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牛生肉・牛生レバー規制強化後の牛生肉および牛生レバーを原因とする腸管出血性大腸菌O157発生状況

(IASR Vol. 37 p. 161-162: 2016年8月号)

腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症は下痢, 血便, 腹痛等の消化器症状を呈する疾患である。EHEC感染症は重症合併症である溶血性尿毒症症候群(HUS)および急性脳症を呈する場合, 致命率が高い疾患である1)。わが国におけるEHEC感染症の報告数は感染症発生動向調査(NESID)より年間約3,500~4,500例前後で推移している2)。EHECのO血清群は約180種類あり, そのうち血清群O157の届出(無症状者を含む)の報告数は毎年約2,000~3,400例で, EHEC感染症の中で報告数が最多である。また, EHECのうちO157は他の血清群と比べ, 一般的に重症化リスクが高いと言われている3)

2011年5月に発生した焼肉チェーン店におけるEHEC広域集団食中毒事件の後, 厚生労働省は2011年10月に生食用食肉の規格基準を改正(食安発0912第7号 平成23年9月12日)し, 2012年7月に牛生レバー提供の禁止(食安発0625第1号 平成24年6月25日)を行った。2013年に, これらの対策の効果について報告がなされた4)。一方で, 曝露機会の分析を実施するためには集団発生の影響をできるだけ少なくする必要がある。先の報告では10症例以上の集積を集団発生として, 10例に満たない集積をすべて散発例として数えたことから, 散発例の発生数を過大評価している可能性が考えられた。本報告では2症例以上の集積をクラスタとして考慮し, クラスタの抽出条件を標準化するなどの評価方法の改善を図った上で, 生食用食肉の規格基準の改正および牛生レバー提供の禁止による効果についてあらためて検討したものである。

方 法

対象期間は2007年第1週~2014年第52週(2007年1月1日~2014年12月28日)までに医師にEHECとしてNESIDに届出されたEHEC症例の患者(有症状者)データ(2015年8月31日時点)を用いた。

疫学的リンクの認められた2症例以上の集積をクラスタとし, クラスタに含まれなかった各症例を散発例とした(参照)。1つのクラスタまたは散発例を1イベントとしてカウントした。

「牛生肉」および「牛生レバー」の喫食は,「推定感染源欄」および「備考欄」から「牛生肉」の喫食に関する記載と「牛生レバー」喫食に関する記載を抽出した(例:「ユッケ」,「牛たたき」,「牛生肝」等)。なお, 否定表現を含む記述が存在する場合は喫食に関する記載から除外した(例:「ユッケは食べていない」)。

血清群O157の「牛生肉」および「牛生レバー」の喫食についてのイベント数の年別推移を算出し, 対策前(2007~2010年)と対策後(2011~2014年)で比較した。

結 果

血清群O157患者の症例報告数は2007年が2,347例で最も多く, 次いで2010年が1,998例であった(図1-1)。一方, O157患者の症例報告数で最も少なかった年は2012年が1,463例で, 次いで2013年で1,648例であった。

O157のイベント数(クラスタ数と散発例数の合計)は, 最も多かった2007年が1,805件で, 次いで2008年が1,639件であった(図1-1)。一方, O157のイベント件数で最も少なかった年は2012年の1,175件で, 次いで2011年が1,197件であった。

O157のイベントのうち散発例の件数が最も多かった年は2007年の1,369件で, 次いで, 2008年が1,278件であった(図1-1)。一方, 散発例で最も少なかった年は2012年の943件で, 次いで2011年が954件であった。

「牛生肉」または「牛生レバー」の喫食の記載があったO157のイベント数が最も多かった年は2007年の156件で, 次いで2008年が153件であった(図1-2)。一方, O157のイベント数が最も少なかった年は2014年の33件で, 次いで2013年が41件であった。

考 察

「牛生肉」または「牛生レバー」喫食の記載があったO157散発例数は対策実施後に減少した(図1-2)。この傾向は2013年の報告4)と同様であった。本報告の解析では2~9症例の集団発生をクラスタとして扱ったことから, 2013年の報告と比べ各年の散発例数の過大評価が改善された。また, 今回の解析ではクラスタ(2件以上の集団発生)数の推移を評価できるようになり, 牛生肉関連の記載があるO157症例は, 散発例数だけでなくクラスタ数においても対策実施後に減少していた(図1-2)。

一方で, 対策後も「牛生肉」または「牛生レバー」の喫食者が一定数報告されていることから, 継続的に「牛生肉」または「牛生レバー」の喫食者によるO157発生報告の状況のモニタリングを行い, リスク評価を行っていくことが重要である。さらに, モニタリングから「牛生肉」または「牛生レバー」喫食者のEHEC感染症届出数の増加の兆しがみられるなどの場合には, 対策の強化を実施することが重要であると考えられた。

本報告の一部の解析では自由記載欄のデータを利用した。これらは構造化されたデータではないことから, バイアスが生じている可能性が考えられた。本報告で用いたクラスタ数, 散発例数推移のモニタリングは, 施策の効果を推定したり, 流行像の特徴を明らかにしたりする点で有用である。一方で, 解析に使用する自由記載欄からのデータのバイアスを少なくするためには届出様式の変更に関して提言を行ったり, 調査手法の改善を継続していく必要がある。

謝辞:本稿をまとめるにあたり, 感染症発生動向調査にご尽力いただいている地方衛生研究所, 保健所, 自治体の感染症所管課所, 医療機関の皆様に深謝いたします。

 

引用文献
  1. Fontaine O, et al., Diarrhea, Acute, I. Diarrhea caused by enterohemorrhagic strains, 181-186, In: David L. Heymann Edit. Control of Communicable Disease Manual, 19th Edition. Washington DC, American Public Health Association, 2008
  2. 国立感染症研究所, 腸管出血性大腸菌感染症 2016年4月現在, IASR 37(5): 85-86, 2016
  3. Gould LH, et al., Clin Infect Dis 49(10): 1480-1485, 2009
  4. 柳楽真佐実, 他, IASR 34(5): 129-130, 2013

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 髙原 理1)田代直樹2)山村美優2)捧 建蔵2) 加納和彦 八幡裕一郎 齊藤剛仁 
 高橋琢理 有馬雄三 砂川富正 大石和徳
  1)東京海洋大学大学院食品安全流通管理専攻
  2)北里大学薬学部

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