国立感染症研究所

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MSM (men who have sex with men) における髄膜炎菌性尿道炎

(IASR Vol. 34 p. 370-371: 2013年12月号)

 

髄膜炎菌 (Neisseria meningitidis) はグラム陰性双球菌で、飛沫感染により伝播し、一時的な鼻咽腔粘膜の定着による健康保菌状態や、稀に重篤な敗血症や髄膜炎を引き起こすことはよく知られている。しかし、時に咽頭喉頭炎、気管支炎、肺炎、心外膜炎、結膜炎、眼内炎、化膿性関節炎、泌尿生殖器感染症など多彩な感染症も起こしうる1-6)。Men who have sex with men (MSM)において性行為に関連すると考えられた髄膜炎菌性尿道炎および咽頭保菌者を経験したので報告する。

症例1
30代のHIV陽性の日本人MSMが4日間に及ぶ排尿時痛、尿道からの分泌物を主訴に当院を受診した。抗HIV薬開始前であるがCD4値は約600/μLと高値を保っていた。診察時尿道口より粘液性の黄色分泌物を認め、グラム染色にて多数の白血球に貪食されたグラム陰性双球菌を認めた。発症の11日前に男性との性交渉歴(オーラルセックスおよびアナルセックス)があった。病歴および尿道分泌液の染色所見より淋菌(Neisseria gonorrhoeae)による尿道炎を疑い、臨床検査受託機関への培養検査および核酸増幅検査(strand displacement amplification)提出後に、セフトリアキソン(CTRX)1gを静脈注射した。共感染の頻度が高いとされるクラミジア尿道炎の治療も行うため7)、アジスロマイシン(AZM)1gの内服も行った。初回受診6日後のフォローアップ時には自覚症状は改善していた。核酸増幅検査の結果、淋菌およびクラミジアは陰性であったが、初回受診8日後に尿培養結果が髄膜炎菌であったことが判明した。初回受診後20日後に採取した尿培養検査結果は陰性であった。

症例2
30代の高血圧症の既往のある在日4年目の米国人MSM。特記すべき症状は認めなかったが、症例1との性的接触があったためスクリーニングとして症例1の治療40日後に当院を初回受診した。受診2日前の他院でのHIV検査結果は陰性であった。自覚症状は無く、咽頭に所見を認めなかった。咽頭および尿培養を採取後、CTRX 1gを静脈注射した。検体を国立感染症研究所(感染研)細菌第一部に提出し、MTM II(BD)培地に塗抹後、得られた細菌をオキシダーゼ試験(陽性)、グラム染色(グラム陰性双球菌)後、IDテスト・HN-20ラピッドにて髄膜炎菌と同定した。髄膜炎菌は咽頭培養より検出されたが、尿培養からは検出されなかった。初回受診10日後に採取した咽頭培養検査結果は陰性であった。

細菌学的検査
感染研細菌第一部にて症例1の尿分泌物由来髄膜炎菌(臨床検査受託機関よりの分与株: SK-NM001)および症例2の咽頭由来髄膜炎菌(SK-NM002)に関する細菌学的検査を行った。SK-NM001、SK-NM002はともに、血清群 W-135、multi locus sequence typing type ST-11、PorA type; P1.5,2であることが確認された。pulsed-field gel electrophoresisではSK-NM001、SK-NM002とも同じ電気泳動のパターンを示した。E-testを用いての感受性検査の結果はペニシリン(PCG)に中等度耐性を示したものの、CTRX、AZM、シプロフロキサシン(CPFX)、セフィキシム(CFIX)、スぺクチノマイシン(SPCM)、には感受性であった。

