国立感染症研究所

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ムンプスウイルスの新たな分類基準と国内流行状況

(IASR Vol. 34 p. 224-225: 2013年8月号)

 

おたふくかぜ(流行性耳下腺炎)の原因ウイルスであるムンプスウイルスは、モノネガウイルス目パラミクソウイルス科パラミクソウイルス亜科ルブラウイルス属に分類されるエンベロープウイルスである。ムンプスウイルスのゲノムは、NP、V/P 、M、F、SH、HN、Lの7つの遺伝子から構成される(図1a)。これらの遺伝子のうち最も小さいSH(small hydrophobic)遺伝子(316塩基)は最も多型性に富んでいることから、この領域の塩基配列を元にしたムンプスウイルスの分類が行われてきた。2005年にはWHO のLabNet Meetingのメンバーが中心となり統一的な分類基準が提案された1)。その後のデータの蓄積からこの基準にそぐわない分類例が散見されるようになり2)、2012年に新たな分類基準が再提案されている3)。新基準では、新規の遺伝子型を決定する際にはSH遺伝子に基づく解析に加え、より遺伝的安定性の高いHN遺伝子による解析結果を考慮することが加えられた。また、一部の遺伝子型の再区分が提案された。新基準ではムンプスウイルスの遺伝子型はA~Nまでの12群に分類され、従来のEはCに、MはKに再分類され、EとMは欠番とされた。旧基準では遺伝子型が未定であったワクチン株Lenin-grad-3株とその派生株Leningrad-Zagreb株がNに分類されている。ちなみに国産のワクチン株はいずれもB、海外のワクチン株ではJeryl-Lynn株と、その派生株RIT-4385株はAである。また、株の命名法についても新たな提案がされた。しかし、新しい分類基準では、EとMを無くす一方で、系統学的に近接したDとKを異なる遺伝子型として残すという矛盾点も残された。

わが国では1993年4月にMMR(麻しん・おたふくかぜ・風しん3種混合)ワクチンの定期接種が中止されて以降、任意接種用として用いられているおたふくかぜ単味ワクチンの接種率は20%以下と低迷し、国内におけるおたふくかぜの流行はいまだに制御できていない。MMRワクチンによる2回の定期接種が定着し、おたふくかぜの発生件数が激減した他の先進諸国とはまったく異なる状況にある。こうした現状を反映して、日本国内では相変わらず4、5年ごとに全国的なおたふくかぜの流行が繰り返されている。しかし、流行をその原因となるウイルスの側から眺めてみると、流行するウイルスは一様ではないことが分かる。

我々は国内におけるムンプスウイルス流行の実態を把握するため、1986~2012年にかけて山形県(47株)、三重県( 201株)、岡山県(16株)および横浜市内(6株)で分離されたムンプスウイルスについて分子系統学的解析を行い、国内で流行する遺伝子型の経年変化を解析した(図1b)。その結果、1980年代はBのみが流行していたのに対し、1990年代(1993~1998年)になって新たにJがBと拮抗する状態で流行していたことが判明した。それが1999年になると、突然GとLに取って代わられ、2000年以降はGのみが流行の主体を占めるようになっていた。それ以降Gの流行は現在まで継続している。このG型ウイルスはさらに2つの系統に分類され、一方(以下Gw)は主に三重県、岡山県などの西日本で流行しているのに対し、他方(以下Ge)は首都圏を含む東日本で主に流行していることがあきらかとなった。しかし、GwとGeの流行域は必ずしも固定的ではなく、年によって首都圏でGwが流行したり、西日本でGeが流行したりと、一方から他方へと入れ替わる場合もあることが分かった。いずれにしても2000年以降の国内流行株はこれら2つの系統によって占められていることは明らかである。また、これらの系統は欧米でアウトブレイクを繰り返しているG型ウイルスとは系統学的にやや異なっており、その由来は現時点では不明である。

また、1990年代まで流行の主流を占め、日本固有の遺伝子型と考えられるBにも2つの系統が存在する。その一方(以下B1)には占部株を除くすべての国産ワクチン株が含まれる。他方、今回解析した1986年以降の分離株はすべて別の系統(以下B2)に分類された。ワクチン株の親株はすべて1960年代~1970年代初頭に分離されており、ワクチン株のほとんどはB1系統に含まれる。しかし、同時期に分離された占部株はもう一方のB2の系統に含まれることから、これら2つの系統はその当時から並行して国内に流行していたと考えられる。しかし、1980年代以降はもっぱらB2系統のみが流行の主流を占めていると考えられる。今回の解析に限らず、これまで国立感染症研究所で同定した1980年代以降のB型分離株はすべてB2に分類された。

このように遺伝子型を調べることにより、ムンプスウイルスの流行の動態をより詳細に把握することが可能となる。また、ワクチンによる副反応例を確定する上でも遺伝子型別同定は必須である。今後、日本においてもムンプスワクチンが定期接種化され、おたふくかぜ流行の制御が可能になった段階においては、散発例が輸入例であるか国内流行株であるかの同定が重要になる。そのためには全国的なムンプスウイルスのサーベイランス網を構築することが必須である。我々はその準備段階として、全国の小児科定点や地方衛生研究所から候補を募り、ネットワーク作りを始めたいと考えている。

最後に、多数の分離株を分与頂いた国立病院機構三重病院の庵原俊昭先生、すずかこどもクリニックの渡辺正博先生、落合小児科医院の落合仁先生、水島中央病院の名木田章先生、国立病院機構仙台医療センターの西村秀一先生、木須友子先生の諸先生に深謝いたします。

 

参考文献
1) Jin L, et al., Arch Virol 150 : 1903-1909, 2005
2) Kidokoro M, et al., J Clin Microbiol 49: 1917-1925, 2011
3) WHO, WER 87: 217-224, 2012

 

国立感染症研究所ウイルス第三部 木所 稔 竹田 誠

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