国立感染症研究所

細胞化学部部長 花田賢太郎

細胞化学部長から

 

部の目的

 感染症は病原体(病原性の微生物および感染性タンパク質プリオン)が他の生物の体内で増殖してその機能に悪影響をもたらす病気です。国立感染症研究所ではヒトに感染する感染症を研究の対象にしています。生物の基本的な単位は細胞であり、病原体が宿主生物の機能に影響を与える場合でも、宿主生物の細胞への影響を介します。また、ウイルスなど自律的な増殖能を持たない病原体は、宿主の細胞内に入り込んでその中で増殖します。従って、感染症の研究には、宿主細胞側からの研究も不可欠です。

細胞化学部では、病原体の感染増殖に関わる宿主細胞の分子や機能を生化学、細胞生物学、遺伝学を中心とした科学的手法を駆使して解明し、感染症対策に資する知見や材料を世の中に提供することを目的としています。また、タンパク質性の感染病原体プリオンについては、研究に加えて牛海綿状脳症(BSE)行政検査を担当し、食肉の安全に貢献しています。さらに、生物学的製剤の承認前検査や所内外の委員会活動などを通じて、我が国で流通する医薬品の品質の維持向上にも努めています。

 

研究の方向性

感染症の研究には、感染流行地域の疫学研究から、医薬の開発応用研究、そして特定の病原体に絞った実験室研究までさまざまなレベルの研究があります。それらは、互いに補いつつ、感染症という歴史の長いそして裾野の広い問題への対応基盤を提供しています。感染症研究においては、病原体そのものの解析はもちろん重要ですが、上述したように感染を受ける宿主側の解析も重要です。

感染症に関わる宿主細胞の研究という枠組みだけでは研究対象が散漫になってしまうおそれがあります。そこで、部内に蓄積される知見や研究材料をお互いに役立たせて、一見多様な研究課題を相乗的に発展させるために部内のキーワードを設定しています。現行のキーワードは、「生体膜」と「細胞遺伝学的手法」です。細胞化学部は、生体膜に関わる分子や機能、具体的には膜タンパク質、脂質や糖鎖、膜情報伝達、オルガネラなどについてそれぞれに造形の深い研究者が多いですし(詳しくは各室の紹介をご覧下さい)、また、哺乳動物培養細胞を用いた突然変異細胞株の単離と解析に関しての多くの実績があります(「花田の研究テーマなど」のページをご覧ください)。

最近では哺乳動物培養細胞におけるゲノムワイドな解析手法(レンチウイルスベクターに構築したshRNAライブラリやCRISPR/CAS9ゲノム編集ライブラリを用いた細胞遺伝学的手法など)も取り入れています。そして、こうした最新の手法を駆使しながら、感染症に関する宿主細胞側からの重要な情報や実験材料を提供する研究にも取り組んでいます。そのような方向性の研究を展開する準備の一つとして、微生物学研究だけでなくワクチン生産においても広く使われているアフリカミドリザル腎臓由来Vero細胞の全ゲノム配列を他機関との共同研究により、世界に先駆けて決定しました。

宿主細胞の生体膜は病原体の侵入を防ぐバリアとして機能するだけでなく、逆に、病原体に利用されて増殖のための場を提供してしまうこともあります。宿主細胞における膜タンパク質(プリオンも膜タンパク質の一つです)や膜脂質を解析することは、病原体の侵入・増殖過程についての理解を促し、感染症対策に向けた手がかりをもたらすと期待できます。また、ヒトを含めた哺乳動物の培養細胞株に対してゲノムワイドな遺伝学的手法を講じることで、感染症対策に資する細胞の改良・開発を効率よく推進することも可能になるでしょう。

細胞化学部は、特定のタイプの病原体を専門とする所内外の研究者との連携研究を行いつつ、感染症対策を志向した宿主細胞の研究を進めています。

 

基礎研究の重要性

感染病原体に限らず、増殖性のある生物学的実体は核酸を持っていると広く信じられています。感染性の羊海綿状脳症(スクレーピー)を引き起こす病原体が核酸を持たないかもしれないことは1960年代から示唆されつつも、周囲は懐疑的であり、実験的な証拠が積みあがってきた1990年代前半頃からやっと感染性タンパク質・プリオンという新しい概念が広く受け入れられるようになりました。しかし、プリオンは、ウイルス・細菌・寄生虫といった生物種ベースで分類された既存のどの範疇にも属さず、本研究所での受け皿がない状況がしばらく続きました。細胞化学部では、プリオンのタンパク質としての側面から興味を抱いて基礎研究を開始し、そこで蓄積した知見によって、本邦に初めてBSEが確認された際には短期間に生化学的確認検査の体制を確立することができました。この例が示す如く、感染症のように発生の予測が難しく、一たび起これば人々の健康に重大な影響を与える危機への対応には、基礎力のしっかりした多面的な研究も不可欠であると私は考えています。

 

感染研 細胞化学部 花田賢太郎(略歴などはResearchmapに記載)

2012.1.20

2015.5.21 一部改訂)

2015.6.19 一部改訂; 2016.9.13 一部修文)

 

細胞化学部長から(このページ)

花田の研究テーマなど

I. 私の志向する生化学、細胞生物学、そして体細胞遺伝学

II. スフィンゴ脂質について

III. 哺乳動物細胞におけるセラミド輸送に関する研究

IV. 病原体による宿主脂質ハイジャック機序の解明と創薬への応用

V. 動物培養細胞に関する用語など

VI. Vero細胞の物語 ~その樹立からゲノム構造の決定、そして未来へ~

 

花田研究業績

 

その他の記事

1.生命、細胞、生体膜

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