国立感染症研究所

腸管出血性大腸菌感染症


腸管出血性大腸菌(Enterohemorrhagic Escherichia coli ; EHEC)感染症の原因菌は、ベロ毒素(Verotoxin=VT, またはShiga toxin =Stx と呼ばれている)を産生する大腸菌である。EHEC感染症においては、無症状から致死的なものまで様々な臨床症状が知られている。

特に、腸管出血性大腸菌感染に引き続いて発症することがある溶血性尿毒症症候群(HUS)は、死亡あるいは腎機能や神経学的障害などの後遺症を残す可能性のある重篤な疾患である。HUSの発生予防につなげるためにも、HUSの実態把握と発生の危険因子を特定することが重要である。



 最新情報 


 

腸管出血性大腸菌感染症—発生動向調査速報データ

 プルダウンメニューより週ごとの速報データが閲覧できます。

腸管出血性大腸菌感染症の現状 2010 年 (2011年4月現在)

  患者発生動向 

   EHEC感染症患者および無症状病原体保有者

   4,135例

  EHEC検出報告

   2,719例

溶血性尿毒症症候群

  92例 (感染症発生動向調査による報告)

   うち、腸管出血性大腸菌の分離 62例 (O157 55例)


 疫学 


1982 年に米国でハンバーガーを原因とする出血性大腸炎が集団発生した事例において、大腸菌O157が下痢の原因菌として分離された。現在では世界中でEHEC感染症が発生している。我が国では、1990 年埼玉県浦和市の幼稚園における井戸水を原因としたO157集団発生事件で、園児2名が死亡して注目された。1996年には、小学校での集団発生事例が多発し、大阪府堺市では数千人を超える患者が発生した。1997年では1,941名の感染者数となり集団事例の報告数は減ったものの、散発事例における患者数は漸増状態にあり、2010年では4,135名の感染者が報告されている。2010年におけるHUS等によるEHEC感染症に関連する死亡例が5例報告されている。

EHEC感染症の発生は、夏季に多いが冬季にもみられる。


 

DIFFUSE OUTBREAK

一見散発事例と思われる同時多発的な集団事例


 発生動向調査  


腸管出血性大腸菌感染症は、感染症法に基づいて感染症発生動向調査が行われている。また、パルスネットでは、PFGEを主体とした菌学的解析情報と発生事例に関する種々の疫学情報を組み合わせてデータベース化を行っており、その情報を関係機関において共有し、感染症発生の迅速な探知と感染源の究明に取り組んでいる。

 


さらに、このネットワークは国内のみならず、グローバル化する食品由来感染症に対応すべく地球規模で展開されており、現在世界6か所の地域でネットワークが形成されている。わが国のネットワークは、アジア・太平洋地域の諸国等で構成される「PulseNet Asia Pacific」の一部となっている。


 

動物との直接的な接触が原因と考えられる感染

動物との接触後には十分な手洗いを!


 病原体 


大腸菌(Escherichia coli)はヒトや動物の腸管内常在菌の一つであるが、宿主に対して病原性をもち、種々の疾患の原因となる大腸菌も存在している。これらの大腸菌としては、ヒトに下痢を起こす下痢原性大腸菌などが知られており、腸管以外の部位に感染を起こす大腸菌も含めて病原大腸菌と呼ばれている。下痢原性大腸菌は主に以下の5つのカテゴリーに分けられている。


毒素原性大腸菌(Enterotoxigenic Escherichia coli ; ETEC)

組織侵入性大腸菌(Enteroinvasive Escherichia coli ; EIEC)

腸管病原性大腸菌(Enteropathogenic Escherichia coli ; EPEC)

腸管出血性大腸菌(Enterohemorrhagic Escherichia coli ; EHEC)

電子顕微鏡画像

腸管凝集性大腸菌(Enteroaggregative Escherichia coli ; EAEC)



 EHECとはVTを産生する大腸菌のことである。VTは、培養細胞の一種であるベロ細胞に対して致死的に作用することから、この名前が付けられている。大腸菌は、O抗原とH抗原の組み合わせにより200種類以上の血清型に分けることができるが、現在我が国で最も高頻度に患者や保菌者から分離されるEHECは、図に示した通り血清群がO157で、続いてO抗原がO26やO111であるEHECが多く分離されている。

腸管出血性大腸菌検出例の血清型別臨床症状 2010年

『O抗原とは?』

EHEC100個程度の少数菌でもヒトを発症させることがあると考えられており、二次感染が起きやすいのも少数の菌で感染が成立するためである。また、この菌は強い酸抵抗性を示し、胃酸の中でも生残する。主な病原因子としては、VTの他に腸管上皮細胞へ付着するための様々な接着因子が知られている。VTには志賀赤痢菌(Shigella dysenteriae 1)の産生する毒素(志賀毒素、Stx)とほぼ同じであるI型(VT1)と一次構造(アミノ酸配列)が少し異なっているII型(VT2)がある。志賀毒素との類似性から、それぞれStx1あるいはStx2と呼ばれることもある。EHEC O157の多くは生化学的性状として、ソルビトール遅分解、β‐D‐glucuronidase (MUGテスト)陰性を示すため、他の血清型の大腸菌から鑑別することができる。

 臨床症状 


EHEC感染症の症状は、無症候性から軽度の下痢、激しい腹痛、頻回の水様便、さらに、著しい血便とともに重篤な合併症を起こし死に至るものまで、様々である。

多くの場合、EHECを摂取すると3日~7日(長いと12日に及ぶこともある)の潜伏期をおいて、腹痛、下痢が発症する。腹痛は激しく、頻回の水様便の後に、血便となる場合がある。発熱は軽度で、多くは37度台である。血便の初期には血液の混入は少量であるが次第に増加し、典型例では便成分の少ない血液そのものという状態になる。

有症者の6~7%において、下痢などの初発症状発現の数日から2 週間以内に、溶血性尿毒症症候群(Hemolytic Uremic Syndrome, HUS)、または脳症などの重症な合併症が発症する。HUSを発症した患者の致死率は1~5%とされている。幼児と高齢者は十分な注意が必要である。


 治療と予防 

治療については、「一次、二次医療機関のための腸管出血性大腸菌(O157等)感染症治療の手引き(改訂版)」が、厚生省、(現厚生労働省)の研究班により作成されている。

予防対策としては、汚染食品からの感染が主体であることから、食中毒予防の3原則に則った対策が重要である。したがって、食品が生肉と接触するのを避けること、食品を十分加熱することや調理後の食品はなるべく食べきる等の注意が大切である。とくに若齢者、高齢者及び抵抗力が弱いハイリスク・グループでは、重症事例の発生を防止する観点から、生肉又は加熱不十分な食肉の喫食を避けるべきである。

ヒトからヒトへの二次感染や保菌動物からの感染に対しては、糞口感染であることから、手洗いの徹底等により予防することが可能である。


2011年6月3日 細菌第一部

腸管出血性大腸菌Q&A

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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