国立感染症研究所

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The Topic of This Month Vol.33 No.4(No.386)

ブルーリ潰瘍 2012年

(Vol. 33 p. 85-86: 2012年4月号)

 

ブルーリ潰瘍(Buruli ulcer )は細菌の一種である抗酸菌Mycobacterium (.) ulcerans 、またはその近縁のM. ulcerans subsp. shinshuense が原因で発症する、皮膚潰瘍などの皮膚病変を主症状とする感染症である(表1)。ブルーリ潰瘍の名称は、アフリカのウガンダのブルーリ地方で「大きな皮膚潰瘍」の患者が多くいたことから命名された。

WHO(世界保健機関)の取り組み : WHOでは、ブルーリ潰瘍を「顧みられない熱帯病(neglected tropical diseases: NTD)*」のひとつとして、診断・治療・予防・研究に精力的な活動を行っている(http://www.who.int/buruli/en/)。また、WHOは1998年にGlobal Buruli Ulcer Initiativeを発足させ、疫学や検査、治療、予防などの検討を行っており、日本では国立感染症研究所ハンセン病研究センターが中核的センターとなっている。

疫学: WHOは毎年ブルーリ潰瘍の患者数を集計している。現在までに世界では30カ国以上からの報告があり、年間約 5,000人の新規患者が報告されているが、実数はさらに上回ると考えられている(本号3ページ)。患者は西アフリカから中央アフリカの国々に多く、コートジボワールは年間約 2,500人、ガーナは約 1,000人、ベナンは約500人など多数を占めている。アフリカ地域では患者の多くは15歳未満の小児が多い(本号4ページ)。アフリカ地域の他にはオーストラリア、メキシコなどでも報告されている。また、中国へ旅行して感染・発症したヨーロッパ在住の中国人の例も報告されている。

日本では1980年に1例目が報告され(論文報告は1982年)、2004年からは毎年報告があり増加しているが(図1図2)、これは学会発表や論文発表などによって臨床医にブルーリ潰瘍が疾患として認識され始めたためと考えられる。2011年末までに合計32人の患者が報告されているが、すべて国内での感染例である。

日本および先進国でブルーリ潰瘍の報告が少ないことの一因には、疾患に対する認知度が低いことと、皮膚感染症に対して早期に抗菌薬を投与し、ブルーリ潰瘍と診断される以前に治癒している症例があると考えられる。

原因菌の性質と感染経路M. ulcerans およびM. ulcerans subsp. shinshuense の主な性状を表2にまとめた。通常は環境中(土中や水中などと考えられる)にいる菌で、至適温度は30~33℃だが、25℃程度の室温でも増殖可能である。外国で分離された菌は中国での感染例以外はすべてM. ulcerans であった。日本の患者から検出された原因菌のすべてと中国での感染例はM. ulcerans subsp. shishuenseであった。

菌は毒素[毒性脂質のマイコラクトン(mycolactone)]を産生し、細胞傷害性と、局所免疫抑制作用がある(本号5ページ)。また、細胞壊死作用があるために皮膚潰瘍を形成する。さらに末梢神経のシュワン細胞を障害するために潰瘍になっても痛みをほとんど自覚しない。

ブルーリ潰瘍の感染経路は、いまだ不明である。これまでの疫学調査では、川辺や池、湿地などの周辺の住民、特に小児に患者が多いことが知られている(本号6ページ)。したがって、土中や水中に常在している原因菌が何らかの方法で皮膚の傷口から侵入するか、媒介生物に刺咬されるなどが想定されている。なお、菌を持っている動物(保菌生物)や媒介生物などに関しては諸説あり、今後の調査研究が待たれる。ヒトからヒトへの感染は報告されていない。

