国立感染症研究所

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Ramsay Hunt症候群 ―重症例を減らすためには何が必要か―

(IASR Vol. 34 p. 301-302: 2013年10月号)

 

1. Ramsay Hunt症候群とは
Ramsay Hunt症候群(以下、Hunt症候群)は、水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)によって生ずる顔面神経麻痺を主徴とする疾患であり、呼称はJames Ramsay Huntが1907年に自験例をまとめて報告1)したことに由来する。小児期に罹患した水痘の口腔粘膜疹からVZVが逆行性に、あるいはウイルス血症によって顔面神経の膝神経節に到達後潜伏し、後年それが再活性化することで神経炎が生じ、腫脹した神経が骨性顔面神経管の中で自己絞扼を生じ顔面神経麻痺、すなわち顔面半側の表情筋運動障害が発症する。加えて周囲の脳神経にも波及し、耳介の発赤・水疱形成(図1)や耳痛、難聴、めまいなどを合併する特徴がある。稀に下位脳神経炎や脳炎をきたし、重篤化する2)。逆に顔面神経麻痺のみの症状のみで、臨床所見ではBell麻痺(原因不明の顔面神経麻痺、近年、単純ヘルペスウイルスが関与することが明らかになった)と鑑別が困難なものをzoster sine herpeteという。

2. 治療
Hunt症候群の治療は、ステロイドと抗ウイルス薬の投与である。我々はステロイドとして、プレドニゾロン総量600 mg程度を約1週間で漸減投与、また抗ウイルス薬として、アシクロビルあるいはバラシクロビルを帯状疱疹に準じた量で投与している。発症10日以降に麻痺の程度や電気診断学的検査をもとに予後を推定し、不良と診断されれば手術やリハビリを行う。

3. 診療上の問題点
Hunt症候群はBell麻痺と比較して一般に予後が不良であり、自然治癒は30%(Bell麻痺70%)、初期から十分に治療を行っても治癒は60%(Bell麻痺90%)程度に留まる。すなわちいったん罹患すると、麻痺が残存する可能性が高い点がBell麻痺と大きく異なる。また、回復途中から病的共同運動(閉眼時に口が動く、あるいは口を動かすと同時に眼が閉じる)や患側の拘縮(いわゆるヒョットコの顔)が著明になり、麻痺そのものに加え、これらの後遺症と一生付き合わなければならなくなる可能性も高い。顔面神経自体の変性は発症後も進行を続け、7~10日で完成する。この時点で麻痺の予後が決まる。つまり発症後速やかに、かつ十分な治療を行い、神経変性を如何に軽減するかが治療の最も重要な点である。Hunt症候群は顔面神経麻痺から始まる例、耳痛や耳介発赤、水疱形成が先行する例、難聴やめまいが先行する例など、その発症形式は様々であり、患者は症状に応じて脳外科、耳鼻科、皮膚科、内科などを受診する。その際、診察医がHunt症候群の可能性を念頭に適切に投薬を行えばよいが、残念ながらそうではなかった患者に遭遇することも決して少なくない。すべての症状が揃ってから耳鼻科を紹介され受診するころには、神経変性はすでに進行・完成してしまっている。患者の顔面神経の運命は、発症後10日以内の治療が大きく左右することを、より多くの医療関係者に啓発する必要があろう。患者の一番の願いは「麻痺が治る」ことである。特に若い女性患者に予後が悪いことを伝えるのは、こちらにとっても大変辛いものである。

4. 発症予防は可能か
以上のように、Hunt症候群はいったん発症するとその約半数は完治せず、後遺症は患者にとって辛く精神的な負担が生涯にわたって続く。したがってHunt症候群を発症させないことが最も重要である。膝神経節へのVZV潜伏感染は、水痘罹患時の口腔粘膜疹から顔面神経の味覚枝(鼓索神経)を逆行して生ずる。したがって、まずは水痘に罹患させない、つまり幼少児期の水痘ワクチン接種が予防に有効と考えられる。一方、水痘既往のある成人においては、ウイルス再活性をきたさないことが肝要である。我々は顔面神経麻痺患者のVZV特異的細胞性免疫能をIFN-γ enzyme-linked immunospot法(ELISPOT法)を用いて評価した。その結果、Bell麻痺では発症からの時間と細胞性免疫能との間に関連はみられなかったが、Hunt症候群では発症直後では細胞性免疫能は低く、時間経過とともに増加した(図23)。これはHunt症候群では、低いVZV特異的細胞性免疫能がVZVの再活性化に関与し、麻痺発症後に免疫能が上昇した可能性を示唆する。以上の検討から、水痘既往のある成人での発症を予防するには、水痘ワクチンの接種によるVZV特異的細胞性免疫能の強化が有効であると考えられる。水痘ワクチンは水痘や帯状疱疹のみならず、Hunt症候群の予防という点からも定期接種化が望まれる。

なお、Hunt症候群については、2011年に日本顔面神経研究会から診療の手引き4)が出版されているので参考にされたい。

付記:顔面神経麻痺患者におけるVZV特異的細胞性免疫能の解析は、神戸大学大学院医学研究科臨床ウイルス学分野教授、森康子先生との共同研究である。

 

参考文献
1) Hunt JR,J Nerv Ment Dis 34: 73-96, 1907
2) 乾 崇樹, 他,Facial N Res Jpn 28: 158-161, 2008
3) 櫟原崇宏, 他,Facial N Res Jpn 33: 2012(印刷中)
4) 日本顔面神経研究会編,顔面神経麻痺診療の手引き-Bell麻痺とHunt症候群-, 金原出版,2011,東京

 

大阪医科大学感覚器機能形態医学 耳鼻咽喉科学 萩森伸一

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