国立感染症研究所

手足口病(エンテロウイルス71)ワクチン開発の現状

( IASR Vol. 33 p. 65-66: 2012年3月号)
手足口病は、発疹を特徴とする発熱性疾患で、予後の良い一般的なエンテロウイルス感染症だが、1990年代後半以降、東アジア地域でエンテロウイルス71(EV71)による小児の急性死症例が多発し、大きな問題となっている1) 。エンテロウイルスに対する治療薬は実用化されておらず、公衆衛生対策のみで大規模なエンテロウイルス感染症をコントロールするのは困難なので2) 、発症あるいは重症化を予防するためのワクチン開発が、アジア各国で進められている。有効性に優れたポリオワクチン開発の経験から、エンテロウイルスワクチンについても、血中中和抗体の効果的な誘導が有効性の指標として用いられている。研究レベルでは、弱毒化ウイルス、ペプチド、組換え蛋白質、VLP、DNAワクチン等のアプローチが報告されているが、ワクチン候補として、もっとも現実的と考えられているのは、培養細胞で増殖したエンテロウイルス粒子をホルマリン不活化したウイルス抗原を含む不活化ワクチンである3,4) 。手足口病は、EV71のほか、コクサッキーA16やA6等のA群エンテロウイルスが起因ウイルスとなるが、重症中枢神経疾患の発症に関与する頻度が高いEV71を抗原とした不活化EV71ワクチン開発が現在進められている。

EV71は高い遺伝子多様性を有し、カプシドVP1遺伝子の分子系統解析により、A、B1~B5およびC1~C5の遺伝子型に分類されている。日本を含むアジアの多くの地域では、複数の遺伝子型によるEV71流行が報告されている一方、中国では、ほぼ唯一の遺伝子型C4のみが伝播している1,2) 。主要な抗原決定部位を含むカプシド遺伝子領域の多様性はEV71株間の抗原性の違いに関与するため、不活化EV71ワクチン開発のためには、免疫原性の高いEV71株の選定および異なる遺伝子型のEV71株に対する交叉中和活性の解析が重要となる5) 。力価の高いウイルスを産生する培養系の確立は、不活化ワクチン製造コストに関わる重要な要因なので、その意味からも適切なウイルス株-培養細胞系の選択が重要である6,7)。ワクチン有効性評価のための感染動物モデルは、いまのところ限られているが、マウス馴化EV71株あるいは乳のみマウスにおける、EV71抗原による抗体誘導および感染防御効果が報告されている3) 。

重症EV71感染症の大規模な流行の経験を有する台湾および中国を中心としたアジア諸国では、近い将来の実用化を目指したEV71ワクチン開発が進められている()。台湾国家衛生研究院(National Health Research Institute)では、Vero細胞バイオリアクターで増殖したEV71株(遺伝子型B4)を用いた基盤研究をもとに、不活化EV71抗原を用いたワクチン候補の臨床開発を進めている6,7) 。一方、中国では、数施設により不活化EV71ワクチン開発が進められており()、国内標準品および標準的試験法の整備が行われている8) 。中国Sinovacは、EV71株(遺伝子型C4)を用いた不活化EV71ワクチンが、第二相試験において優れた安全性および免疫原性を示したことから、大規模な第三相試験を開始することを最近発表した。不活化EV71ワクチンの臨床開発および将来的な実用化にあたっては、有効性評価のための臨床的エンドポイント(手足口病あるいは中枢神経疾患)や、手足口病およびEV71感染症の疾病負荷に対するワクチン導入の費用対効果、あるいは、接種対象や接種スケジュール、等に対する考え方の整理が必要となる9) 。わが国では幸い、多数の死亡例を伴う重症EV71感染症の大規模流行は発生しておらず、国内でEV71ワクチン開発は行われていない。しかし、国内外における重症EV71感染症の発生に備え、アジア諸国におけるEV71ワクチン開発・導入状況を、今後も注視する必要がある。

 参考文献
1) IASR 30: 9-10, 2009
2) WHO/WPRO, A Guide to Clinical Management and Public Health Response for Hand, Foot and Mouth disease (HFMD) (http://www.wpro.who.int/publications/PUB_9789290615255/en/),  2011
3) Lee MS, et al ., Expert Rev Vaccines 9: 149-156, 2010
4) Xu J, et al ., Vaccine 28: 3516-3521, 2010
5) Mizuta K, et al ., Vaccine 27: 3153-3158, 2009
6) Liu CC, et al ., PLoS One 6: e20005, 2011
7) Chang JY, et al ., Vaccine 30: 703-711, 2012
8) Liang Z, et al ., Vaccine 29: 9668-9674, 2011
9) Lee BY, et al ., Vaccine 28: 7731-7736, 2010

国立感染症研究所ウイルス第二部 清水博之

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