国立感染症研究所

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国内におけるロタウイルスワクチン導入前の腸重積の発生頻度(暫定結果)

(IASR Vol. 35 p. 74-75: 2014年3月号)

 

全世界において重症小児下痢症の主原因の一つとなっているロタウイルスは、感染力が強く、途上国・工業国にかかわらず、すべての小児が5歳までに罹患すると考えられている。諸外国でも多く用いられ、わが国でも認可され接種可能となった二つのロタウイルスワクチンについては、高い防御効果を認める一方で、以前に使用されていたロタウイルスワクチンの、特に初回接種後には、腸重積症発症のリスクが高まる時期があることがわかっていた。現在用いられている二つのロタウイルスワクチンにおいても、腸重積症の発症率の若干の上昇を報告し始めている国がある。従って、今後本格的にワクチンが導入されるわが国において、ワクチン導入前の腸重積症の発症率の把握は、ロタウイルスワクチンの効果評価、安全性のモニタリングを実施するにあたり大変重要である。

厚生労働科学研究費補助金(新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業)による「ワクチンにより予防可能な疾患に対する予防接種の科学的根拠の確立及び対策の向上に関する研究(研究代表者:大石和徳)班では、ロタウイルス導入前後のわが国における腸重積症の発生頻度について、10道県の小児科入院施設のある医療施設のご協力のもと人口ベースで調査を実施してきた。現時点での暫定結果としてワクチン導入前の状況について報告する。具体的には、ロタウイルスワクチン導入前の5年間(2007~2011年)について、10道県(北海道、新潟、福島、千葉、三重、愛知、高知、岡山、長崎、沖縄)における小児科入院施設のある医療機関の5歳未満小児腸重積症入院患者の情報を、各医療機関の担当者が入院台帳より全例抽出し、共通の調査票に対して記入する(後ろ向き調査)。腸重積症の症例定義は、日本小児救急医学会「エビデンスに基づいた小児腸重積症の診療ガイドライン」に従って定義した。データ解析は、人口ベースで腸重積症の罹患率が算出できる地域か否かで区分し、可能な地域(8道県)に関しては発生率などを解析した(北海道は1大学関連施設のみの参加であり、過去データより1/3人口を母数とした)。

2014年1月23日現在、本サーベイランスに報告され症例定義を満たしたものは後ろ向き調査として2,003人(対象者の88%)であった。過去5年間の年間報告例の中央値は411例(幅354~433例)であった。報告例の93%が非観血的整復で治療をされ、観血的整復例は4.6%であった。ほぼ全例回復しているが、3例(0.1%)死亡例の報告があった。腸重積症の原因についての調査では70%が原因不明であり、次いで便からアデノウイルスが検出された症例が3.3%、腸管出血性大腸菌(EHEC)および腸管病原性大腸菌(EPEC)が3.1%となっており、ロタウイルスは11例(0.6%)であった。

月別の患者報告数をみると、腸重積症は5~8月にかけてピークがあり、年末にかけて再び患者数が増加する二峰性の増加となっている。病原体サーベイランスにより得られたロタウイルス検出数の発生時期を重ねると、ロタウイルスの流行時期と腸重積症患者の増減に関連性は認められなかった。

ロタウイルスワクチン接種を行う1歳未満に注目すると、月齢4カ月頃より患者数が増加し、月齢7カ月以降ほぼ横ばいの報告数であった。生後6週間からロタウイルスワクチン接種は可能(Rotarix® は24週まで、Rotateq® は32週まで)であるが、今回の調査から、疾病の性質、腸重積症の発生時期を考慮すると、早めの接種開始がワクチンによらない紛れ込み事例減少に重要と考えられた。

人口ベースで解析可能な8道県(北海道、福島、千葉、新潟、三重、福岡、長崎、沖縄)に絞って腸重積症の罹患率を解析した(n=1,851)。5歳未満の腸重積症発症率は39.5/100,000、1歳未満に限定すると68.3/100,000であった。諸外国からの報告は様々であり(米国35/100,000、スイス38/100,000、ニュージーランド65/100,000、英国66/100,000、デンマーク71/100,000、香港78~100/100,000)、今回得られたデータは、ロタウイルスワクチン導入前のわが国独自のベースライン情報として、各国のそれと大きく離れていない。男児の方が女児に比べリスクが高く(リスク比1.84;95%信頼区間1.67-2.02)、年齢ごとのリスク比も罹患率の最も低い4歳児を基準にすると、0歳児のそれが最も高く6.62(95%信頼区間5.37-8.23)、年齢が大きくなるにつれて低くなっている。ただし、国内の先行研究では10万人当たり乳児158とする報告があり(Noguchi A, et al., Jpn J Infect Dis, 2012 Jul)、本調査でも地域ごとに発生率のばらつきを認めるため、より正確なデータを得るには、サンプリングの方法に対する工夫や、多くの地域のサーベイランスへの参加が必要となると考えられた。今後の課題である。

現在、本研究グループにおいては、ワクチン導入後の前向き調査も実施中であり、関係者の皆様のさらなるご協力を得て、わが国におけるロタウイルスワクチン導入前後の腸重積症の発生頻度に対する基礎データの確保に努めていきたいと考えている。以下の先生方、および各自治体における協力病院の先生方、事務職員の皆様に感謝申し上げる。

調査地域の北から南の順で、堤 裕幸先生(北海道)、細矢光亮先生(福島県)、須磨崎 亮先生(茨城県)、石和田稔彦先生(千葉県)、齋藤昭彦先生(新潟県)、庵原俊昭先生(三重県)、菅 秀先生(三重県)、中野貴司先生(岡山県)、森島恒雄先生(岡山県)、小田 慈先生(岡山県)、脇口 宏先生(高知県)、藤枝幹也先生(高知県)、宮崎千明先生(福岡県)、岡田賢司先生(福岡県)、森内浩幸先生(長崎県)、安慶田英樹先生(沖縄県)。

 

国立感染症研究所感染症疫学センター 
 砂川富正 神谷 元 河野有希 多屋馨子 大日康史 菅原民枝 大石和徳    
川崎市衛生研究所 
 岡部信彦

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