国立感染症研究所

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感染症発生動向調査からみた腸管出血性大腸菌感染症における溶血性尿毒症症候群、2011年

(IASR Vol. 33 p. 128-130: 2012年5月号)

 

溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome:HUS)は溶血性貧血、血小板減少、急性腎不全を3主徴とする症候群で、腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症に引き続いて発症することが多い。国立感染症研究所感染症情報センターでは、感染症発生動向調査上、EHECの1症状としてHUSが報告された症例(以下HUS発症例)について、各自治体の地方感染症情報センターや感染症情報担当者、および自治体を介して診断した臨床医に対して、推定される感染原因や患者の臨床症状・治療・転帰等に関する詳細な情報収集について協力を依頼してきた。2008~2010年のHUS発症例に関しては、過去に本誌で報告済である(IASR 30: 122-123, 2009, 31: 170-172, 2010, 32: 141-143, 2011)。今回、2011年のHUS発症例に関するまとめを報告する。

HUS発生状況
感染症発生動向調査に基づき2011年(診断週が2011年第1~52週)にはEHEC感染症は3,938例(うち有症状者 2,658例:67%)の報告があり(2012年4月6日現在)、HUSの記載があったのは102例(有症状者のうち 3.8%)であった。性別は男性33例、女性69例で女性が多かった(1: 2.1)。年齢は1~96歳(中央値13.5歳)、年齢群別では0~4歳25例(HUS発症例全体の25%)、5~9歳22例(同22%)、10~14歳7例(同7%)、15~64歳36例(同35%)、65歳以上12例(同12%)であり、15~64歳の年齢群が最も多かった。HUS発症率(有症状者に占めるHUS発症例の割合)は、5~9歳が 6.0%で最も高く、次いで0~4歳が4.5%、65歳以上が3.5%の順であり、2010年までは毎年1%前後だった15~64歳の発症率が3.2%と上昇した(図1)。

EHEC診断方法と分離菌およびO抗原凝集抗体
診断方法は、菌の分離が61例(60%)、患者血清によるO抗原凝集抗体の検出のみが41例(40%)であった。菌が分離された61例の血清群・毒素型をみると、O157・VT1&2 が30例、O157・VT2 が12例、O111・VT2 が9例、O26 ・VT1&2 が1例、O26 ・VT2 が1例、O121・VT2 が1例、O145・VT2 が1例で、それ以外に複数菌として、O157・VT1&2 とO111・VT2 が3例、O157・VT1&2 とO157・VT1 とO111・VT2 が2例、O157・VT1とO111・VT2 が1例であった。複数菌検出例を除くと、血清群はO157が計42例で全体の76%(=42/55)を占め、毒素型だけでみると、すべて(55例)がVT2 を含んだ菌株であった。

また、患者血清のみで診断された41例の陽性となったO抗原凝集抗体の内訳は、O157が22例、O111が16例、O121が1例、O145が1例、O165が1例であった。

感染原因・感染経路
確定または推定として報告されている感染原因・感染経路は、経口感染が78例(76%)、動物・蚊・昆虫等からの感染が1例(1.0%)で、「記載なし」または「不明」の報告が23例(23%)であった。経口感染78例中肉類の喫食が55例にあり、うち37例が生肉(ユッケ、レバー、牛刺し、加熱不十分な肉等)であった。生肉の喫食があった37例中23例が15~64歳で、15歳未満の小児は12例(1歳1、2歳1、6歳1、7歳2、8歳1、9歳1、10~14歳5)であった。

臨床経過(症状・合併症・治療・転帰)
EHEC感染症発生届出票は、主な症状項目を選択する様式となっており、届出時に選択された臨床症状については、昨年と同様に血便、腹痛の出現率が高く報告されていた(血便84%、腹痛83%)。

一方、臨床医への問い合わせにより詳細な情報を収集できた48例(回収率:48/102=47%)の症状をみると、血性下痢45例(94%)、血尿42例(88%)、血小板減少(5万/μl未満)40例(83%)、血小板減少(5~10万/μl)5例(10%)、蛋白尿40例(83%)、下痢(血性でない1日3回以上の軟便または泥状便または水様便)39例(81%)、急性貧血39例(81%)、クレアチニン値上昇38例(79%)であった(図2)。また、HUSの合併症としては32例(32/48=67%)に報告があり、多い順に発熱(38℃以上)27例(84%)、意識障害8例(25%)、高血圧6例(19%)、脳症5例(16%)、痙攣4例(13%)などが報告された。

治療に関しては、48例中40例(83%)で経過中に何らかの抗菌薬が使用されており、8例(17%)では全く抗菌薬が使用されていなかった。種類別にみると、ホスホマイシンが31例(31/40=78%)で最も多く使用されていた。また透析に関しては、11例(11/48=23%)で実施されていた。

保健所への届出から1カ月以上経過した時点で確認した転帰・予後については、56例(回収率:56/102=55%)から回答が得られ、軽快・治癒33例(59%)、通院治療中10例(18%)、入院中3例(5%)、不明5例(9%)で、死亡が5例(9%)報告された。なお、HUS発症例全体で死亡が確認された症例は、問い合わせで回答のあった5例を含めて合計11例(致命率10.8%)であり、年齢内訳は3歳1例、6歳2例、10~14歳1例、15~64歳2例、65歳以上5例であった。 

考 察
過去5年間(2006~2010年)と比較すると、2011年のHUS発症102例は2006年と同数で、2007年の129例に次いで2番目に多く、HUS発症率3.8%は、2007年4.2%、2006年4.1%に次いで3番目に高かった。年齢群別にみると、過去5年間は発症例の7割以上を15歳未満の小児が占め、うち0~4歳が報告の約半数を占めていたが、2011年は0~4歳の報告数と発症率が減少したのに対し、15~64歳の報告数と発症率の増加が特徴的であった。これは、富山県を中心として同系列の焼肉チェーン店で発生した大規模な食中毒により、HUS発症が報告された32例中21例が15~64歳の成人であったということが大きく影響していた。しかし、この食中毒でのHUS発症例については、別途疫学調査が行われたため、一部の症例を除いて通常の問い合わせによる情報収集が行えておらず、今回の集計対象に含めることができなかった。そのため成人を含む2011年のHUS発症例の特徴を十分に評価できていない可能性がある。

診断した臨床医から得られた情報のうち、治療については、昨年と同様にHUS発症例の約8割に抗菌薬が使用されていた。転帰については、届出から最低1カ月が経過した時点で軽快・治癒とされていたものは約6割であったものの、約2割は依然治療継続中であった。過去5年では年間5例以下だったHUS発症後の死亡が2011年は11例に増加し、そのうちの5例は上述した焼肉チェーンの食中毒によるものであった。

これまで小児、とりわけ5歳未満でHUS発症例が多く報告されてきたこととは対照的に、2011年は成人でも多くが発症し、かつ死亡した症例が報告されたことで、大きく注目されることとなった。HUS発症の詳細については依然不明点が多いことから、重篤化に関連する因子を明らかにするためにも、継続してHUS発症例の実態を把握することが重要である。全国の地方感染症情報センター、保健所の感染症担当者、届出医の方々に対して、EHEC感染症報告後のHUS発症や追加調査への回答を、それぞれ引き続きご協力をお願いしたい。

今回の調査にあたり、症例届出や問合せにご協力いただいた地方感染症情報センターならびに保健所、届出医療機関の担当者の皆様に深く感謝いたします。


国立感染症研究所感染症情報センター
(担当:齊藤剛仁 島田智恵 砂川富正 柳楽真佐実 多田有希)

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