国立感染症研究所

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平成26年5月に実施した病原体サーベイランス等に関する調査より
―地方衛生研究所における検査実施体制について

(掲載日 2015/5/26) (IASR Vol. 36 p. 114-116: 2015年6月号)

背 景
・地方衛生研究所(以下地衛研)は、公衆衛生に関連する調査研究、試験検査、研修、情報発信の中核機能を有する地方自治体に設置された試験研究機関である。

・病原体検査では核酸検出による迅速診断手技は広く普及しているが、偽陽性/偽陰性防止のために、検査の質の管理、機器などの保守管理、新技術導入の研修、等の取り組み強化が必要である。

・また、季節性インフルエンザに代表される病原体収集は、ワクチン株選定、耐性株監視等で依然として大きな意義があり、病原体分離等の技術を一定レベル維持しなければならない。

・かかる背景から2014(平成26)年1月30日以降の感染症部会の議論において病原体に関する情報収集体制の強化について提言がなされたところである。

・今後の施策の参考とするため、「病原体サーベイランス等に関する調査について」(平成26年5月15日 厚生労働省結核感染症課事務連絡)により地方自治体および地衛研の協力を得てアンケート調査を実施した。

・第187回臨時国会にて成立した感染症法一部改正案には、これら感染症部会提言・厚生労働省アンケート結果も反映された。

・今般、アンケートのうち検査実施体制に関する回答の一部についてとりまとめと考察を行った。

1.地衛研の施設の現状
病原体検査におけるバイオセーフティ対応を確認したところ、汚染区と非汚染区は、ほとんどの機関(73/75)で物理的に区別されていた。次いで病原体遺伝子検査施設の状況について、試薬調製場所を、PCR反応等核酸増幅を行う場所と物理的に部屋として区別している機関は68%、専用キャビネット等で区別している機関は28%であった。

専用の部屋の確保は対応困難な場合もあり、そのような場合は、検査時の動線の工夫や、偽陽性防止のための対応(内部精度管理等)を行っていると回答した地衛研も多かった。

2.技術研修
2009~2013(平成21~25)年度の研修種別ごとの実績を図1に示す。1~2日程度の短期講習(希少感染症、運搬搬送講習)への参加自治体数に比べ、数週にわたる長期技術研修(ウイルス・細菌研修および新興再興感染症技術研修)への参加は少ない。このことは、自治体側の研修負担、検査体制(少人数の場合長期間の参加は困難)、受け入れ施設における実習用設備のキャパシティ(国立感染症研究所の場合、1回につき約20~30人が限度)、等の要因が反映していると考えられる。検査職員の人事異動が数年ごとの自治体が多いこと、他方検査では常に新たな技術が導入されることを踏まえ、教育・研修は重要である。必要性に応じた各種短期研修を企画開催するメカニズムを検討すべきかもしれない。

3.試薬等の管理の状況について図2
標準作業書(SOP)を作成している機関は12%(9/75)、SOPは作成していないが、すべて、あるいは一部の試薬ごとに必要な事項を表示させ、適切に管理していると回答した機関が71%(53/75)であった。検体および検査に使用する試薬を保管する冷蔵庫等の温度記録状況についての回答は、すべて記録している、一部記録している、記録していない、の順で、20%(15/75)、55%(41/75)、25%(19/75)であった。

以上の結果より、問題が生じた際に追跡が可能(traceability)なようにSOPを整備し、かつ機器の温度記録を行っている機関は地衛研全体の2割弱と考えられる。

病原体検査の信頼性確保のためには、温度管理システム、SOP、記録台帳等、万一問題が生じたときの追跡可能な記録システムの構築が望まれる。ただ、現状として少人数で多種類の病原体検査を行っている地衛研も多いため、病原体検査の質確保に向け、効率的かつ持続可能な方法は、検討課題である。

4.検査機器等の保守管理状況および保守管理に関する予算措置について図3
回答を得た75機関の安全キャビネットの保有台数は平均4.8台であった。68%(51/75)の機関が保守管理を目的として個別に予算を計上しているが、11%(8/75)は保守管理を目的とする予算を計上しておらず、また、捻出もできていないと回答した。

一方、安全キャビネット以外の機器の保守に関しては、十分な予算措置をしておらず、不具合が生じるたびに修理を依頼している実態が明らかになった。病原体の迅速診断に用いられるリアルタイムPCR装置の保有は平均2.4台/機関、シーケンサーは平均1.3台(保有していないところは75機関のうち6カ所)であるが、いずれも保守契約費は高額であり、予算措置はないとの回答は、それぞれ13、18機関であった。

これらの遺伝子解析機器は迅速診断に必須であるため、精度を維持するための定期保守コスト、修理、試薬更新のための予算確保が必要である。

5.外部精度管理調査(EQAS)参加状況
国際機関、欧米などでは病原体検査の信頼性確保のためにEQASが普及しつつある。わが国では法令に則り、臨床検査、食品衛生、水道、環境分野等で実施されているが、感染症分野では限定的である。地衛研が参加したEQASは、細菌検査では、89%(67/75)が過去調査に参加したと回答した。厚生労働科学研究班で実施しているインフルエンザウイルスEQASにも95%(71/75)参加しており、関心の高いことを示している。しかし、ウイルス検査においては、これまで研究班ベースで実施されており、恒久的な実施体制を整備することが必要である。

6.まとめ
・地衛研における病原体検査の実施体制を把握するためアンケート調査を行った。

・感染症法が対象とする病原体検査は多岐にわたるため、長期間の網羅的な研修が望まれるが、自治体内の人員配置、予算等の事情により、実際の参加は困難である。このため既存のスキームのほかに、短期間の特定分野の研修を充実させ、これらを併用することが検討課題である。

・病原体検査に必要な試薬、標準品の管理は、万一問題が生じた場合に備え、追跡可能な体制を整備することが望まれる。

・検査に必要な機材保守管理は、十分な予算措置が取られておらず、平時から維持管理の措置が図られるべきである。特に遺伝子解析用機器等は検査の信頼性を担保するためにも配慮すべきである。

・病原体検査の信頼性確保に向けた外部精度管理、内部精度管理の実施体制の整備が重要である。

・今般の感染症法改正では、都道府県知事等による病原体検査が明文化されており、2016(平成28)年4月施行に向け、省令並びに病原体検査指針(仮題)にて検査の質確保の取り組みについて示されることとなっている。

 
国立感染症研究所 吉田 弘
厚生労働省健康局結核感染症課 伊藤俊之 梅木和宣 中嶋健介
 

 

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