国立感染症研究所

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Mycobacterium ulcerans の産生するマイコラクトン

(IASR Vol. 33 p. 89-90: 2012年4月号)

 

はじめに
ブルーリ潰瘍にみられる痛みのない(少ない)皮膚潰瘍では、皮膚・皮下組織に特徴的な病変が認められる。すなわち、脂肪組織を中心とした広範な壊死があるにもかかわらず、一般の脂肪壊死で観察されるマクロファージや好中球などの炎症細胞がほとんどみられず、fat cell ghostと表現されている。古くなった線維化病変でも細胞核はまばらにしかみられない。これらの病変は菌の分布を超えて広い範囲にみられることから、病変の形成にはMycobacterium ulcerans が産生して菌外に分泌する毒素の存在が示唆されていた。その後の研究によって、毒性脂質のマイコラクトン(mycolactone)が関与していることが明らかになった。

マイコラクトンの構造と産生、測定法
マイコラクトンはマクロライドに属する化合物で、二つのポリケチド鎖(ラクトン核)のエステル結合によって作られる()。これらのラクトン核は、M. ulcerans の巨大プラスミドpMUM001にコードされているポリケチド合成酵素(Pks)によって合成される。M. ulcerans (subsp. shinshuense を含む)以外にも、類縁抗酸菌であるM. liflandii M. pseudoshottsii と一部のM. marinum がマイコラクトンを産生することが知られている。マイコラクトンには脂肪酸側鎖の種類によってA/B ~Gまでの構造亜型があり、アフリカのM. ulcerans M. ulcerans subsp. shinshuense はA/B(分子式 C44H70O9)を、オーストラリアのM. ulcerans はCを、アフリカツメガエルのM. liflandii はEを、魚のM. marinum はFを産生する。

マイコラクトンはプラスミドの遺伝子によって合成されることから、菌がプラスミドを失えばマイコラクトンは産生されなくなる。精製したマイコラクトンは黄色であるが、中永によると、M. ulceransの培養コロニーは継代培養中にしばしば黄色から白色に変異し、マイコラクトン産生能と細胞毒性を消失する。

岸 義人らはマイコラクトンの人工合成を行い、我々の実験(未発表)では合成マイコラクトンは精製マイコラクトンとほぼ同等の生物活性を示している。

病変組織あるいは血清から脂質を抽出し、高速液体クロマトグラフィーと質量分析の組み合わせでマイコラクトンを検出することができる。現時点では、精度の高い簡易測定法は報告されていない。

マイコラクトンの生物活性
マイコラクトンは毒性脂質であり、線維芽細胞、脂肪細胞、マクロファージ、角化細胞などに対して、用量依存性に壊死とアポトーシスの両方の機序による細胞傷害性があり、細胞を壊死させるために皮膚潰瘍を形成する。マイコラクトンが末梢神経のシュワン細胞も障害するために、潰瘍になっても痛み刺激に対する閾値が最終的に低下することを、我々は動物実験で明らかにした。マイコラクトンは側鎖構造によって生物活性が異なり、亜型の中ではA/Bが最も強い細胞毒性を示す。

マイコラクトンは免疫抑制作用も持っている。ブルーリ潰瘍患者の末梢血単核細胞では、細胞毒性よりはるかに低濃度でIFN-γ産生が抑制され、IL-4優位のTh2サイトカインパターンを示すことがわかっている。

 参考文献
1) George KM, et al ., Science 283: 854-857, 1999
2) Hong H, et al ., Nat Prod Rep 25: 447-454, 2008
3) Kishi Y, PNAS 108: 6703-6708, 2011
4) Sarfo FS, et al ., PLoS Negl Trop Dis 5: e1237, 2011
5) En J, et al ., Infect Immun 76: 2002-2007, 2008

国立療養所星塚敬愛園 後藤正道

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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