国立感染症研究所

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わが国におけるブルーリ潰瘍の臨床例

(IASR Vol. 33 p. 91-93: 2012年4月号)

 

はじめに
岡山大学皮膚科では2008年より、8歳女児・10歳女児・73歳男性・49歳女性の4例のブルーリ潰瘍症例を経験した。いずれも契機となる外傷や虫刺は明らかでなく、海外への渡航歴や家族に同症をみとめない。発症部位と皮疹の性状は、下腿が3例・上腕が1例で、すべて単発の潰瘍を伴った病変であった。本稿では当科での症例を提示し、岡山県内の他施設からの症例も加えて県内での発症状況(2011年末までで8症例)について考察した。

症例提示 8歳 女児(図1
主訴:右外果部の潰瘍、疼痛
初診: 2008年1月15日
既往歴・家族歴:特記すべき事項なし
生活歴:小学生、岡山県南部在住、渡航歴なし
現病歴:2007年12月頃右外果に靴擦れ様の皮疹出現。近医よりセフジトレンピボキシルを投与されたが改善せず。2008年1月に近医皮膚科を受診し蜂窩織炎疑いで、セフジニル、ホスホマイシンを内服するも無効。発赤腫脹が下腿に拡大し精査目的で当科を紹介受診した。

現症:発熱なし、倦怠感なし。右外果から踵部にかけて境界不明瞭な紅暈を伴った、黄色調の壊死組織を付す5.5×4cm大の潰瘍をみとめた(図1A)。

臨床検査所見:WBC 6,940/μl (Ne 48.8、Ly 44.7、Mo 4.6、Eo1.7、Bas 0.3)、RBC 5.26×106/μl、Hb 14.1 g/dl、Ht 42.5%、Plt 3.24×105 /μl、AST 29 U/l、ALT 18 U/l、LDH 230 IU/l、CRP 0.13mg/dl、クォンティフェロン陰性

胸部X-p:活動性病変なし
抗酸菌塗抹:Gaffky 10号陽性
病理組織像:潰瘍辺縁を紡錐形に生検した。HE染色では真皮から脂肪織が壊死におちいり、散在性に好中球・リンパ球様単核球が浸潤し、明らかな肉芽腫の形成をみとめなかった。

治療と経過:非結核性抗酸菌症と考えてクラリスロマイシンの内服を開始。周囲の紅暈は消退し潰瘍も縮小したが完全には上皮化しなかった。数回施行した潰瘍底のスメアでも抗酸菌陽性(Gaffky 2~5号)で、同定依頼(福島県立医科大学微生物学教室:錫谷達夫先生)の結果、Mycobacterium ulcerans subsp. shinshuense と同定された(図1B、C)。内服治療に抵抗性で、デブリードマンを施行しつつ経過観察するも潰瘍が持続した。入院の上、4月15日に全身麻酔下でデブリードマンと表皮移植術を施行し瘢痕治癒した(図1D、E)。

当科での症例について図2
図2は当科経験症例の臨床像である。4症例中3例は女児ないし女性に発症し、下腿の単発性病変で潰瘍を形成していた。病理組織学的には全例で真皮から脂肪織にいたる広汎な壊死像で肉芽腫の形成をみとめなかった。3例とも抗菌薬の投与と外科的デブリードマンまたは切除をおこなった。10歳女児症例では画像上筋膜まで病変をみとめたために、筋膜をつけて全切除した。残りの1例は高齢の男性の上腕に生じ筋層の変性を伴った症例で、筋切除によるADL 低下が懸念されたために、保存的に治療し軽快している。

岡山県内での発症状況図3
上述の4症例に、岡山県内の他施設(川崎医科大学、岡山医療センター、川崎医科大学附属川崎病院)の4症例を加えて岡山県内で発症した症例の特徴を検討した。初診時年齢は8~73歳で中央値が49歳、年齢分布では19歳までの若年層とともに40~59歳にもピークがあった。男女比は0.33で女性に多かった(図3A)。病変は四肢、特に下腿に好発し(50%)、8症例中6例が単発性であった(図3B)。病変は潰瘍形成をしばしば伴い、50%が有痛性であった(図3C)。治療では全例に抗菌薬が使用され、ミノサイクリン(75%)、レボフロキサシン(38%)、クラリスロマイシン(38%)など、複数の抗菌薬と手術療法(75%)がしばしば施行されていた。転帰は経過の追えた7症例中6例(86%)が治癒、1例(14%)が軽快した(図3D)。発症症例の居住地は県南部の内陸部に多かった。

岡山大学医学部皮膚科 濱田利久

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