臨床症状:一般的な好発部位は、裸露部である上肢や下肢、時に顔面である。初期には、虫刺され様の紅斑から紅色丘疹で、徐々に直径数cm大の無痛性の皮下の結節、硬結、浮腫に進行していく。その後、数日~数週間でその中心部が自壊し、潰瘍になっていく(本号7ページ)。痛みは無いか軽度である。疼痛を認める場合は二次感染も考慮する。診断・治療が遅れると潰瘍は大きくなり、治癒しても関節拘縮やケロイドなどの後遺症を残すことがある。発熱は稀で、全身状態は良好なことが多く、ブルーリ潰瘍が死因となることは稀である。

病原体検出の検査と診断:病原体検出には潰瘍底や潰瘍側面などを綿棒で擦過し、スライドグラスに塗抹、抗酸菌染色して検鏡を行う(スメア検査)。皮膚組織や膿などを抗酸菌培養(小川培地)する。病変部からの擦過物や膿・生検組織などから原因菌に特異的なDNA (IS2404 )を検出するPCR検査を行う(本号9ページ)。その他病理組織検査で抗酸菌染色して抗酸菌を検出する。

日本では培養成功例において菌の同定にDNA-DNAハイブリダイゼーション検査(DDHマイコバクテリア”極東”)を行うことが多いが、M. marinum 陽性の場合にはブルーリ潰瘍も鑑別に入れる必要がある。その理由は、M. ulcerans M. ulcerans subsp. shinshuense が遺伝子的にM. marinum と非常に近いためである。

感染症なので原因菌を検出できれば確定診断になる。しかし、菌の分離・同定には数週間~数カ月を要する。従って日本においては、(1)潰瘍を伴う皮疹(疼痛は不定)、(2)皮膚の病理組織検査で壊死を認め、(3)PCR検査(原因菌特異的なIS2404 DNAを検出)で陽性であれば「ブルーリ潰瘍」と診断する。ちなみに途上国では検査を実施しにくいので臨床症状で診断する場合が多い。しかしWHOは最近、アフリカなどの途上国でもPCR検査体制を整備している。

臨床的に類似した疾患(鑑別診断)には皮膚結核、ハンセン病、皮膚リーシュマニア症、ハエ幼虫症などの熱帯皮膚感染症、糖尿病性潰瘍、褥瘡、壊疽性膿皮症、壊死性筋膜炎、リポイド類壊死、悪性腫瘍、虚血性疾患、外傷などがあるので、皮膚科医による診断が必要である。

治療と予防:原因菌に感受性のある抗菌薬リファンピシン(RFP)やストレプトマイシン(SM)、アミカミン(AMK)、クラリスロマイシン(CAM)、キノロンなどのうち2種類以上を使用する。WHOではRFPとSMの8週間治療を推奨している。しかしSMは毎日注射する煩雑さがあるため、RFPとSMを4週間、その後RFPとCAMを4週間の治療も行っている。日本ではRFPとCAM、さらにキノロンの3種類を内服することが多く、有効例が報告されている。潰瘍が大きい場合には外科治療も必要で、植皮を考慮する場合もある。

感染源などが特定されていないので確実な予防対策はない。特に日本においては患者数が少なく、病気の全体像が不明なため予防対策より早期診断が重要である。

これからの課題:ブルーリ潰瘍は熱帯皮膚病と考えられていたが、日本やオーストラリアなどの温帯地域にも存在する感染症である。日本においては患者数が近年増加しているが、早期診断・治療することで後遺症を残さず治癒に導くことができる。

今後、ブルーリ潰瘍の感染様式、特に感染源やベクター(媒介生物)の解明を行い、感染ルートを明らかにして予防につなげる必要がある。ブルーリ潰瘍はほとんどの医療関係者にとって未知な疾患のため、啓発活動も重要である。

 *NTD:熱帯地域を中心に蔓延している寄生虫や細菌などによる感染症(現在ブルーリ潰瘍やハンセン病など17の病気)で、貧困層を中心に世界の約10億人が感染し、年間50万人が死亡しているといわれている。これらの熱帯病は先進国でほとんど患者がいないために、これまで世界の関心を集めることが無く、「顧みられない熱帯病」と呼ばれている。

 

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