国立感染症研究所

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全遺伝子配列に基づくヒトロタウイルスの遺伝子型別とその世界的な動向

(IASR Vol. 35 p. 66-67: 2014年3月号)

 

ロタウイルスはレオウイルス科の一員であり、11本の分節化した2本鎖RNAをゲノムとして有する。A群ロタウイルス(RVA)では、ウイルス粒子の最外層を構成する2種の中和抗原蛋白VP7、VP4の遺伝子配列により遺伝子型(各々G型、P型)が区別される。これらは以前用いられていた血清型に概ね対応するものであり、RT-PCRによる型別が可能であることから、ロタウイルスの疫学的研究では通常よく調べられている。ヒトではG1-G4、G9、P[4]、P[6]、P[8]が普遍的に多く、それぞれの動物種においても高頻度の遺伝子型が知られる。

2008年、Rotavirus Classification Working Group (RCWG)はロタウイルスの全11遺伝子分節の配列(全ゲノム)に基づく遺伝子型別のスキームを提唱した1)。その背景には、全遺伝子配列が決定されたウイルス株の数が増えてきたこと、従来の分子疫学ではVP7、VP4遺伝子以外の遺伝子分節に関する情報が欠如していたこと、ロタウイルスワクチンの普及に伴い野外株の性状を正確・詳細に解析することが必要となったことなどがある。この型別は、ロタウイルス蛋白VP7-VP4-VP6-VP1-VP2-VP3-NSP1-NSP2-NSP3-NSP4-NSP5の各遺伝子に各々G-P-I-R-C-M-A-N-T-E-H遺伝子型を対応させ、型別番号とともに表記するものである。各遺伝子分節の型別を行うには、そのORF部分の配列を決定し、それを米国NCBI(国立生物工学情報センター)のサイトで利用可能なBLAST (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)を用いて、既知の類似配列を検索する。それが当該RNA分節の遺伝子型のカットオフ値を超える一致率(通常カットオフ値の少なくとも2%以上)を示した場合、その既知配列の遺伝子型と同じ型と判定する。これにはウェブツールであるRotaC2.0(http://rotac.regatools.be/)を利用することもできる。部分配列を用いる場合でも、ORFの少なくとも50%以上または500塩基以上の配列を決めることが必要である。新規の型と思われる配列または明確に型判定ができない配列をみつけた場合は、その配列をRCWGのメンバーへ送付すると精査を受けたのち判定された遺伝子型番号が通知される。

各遺伝子分節におけるカットオフ値、既知の遺伝子型数、およびヒトにおいて多い遺伝子型を表1にまとめた。G、P型以外の遺伝子型番号はヒトロタウイルスを起点として付与されている。多くのヒトロタウイルスはWa遺伝子群、DS-1遺伝子群(Wa、DS-1はプロトタイプ株の名称)に属し、それらの全遺伝子分節の遺伝子型の組み合わせ(遺伝子配座)は、各々G1/3/4-P[8]-I1-R1-C1-M1-A1-N1-T1-E1-H1、G2-P[4]-I2-R2-C2-M2-A2-N2-T2-E2-H2と表記される。そのほかにヒトロタウイルスでは、比較的稀なAU-1遺伝子群(G3-P[9]-I3-R3-C3-M3-A3-N3-T3-E3-H3/6) がある。野外株の中にはこれら3つの遺伝子群の間で形成された遺伝子再集合体(リアソータント)がみつかることがあるが、その場合7つ以上の遺伝子分節が属している遺伝子群を、その株の遺伝子群とする。現在まで報告のあるヒトロタウイルスのうち、代表的な株の遺伝子配座を表2にまとめた。以上述べたような遺伝子型別(全遺伝子分節)に加え、各遺伝子分節の系統解析を行うことにより、ロタウイルス株の遺伝学的位置づけ(動物ロタウイルスとの関連や地域間の異同)を明確にすることができる。

全遺伝子配列に基づく遺伝子型別が用いられる研究には主に2つある。それらは稀に検出される非定型的ヒトロタウイルス(ヒトでは稀なG/P型、またはG/P型の稀な組合せ等)の解析と、ある地域に優勢なロタウイルス株の長期間にわたる分子進化の解析である。非定型的ヒトロタウイルスについては多数の論文が発表されており、それらはヒトへ伝播した動物ロタウイルス、動物とヒトのロタウイルス間のリアソータント、あるいは異なる遺伝子群間のリアソータントなどであることが分かっている(表2)。長期間(5年以上)にわたる分子進化については、今のところ米国(ワシントンDC、ナッシュビル)と中国(武漢)での研究2-4)しかなく、今後世界各地からの報告が待たれる。その他縦断的な調査においても、代表的な株について全遺伝子解析が行われる場合があり、通常のコモンなG/P型の株でもVP7/VP4遺伝子以外の遺伝子分節の解析により、遺伝子群間のリアソータントであることが判明した例も少なくない。最近、このような全ゲノム解析に基づく分子疫学的研究が増えつつあり、ロタウイルスの分子進化の様態が包括的に理解できるようになってきた。

最近の世界的なG/P型の分布状況は、前回のレビュー時5)と比べ顕著な変化はなく、主要な型は5つ(G1P[8]、G2P[4]、G3P[8]、G4P[8]、G9P[8])であり、中でもG1P[8]が主体である6)。ただし地域によってはG12が優勢なところもある。従来から南アジア地域ではG2P[4]、中国を含む東アジアではG3P[8]の割合が高かったが、近年それらの減少傾向とG1またはG9増加の兆しがうかがえる。最近の傾向として注目されるのは、アフリカに多いG8が低頻度ながら世界中で検出の報告がみられるようになったことである。同様に主に南米でみられるG5や、偶蹄類に多いG6ロタウイルスなどの報告も世界的に散見されるようになり、また、ヒトでは稀なG10やG14が各々豪州と米国で同定されている7)。世界的なロタウイルスワクチンの導入に伴って、非定型的な遺伝子型が増加するとの推測もあり、主要な遺伝子型に加え、非定型的または稀な型の動向についても今後監視を強めていく必要があると考えられる。

 

参考文献
1) Arch Virol 153: 1621-1629, 2008 
2) PloS Pathog 5:e1000634, 2009
3) J Virol 86: 9148-9162, 2012
4) PLoS ONE, 2014 (in press)
5) IASR 32: 64-66, 2011
6) Wkly Epidemiol Rec 88: 217-223, 2013
7) Emerg Infect Dis 19: 1321-1323, 2013

 

札幌医科大学医学部衛生学 小林宣道

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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