国立感染症研究所

 

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蚊媒介ウイルス感染症:ジカウイルス感染症・チクングニア熱・デング熱、2011年~2016年6月

(IASR Vol. 37 p. 119-121: 2016年7月号)

蚊媒介ウイルス感染症は感染症法に基づく感染症発生動向調査の4類感染症に指定されている(表1)。本稿で扱うジカウイルス感染症・チクングニア熱・デング熱は急性熱性感染症で, 主な症状は発熱, 発疹, 関節痛等であるが, 症状のみでの鑑別は難しく, また無症候感染例も多い(届出基準:http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/kekkaku-kansenshou11/01.html)。これら3疾患の大部分は国外感染例(輸入症例)であるが, 2014年に約70年ぶりにデング熱の国内流行が発生した(IASR 36: 33-35, 2015)。

患者発生状況

ジカウイルス感染症:ヒトのジカウイルス感染は, 1950年代にアフリカ, 1970年代にアジアで報告された。2007年にはそれまで確認されたことのなかったミクロネシア連邦のヤップ島で流行し, 2013~2014年には仏領ポリネシアで約3万人が感染したと報告された(本号3ページ)。日本でも2013~2014年に3例の輸入症例が報告された(IASR 35: 45-46, 2014 & 35: 243-244, 2014)。2015年にはブラジルを中心に中南米で流行が確認され, 流行地が急速に拡大している。2015年以降, 中央および南アメリカ大陸, カリブ海地域では38の国や地域, アジア・西太平洋地域では12の国や地域, インド洋地域のモルディブ, 北アフリカのカーボヴェルデから症例が報告されている(2016年6月3日現在)(ジカウイルス感染症のリスクアセスメント第7版)。ブラジルでは約4万人(うち死亡12)の患者が確定している(WHO, Zika situation report, 16 June 2016)。

ジカウイルスに感染した場合, 2~12日の潜伏期間を経て, 約20%の感染者が斑状丘疹, 発熱(多くは<38.5 ℃), 頭痛, 関節痛, 筋肉痛, 結膜炎, 倦怠感などの症状を呈する。

2013年仏領ポリネシアでの流行ではジカウイルス感染症とギラン・バレー症候群との関連が疑われ, 2015年にはブラジル等から本感染と成人患者におけるギラン・バレー症候群および新生児の小頭症との関係が報告された。WHOは2016年2月1日, ジカウイルス感染による新生児の小頭症およびその他の神経障害の集団発生に関して, 「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(PHEIC)」を宣言した。日本では, 2016年2月15日にジカウイルス感染症(ジカウイルス病, 先天性ジカウイルス感染症)を感染症法で全数把握の4類感染症に指定した。指定以降, 2016年第23週(6月15日現在)までに計7例の報告があり, これらは中南米・オセアニアでの感染であった(表2)。

チクングニア熱:2011年2月1日に4類感染症に指定された。2016年第22週(6月8日現在)までに計69例(年平均13)が報告され, すべて国外での感染であった。男性40例(58%), 女性29例(42%)であった。報告例全体の年齢中央値は34歳(範囲11~71歳)で, 年齢群別では20代23例(33%), 40代19例(28%), 30代14例(20%)であった。明らかな季節性はない(図1)。推定感染地は,表3とIASR 36: 47-48, 2015を参照する。

デング熱・デング出血熱:2011年~2016年第22週(6月8日現在)に計1,357例(デング熱1,310例, デング出血熱46例, 無症状病原体保有者1例)が報告された。うち162例は2014年の国内感染例で, それ以外(1,195例)は国外感染例であった。男性833例(61%), 女性524例(39%)であった。報告例全体の年齢中央値は32歳(範囲0~82歳)で, 年齢群別では20代386例(28%), 30代328例(24%), 40代239例(18%)であった。国外感染例が8~9月に多くなる傾向が認められるが(図2), これは日本からの感染地域への渡航者数の増加と渡航先のデング熱の流行状況の両因子を反映している(本号13ページ)。推定感染地は,表4とIASR 36: 33-35, 2015表3を参照する。

媒介蚊表1):日本国内には, これら3疾患を媒介するヒトスジシマカが生息している。ヒトスジシマカは日中, 屋外での活動性が高く, ヒトは公園などの茂みに潜んでいるヒトスジシマカに刺される(本号8ページ)。

実験室診断:これらの疾患は, 流行地域, 臨床症状も似ているため, 正確な診断には実験室診断が必要である(本号614ページ)。国立感染症研究所(感染研), 全国の地方衛生研究所(地衛研)および検疫所ではPCRによる遺伝子検査が, また, 感染研および一部の地衛研では抗体検査が実施可能である。現在医療機関で使用可能な検査法は, デング熱を対象としたデングウイルス非構造タンパク(NS1)抗原検出ELISA法およびデングウイルスIgM抗体・NS1抗原検出イムノクロマト法である。

治療と予防:上記3疾患を疑う症状を呈する患者を診た医師は, 必要に応じて専門の医療機関に相談または患者を紹介する必要がある 〔蚊媒介感染症の診療ガイドライン(第3版), 本号5ページ〕。これらの疾患には特異的治療法はなく, 体液管理などによる対症療法が基本である。流行地で感染しないようにするには, 屋外活動の際, 忌避剤を正しく使用し(本号10ページ), 肌の露出を最小限にし, 蚊に刺されないように気をつけることが重要である。国内で流行する危険性を減らすには, ビニールシート, 植木鉢の水受け等人工物による水たまりなど蚊の幼虫の発生場所を減らし, 成虫の発生を抑えることが必要である(本号8ページ, 「デング熱・チクングニア熱等蚊媒介感染症の対応・対策の手引き 地方公共団体向け」 2016年2月12日改訂)。ジカウイルスの母子感染(本号6ページ), 性行為感染, 妊婦および妊娠の可能性がある人は流行地への渡航は控えること, 流行地から入国(帰国を含む)した者は, 最低8週間(パートナーが妊婦の場合は妊娠期間中)は性行為の際にコンドームを使用するか, 性行為を控えることが推奨される(ジカウイルス感染症のリスクアセスメント第7版)。

おわりに:2014年のデング熱の国内流行のように, 蚊により媒介されるウイルス感染症が, 国内でも発生する可能性がある。オリンピック・パラリンピックの開催地であるブラジル・リオデジャネイロは亜熱帯に属し, 8~9月の平均気温は20℃を超えており(http://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/monitor/nrmlist/NrmMonth.php?stn=83743), ジカウイルス感染症をはじめとする蚊媒介ウイルス感染症には引き続き注意が必要である。

厚生労働省は, デング熱とチクングニア熱を中心とした蚊媒介感染症のまん延防止等のために, 「蚊媒介感染症に関する特定感染症予防指針」 を2015年4月に告示し, 2016年3月にはジカウイルス感染症も加えた。対策の重要な軸として, 平時から感染症を媒介する蚊の対策を行うこと, 国内において蚊媒介感染症例の発生を迅速に把握すること, 発生時に的確な媒介蚊の対策を行うこと, 患者に適切な医療を提供することが示された(本号11ページ)。国立感染症研究所では, ジカウイルス感染症の最新の知見に基づいたリスク評価を公表, 随時更新している。

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