考 察
髄膜炎菌尿道炎に関しては海外からは多くの症例報告があり5,8)、近年、日本国内からも複数の髄膜炎菌尿道炎症例が報告されている9-11)。国内外の報告とも、髄膜炎菌尿道炎とオーラルセックスとの関連が指摘されている。海外からはMSM間での性的接触による感染の報告があるものの12)、日本国内からは異性間性交渉に関連した感染事例や、感染経路の特定されていない報告が主である9,10)。本症例では、オーラルセックスによる性交渉歴に加え、症例1は尿分泌物より、症例2は咽頭より髄膜炎菌が同定され、分子生物学的に2症例間の菌株の相同性が確認されたため、症例間での伝播を示すものと考えられた。

これまで報告されている日本国内での泌尿生殖器由来の髄膜炎菌の薬剤感受性に関しては、PCG非感受性の割合が13~79%と高頻度に認められており、レボフロキサシン非感受性も8%にのぼる10,11)。このため、エンピリックな治療としてはCTRXが適切であると考えられる。

侵襲性髄膜炎菌感染症例との濃厚接触後の曝露後予防(リファンピシン、CPFX、CTRX)は勧められているものの13)、本症例のような状況でのパートナーの加療に関しては十分な情報はない。本症例では性感染症として未治療のパ―トナーからの再感染の可能性も考慮し、症例1と性的接触があり、咽頭保菌が疑われた症例2に対し培養採取後にCTRX(日本国内での添付文書に従い静脈注射で使用)による加療を行った。性感染症リスクの高い症例への髄膜炎菌ワクチンの適応等も含め、今後の知見の集積が待たれる。

日本国内では尿道炎も含め、血清群YおよびBに関連した髄膜炎菌感染症の報告が多い10,11,14)。本症例における髄膜炎菌血清群W-135は日本国内からの報告は非常に稀であり、尿道炎例からの分離は本報告が初めてと思われる。W-135はアフリカ、ヨーロッパ、北南米からの髄膜炎菌感染症例の報告やメッカ巡礼に関連したアウトブレイクが知られており、アジアでは台湾やシンガポールなどからの報告が多い血清群である10,11,14)。本症例の詳細な渡航歴は不明であり、W-135血清群髄膜炎菌の感染ルートは不明であったが、日本国内のMSM間で潜在的に拡散している可能性も否定できず、今後の検討が必要であると思われる。

髄膜炎菌尿道炎は臨床的に淋菌性尿道炎と区別することは困難であり、核酸増幅検査のみ提出した場合は、診断することができず感受性も得られない。多様な髄膜炎菌感染症の症状の一つとして、また、髄膜炎菌の伝播感染リスク様式としても、今後留意が必要な疾患であると考えられた。

 

参考文献
1) Mattila PS, Carlson P, Scand J Infect Dis 30 : 198-200, 1998
2)Sakamoto M, et al., Kansenshogaku Zasshi 81: 731- 735, 2007
3) Anderson J, Lind I, EJCMID 13: 388-393, 1994
4) Balaskas K, Potamitou D, Cases J 2: 149, 2009
5) Katz AR, et al., Sexually Transmitted Diseases 38: 439-441, 2011
6) Vienne P, et al., Clin Infect Dis 37: 1639-1642, 2003
7) Workowski KA, Berman S, MMWR 59(RR-12): 1-110, 2010
8) McKenna JG, et al., Int J STD AIDS 4: 8-12, 1993
9) Kanemitsu N, et al., Int J Urology 10: 346-347, 2003
10) Oishi T, et al., Rinsho Byori 56: 23-28, 2008
11) Kaneyama A, et al., Jpn Archives of Sexually Transmitted Diseases 20(1): 134-139, 2009
12) Carlson BL, et al., Sexually Transmitted Diseases 7: 71-73, 1980
13) Cohn AC, et al., MMWR 62(RR-2): 1-28, 2013
14) Vyse A, et al., Epidemiol Infect 139(7):967-985, 2011

 

しらかば診療所/ 国立国際医療研究センター・国際感染症センター 早川佳代子   
しらかば診療所 井戸田一朗   
国立感染症研究所細菌第一部 志牟田 健 高橋英之 大西 真

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