陽性であった。この検査陽性の6症例の内訳は、2例が入院を必要としない軽症の小児例、4例が重症の成人例であった。これらの結果は、鳥インフルエンザA(H7N9)がこの地域におけるインフルエンザ様疾患の通常の原因ではないことを示している。また、亜型不明のインフルエンザ陽性検体の増加も観察されなかった。
  • 環境調査に関しては、4月26日現在、13,014地点(生鳥市場、食鳥処理場、家禽農場、野鳥生息地、豚と畜場、養豚場、環境)で218,897検体が検査され、上海市、安徽省、江蘇省、浙江省、河南省の1市4省(生鳥市場14、野生ハト1、伝書鳩養殖農家1)から採取された46検体が鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス陽性(0.07%)であった(中国農業部公表)。それ以降では、広東省、江西省、山東省などからも、鶏と環境から鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス陽性、5月9日には福建省福州市の市場の環境サンプルから鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス陽性が報告されている。

ウイルス学的所見

  • 当該ウイルスは3種類の異なる鳥インフルエンザウイルスの遺伝子交雑体であると考えられる。
  • ヒト分離ウイルス15株は遺伝子系統樹解析の結果から互いに非常に類似していた。しかし、そのうちの1株(A/Shanghai/1/2013)は、塩基配列上では他の14株とは区別され、共通の祖先から分岐した別系統の近縁ウイルスが同時期に伝播していたことが示された。
  • 上海市、江蘇省、浙江省のハト、ニワトリおよび環境からの分離ウイルス7株の遺伝子系統樹解析の結果からは、上記ヒト分離ウイルスのうちの上記14株と類似性が高く、同系統のウイルスと考えられる。しかし、鳥とヒトのウイルス株の間には明らかに異なる塩基配列もあり、今回報告された鳥分離ウイルスが今回報告された患者に直接に感染したものであるとは考えにくい。
  • ヒト分離ウイルス15株の全てのHA遺伝子は、ヒト型のレセプターへの結合能を上昇させる変異を有していた。またPB2遺伝子を解析したヒト分離ウイルス11株のすべてに、RNAポリメラーゼの至適温度を鳥の体温(41℃)から哺乳類の上気道温度(34℃)に低下させる変異が観察された。これらの株については、ヒト上気道に感染しやすく、また増殖しやすいように変化している可能性が強く示唆された。
  • 鳥、環境からの分離ウイルス7株のHA遺伝子の解析では、1株を除きヒト型のレセプターへの結合能が上昇していたが、PB2遺伝子配列が公開されたウイルス5株のすべてについてはRNAポリメラーゼの至適温度を低下させる変異は観察されなかった。
  • ヒト分離ウイルス15株および鳥、環境からの分離ウイルス7株、合計22株の遺伝子解析の結果からは、これらのウイルスは鳥に対して低病原性であり、家禽、野鳥に感染しても症状を出さないと考えられる。また一般的に、H7亜型のインフルエンザウイルスはブタにおいても不顕性感染であることが知られている。従って、この系統のウイルスがこれらの哺乳動物の間で症状を示さずに伝播され、ヒトへの感染源になっている可能性がある。
  • NA遺伝子の塩基配列からは、ヒト分離株のうちの1株A/Shanghai/1/2013が、抗インフルエンザ薬のオセルタミビルおよびザナミビルに対する感受性が低下している可能性が指摘された。しかし、現時点での酵素活性測定結果では、オセルタミビル、ザナミビルには感受性があるとされている。
  • M遺伝子については、解析した全てのウイルスが、アマンタジン、リマンタジンに対して耐性であると判断された。
  • 初期の限られた症例に対して詳細なウイルス学的解析が実施されている段階であり、さらなる所見の蓄積が望まれる。

[補足] 鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスにおける複数のアミノ酸の特徴

H7N9-table130521

左の表は、中国で2013年2~4月にかけて検出された新種の鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスのウイルスタンパク質におけるアミノ酸の特徴である。全長ゲノム配列が同定されたヒト由来の15株とトリ・環境由来の7株について、PB1, PB2, HA, NA,M1, M2, NS1 の7種類のタンパク質で判明している宿主適合性・受容体結合性・病原性・抗ウイルス剤感受性に関わるアミノ酸変異を示した。表中のアミノ酸は一文字表記、特に注目すべき変異については太字で記すとともに赤線で囲い、表下部にその置換パターンを明記した。提供:国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター (図をクリックするとPDFファイルがダウンロードできます)

 

日本国内の対応 

  • 指定感染症:鳥インフルエンザ(H7N9)を指定感染症として定める等の政令(平成25年政令第129号)、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行令の一部を改正する政令(平成25年政令第130号)、検疫法施行令の一部を改正する政令(平成25年政令第131号)等が4月26日に公布された。それに伴い、5月2日付の厚生労働省通知により、38℃以上の発熱及び急性呼吸器症状があり、症状や所見、渡航歴、接触歴等から鳥インフルエンザA(H7N9)が疑われると判断した場合、保健所への情報提供を行い、保健所との相談の上、検体採取(喀痰、咽頭拭い液等)を行うこととなった。

 

リスクアセスメントと今後の対応 

  • 中国からの確定患者の報告数は現時点では減少傾向となっているが、感染源、感染経路が不明のままであり、引き続き患者が発生する可能性がある。それに伴い、今後、鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染者が中国から国内に入国する可能性がある。
  • 限定的なヒトーヒト感染が起こっている可能性があることから、国内に入国した感染者から家族内などで二次感染が起こりえることを考慮する。
  • 国内の医療機関で鳥インフルエンザA(H7N9)疑い患者が発生した場合には、保健所は医療機関と密接に連携し、その標準的対応フローに従い、疑い患者から採取した検体を地方衛生研究所へ搬入する。
  • また、感染研は 「鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症の患者の治療および感染対策について、インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症に関する臨床情報のまとめ:臨床像・検査診断・治療・予防投薬」、を4月26日に「鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症に対する院内感染対策」を5月17日に感染研ホームページに掲載しているところであるが、今後もWHO、中国等からの情報に基づき、正確な情報を提供していく。
  • 鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスはノイラミニダーゼ阻害剤に感受性であるとされ、早期診断・早期治療を行うことにより重症例の減少が期待される。
  • 現時点で、ヒトーヒト感染は確認できていないが、ヒト分離の鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスがヒトへの適応性を高めていることは明らかであり、パンデミックを起こす可能性は否定できない。厚労省・感染研は適時のリスク評価にもとづいて、パンデミックへの対応強化を行っていく。

 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version