国立感染症研究所

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成人・高齢者におけるRSウイルス感染症の重要性

(IASR Vol. 35 p. 147-148: 2014年6月号)

RSウイルス感染症の概要
RSウイルス(respiratory syncytial virus;RSV)は、すべての年齢層で上気道炎や下気道炎を引き起こす代表的な呼吸器ウイルスである。RSV感染は乳幼児だけでなく、慢性呼吸器・心疾患を合併する高齢者でも下気道感染を引き起こし、入院・死亡の主要な原因となる。

発症年齢による臨床像の違い
2歳までにほとんどの小児がRSVに感染する。感染後に抗体は産生されるが、感染防御には十分な効果を発揮しないため、初感染以降もRSVの再感染がしばしば起こることが推定される。また、本感染症は、インフルエンザと同様に秋季~冬季に流行し、小児において喘鳴の原因となる1)。重症化する呼吸器ウイルス感染の代表であるインフルエンザと比較した場合、RSV感染症は、乳幼児では致命率が高いことが知られている。一方、成人のRSV感染症は、通常感冒様症状を呈し自然軽快すると考えられていた。しかし、介護施設などでの集団発生の原因にRSV感染の関与が指摘されるだけでなく、高齢者でのRSV感染症(入院治療を要した症例)はインフルエンザと同等の致命率を引き起こすことが示唆されている。このようなことから、高齢者においてもRSV感染の重要性に注目が集まってきている2,3)。文献をもとに、入院治療を必要としたRSV・インフルエンザウイルス感染患者の特徴をに示す。入院加療が必要なRSV感染患者は、慢性呼吸器疾患を合併している高齢者の頻度が高く、肺炎罹患率はそれぞれ31~42%、30~36%、人工呼吸器使用率・短期致命率はそれぞれ8~9%、11~13%であり、インフルエンザウイルス感染患者の7~8%、6~10%と比較し同等の重症度と考えられる2,3)。特にRSV感染者では肺炎を発症すると予後不良であり、肺炎患者の15%程度に肺炎球菌、インフルエンザ菌などによる二次感染がみとめられている3)

臨床症状
成人・高齢者におけるRSV感染による入院加療が必要な症例は、発熱、咳嗽、喀痰、喘鳴および呼吸困難などを合併する場合が多い3)。しかし、臨床症状だけで他の呼吸器感染症と鑑別することは困難であると思われる。

RSV感染症と重症化
過去の報告によれば、RSVは介護施設入所中の高齢者で入院・致命率を増加させる原因4)となり、またさらに、集中治療室への入室が必要な市中肺炎患者においても高頻度(10.9%)に検出されていた5)。しかし、成人・高齢者でのRSV感染症の重症化の機序は、明らかになっていない。最近、RSV感染症は、高齢者に合併しやすい基礎疾患が重症化に関与している可能性が示唆されている6)。特に慢性呼吸器疾患、例えばCOPD(chronic obstructive pulmonary disease)・喘息、慢性心疾患、重度の免疫不全状態が重症化の危険因子として示唆されている7,8)。また、これらの基礎疾患の中で、最も注目すべき疾患はCOPDである。COPDはタバコなどに含まれる有害物質を吸入することで進行する慢性呼吸器疾患である。本疾患は、本邦の疾患死亡率の9番目に位置し、今後患者数の増加が予想されている。呼吸器ウイルス感染は、COPDの進行を加速させる「増悪」の主要な因子とされ、RSV感染はCOPDの増悪に関与している9)。また、RSVの無症候性感染が安定期COPDの進行を加速させる報告もある10)

最近の成人RSV感染症に関する世界的な研究動向
15カ国におけるインフルエンザ様症状を呈した患者のサーベイランス(1年間)では、入院を必要とした高齢者の平均12.5%をRSV感染が占めていたが、その検出頻度は地域によって大きく異なっていることが示されている11)。しかしながら、本邦において成人の呼吸器ウイルス感染の疫学研究は、ほとんど行われていないと思われる。当診療科で行った前向きの観察研究で、5カ月間(2012年8~12月)に呼吸器感染症の関与が疑われ入院を必要とした患者70人(肺炎26人、COPD 8人、喘息8人、膠原病関連肺疾患8人、間質性肺炎6人、その他14人)で(RT)-PCR法を用いて主要呼吸器ウイルスを検出した。その結果、70人中7人(10%)に呼吸器ウイルスが検出され、そのうちの3人(COPD 2人、喘息1人)からRSVが検出された。また、RSVが検出されたCOPD患者1人は、人工呼吸管理を必要とし、呼吸不全で死亡の転帰をたどった12)

診断方法
小児のRSV感染症診断には、呼吸器検体を用いた迅速抗原検査が行われている。しかし、高齢者においては上記の検査は感度が低く、診断精度が落ちる。そのため、疫学調査では(RT)-PCR法による検査が望ましいが、費用が高額であり、設備の問題で日常臨床での使用は困難である。しかし、免疫不全患者や呼吸不全患者などの重症例では、排泄されるウイルス量が多くなり、迅速抗原検査でも陽性になり易い可能性がある13)

治療および予防薬
現在、本邦においてRSV感染症はインフルエンザと異なり、有効なワクチンおよび抗ウイルス薬がない。唯一、RSV感染症予防に有効性が確認され臨床的に使用されている治療は、抗RSVヒト化モノクローナル抗体のパリビズマブであり、適用は早産の乳児、先天性心疾患・呼吸器疾患を有する乳幼児等での重篤な下気道疾患の発症抑制である。成人での有用性は明らかでない。一方、同種骨髄移植を行った免疫不全患者を対象とした後向き研究では、RSV感染時のリバビリン吸入は重症化抑制に有効であることが示唆されている14)

 

参考文献
  1. Fujitsuka A, et al., BMC Infect Dis 11: 168, 2011 doi: 10.1186/1471-2334-11-168
  2. Falsey AR, et al., N Engl J Med 352: 1749-1759, 2005
  3. Lee N, et al., Clin Infect Dis 57: 1069-1077, 2013
  4. Elis SE. et al., J Am Geriatr Soc 51: 761-767, 2003
  5. Choi SH, et al., Am J Respir Crit Care Med 186: 325-332, 2012
  6. Walsh EE, et al., J Infect Dis 207: 1424-1432, 2013
  7. Englund JA, et al., Ann Intern Med 109: 203-208, 1988
  8. Duncan CB, et al., J Infect Dis 200: 1242-1246, 2009
  9. Kurai D, et al., Front Microbiol 4:293, eCollection, 2013
  10. Wilkinson TM, et al., Am J Respir Crit Care Med 173: 871-876, 2006
  11. Falsey AR, et al., doi:10.1093/infdis/jit839, 2014
  12. Kurai D, et al., OS163 APSR YOKOHAMA, 2013
  13. Talbot HK and Falsey AR, Clin Infect Dis 50: 747-751, 2010
  14. Shah DP, et al., J Antimicrob Chemother 68: 1872-1880, 2013
杏林大学医学部付属病院呼吸器内科
    倉井大輔 石井晴之 皿谷 健 滝澤 始
 

 

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