国立感染症研究所

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脾臓摘出後の侵襲性肺炎球菌感染症の1症例

(IASR Vol. 34 p. 61-62: 2013年3月号)

 

脾臓は自然免疫および獲得免疫応答の場となる臓器であり、脾臓摘出者ではこれらの機能が失われるため、重篤な感染症を引き起こすといわれている。脾臓摘出者は経過中にStreptococcus pneumoniaeなどによる感染症にかかり、数時間から数日で死に至る場合がある。その致死率は50~75%と報告されており、脾臓摘出後重症感染症overwhelming postsplenectomy infection(OPSI)と呼ばれている。今回、出産後の母親のOPSIによる侵襲性肺炎球菌感染症(invasive pneumococcal diseases: IPD)の1例を報告する。

症 例
患者:34歳、女性

臨床症状と経過
既往歴:24歳時に膵良性腫瘍で脾臓摘出(肺炎球菌ワクチン接種せず)。

現病歴:入院8カ月前に出産。出産時に異常なし。入院12時間前に発熱を主訴に近医を受診し、上気道炎と診断された。入院2時間前より顔面、体幹部に紫斑が出現した。

意識レベル:Glasgow Coma Scale E3V4M6、呼吸数33回/分、脈拍 130回/分、血圧 62/40 mmHg、体温36.4℃

Hb 15.7 g/dl、白血球 13,700/μl、血小板 2.4万/μl、PT 37.7秒(基準対照 10.5-13.5秒)、APTT測定不能(基準対照 25-45秒)、血漿フィブリノゲン測定不能、D-dimer 40.5μg/ml

血液生化学所見:空腹時血糖 59mg/dl、TP 6.1g/dl、尿素窒素 27.4mg/dl、Cr 2.17mg/dl、直接ビリルビン 2.1mg/dl、AST 595 IU/l、ALT 264 IU/l、LDH 804 IU/l、CK 43 IU/l、Na 145 mEq/l、K 3.2 mEq/l、Cl 101 mEq/l、Ca 8.4mg/dl、免疫学所見:CRP 11.38mg/dl

尿中肺炎球菌抗原検査:陽性

胸部レントゲン検査:明らかな異常なし

初療室入室後、SBP 60mmHgの状態であり、感染巣不明の敗血症性ショックの診断でただちに輸液療法を開始し、血液、喀痰、尿培養を提出した。さらに経口気管挿管した後に人工呼吸器管理とした。感染巣精査目的に、頭部CT、体幹部造影CT施行したが、明らかな感染巣を同定することはできなかった。身体所見上、顔面、体幹部に特徴的な紫斑を認め、尿中肺炎球菌抗原陽性であることから肺炎球菌による敗血症性ショック、播種性血管内凝固症候群(DIC)(救急DIC スコアー: 8点、血小板数 2.4万/μl、D-dimer 40.5μg/ml、PT-INR 3.18、SIRS 3点)の診断で精査、加療目的でICUに入院した。抗菌薬はempiric therapyとしてメロペネム(MEPM)2g/日、DIC に対してトロンボモジュリン(25,600単位/日)を投与した。

しかし、入院17時間後に多臓器不全で死亡した。

検 査
入院時の血液培養からS. pneumoniae が培養された。国立感染症研究所で検体の精査を行った。莢膜血清型はStatens Serum Institut 製血清を用いて、膨化法による判定を行った。薬剤感受性試験は栄研ドライプレートを用い、Clinical Laboratory Standards Institute M100-S18に準拠し試験を行った(ヘモサプリメント加ミューラーヒントンブロス、22時間培養)。シークエンスタイピングはhttp://spneumoniae.mlst.net/に記載されている方法に基づき、肺炎球菌の遺伝子(aroEgdhgkirecPspixptddl)の配列を決定し、既存のデータベースとの比較を行った。結果、血清型はType 6B、ペニシリンGのMIC は0.06μg/ml、シークエンスタイプST2983であった。

考 察
Chibaらによると、2006年8月~2007年7月までに分離された成人IPD由来肺炎球菌のうち、血清型6Bの菌は10.2%(31/303症例)を占める。同期間の小児IPD由来血清型6B肺炎球菌の分離率は22.3%(43/193症例)である。

2007年7月からの厚生労働省研究班による9県(新潟県、福島県、千葉県、三重県、岡山県、高知県、福岡県、鹿児島県、沖縄県)の調査では、ST2983 血清型 6B 肺炎球菌は各地のIPD症例または小児上咽頭の常在菌として分離され、成人OPSIを引き起こす原因は不明である。

本邦では、小児に対してはワクチン接種によるIPD 予防が行われてきたが、周産期・産後の母親に対する予防策は十分とは言えない。

1歳までに70%以上が咽頭に肺炎球菌の定着が認められると報告されており、脾臓摘出後や脾機能不全状態で肺炎球菌ワクチンを接種されていない母親が子育てをしていく中で、自分の子供に限らず、多くの乳幼児と濃厚に接触する機会が増え、子供からの肺炎球菌感染のリスクが高くなる。

本例と同様に、外傷や腫瘍で脾臓を摘出したり、様々な原因で脾臓が機能不全を呈しているにもかかわらず、全く肺炎球菌ワクチンが接種されていない周産期・産後の女性が相当数いるものと思われるが、本邦では脾臓摘出症例に対する正確な登録制度がある訳ではない。従って、現在からさかのぼって患者を特定し、肺炎球菌ワクチン接種を指導することができない。

出産後は、OPSIの感染率が3倍に及ぶと報告されており、脾臓摘出後、ないし脾機能不全状態の女性に対しては、妊婦健診の際での脾臓摘出の有無、脾機能不全の有無のスクリーニングが望まれる。また、23価肺炎球菌ワクチンについては2歳以上の脾臓摘出患者に対して保険適用があるため、本ワクチンの接種が積極的に推奨される。

 

災害医療センター救命救急センター 一二三亨 加藤 宏 井上潤一 小井土雄一
慶應義塾大学救急医学 藤島清太郎
国立感染症研究所細菌第一部 常  彬

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