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卵馴化におけるインフルエンザワクチン(製造)株の抗原性の変化および流行株との抗原性の一致性の評価

(IASR Vol. 35 p. 269-271: 2014年11月号)

国内外の多くのサーベイランス実施機関では、流行株の分離にイヌ腎上皮細胞由来のMDCK細胞を用いている。MDCK細胞分離株はヒト由来ウイルスの抗原性をよく反映すると考えられており、流行株の抗原性解析にはMDCK細胞分離株が適している。一方、インフルエンザワクチンの製造には卵分離株を用いることになっているため、ワクチンの候補に選ばれた細胞分離株は、改めて元の臨床検体から卵で再分離される(ワクチン株)。さらに卵でのワクチンの製造効率をあげるために、ワクチン株は卵で複数回継代されるか、または、卵高増殖母体ウイルスとワクチン株の遺伝子再集合体(少なくともHAとNAはワクチン株由来)が作製され、それらがワクチン製造に用いられる(ワクチン製造株;X-❍❍、IVR-❍❍またはBX-❍❍などの記号が株名に付記される)。近年、A(H3N2)およびB型ワクチン株あるいはワクチン製造株は、卵での増殖過程で抗原部位や糖鎖付加部位にアミノ酸置換による変異が生じ、ワクチン元株(細胞分離株)から抗原性が変化する傾向がみられている(「平成24年度(2012/13シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過」、IASR 33: 297-300, 2012を参照)。その結果、ワクチンの効果が減弱されている可能性が懸念されている。

このような背景を踏まえて、2013/14シーズンのワクチン元株、ワクチン株あるいはワクチン製造株と流行株との抗原性について評価した。

A(H1N1)pdm09ワクチン
2013/14シーズンのワクチン株にはA/California/7/2009が選定され、製造株としてはA/California/7/2009(X-179A)(H1N1)pdm09(ワクチン製造株)が採用された。今シーズンに解析したほとんどの流行株はワクチン株およびワクチン製造株X-179Aと抗原性が類似していた(表1)。

すなわちA(H1N1)pdm09ワクチンについては、ワクチン製造株A/California/7/2009(X-179A)(H1N1)pdm09は、患者から培養細胞で分離された流行株の抗原性を保持している。A(H1N1)pdm09ウイルスは2009年にパンデミックインフルエンザとして出現して以来、同じ抗原性を維持しながら5年後の現在まで依然として流行の主流を占めており、ワクチンの有効性に影響を与えるような抗原変異を起こしていない。

A(H3N2)ワクチン
2012/13シーズンに採択されたワクチン株A/ Victoria/361/2011の元株(細胞分離株)は、そのシーズンの流行株と抗原性がよく一致していた(表2)。しかし、ワクチン製造株であるA/Victoria/361/ 2011(IVR-165)は、調べたすべての流行株と抗原性が大きく変化しており(表3)、流行株とワクチン製造株の間に大きな抗原性の乖離が見られた。このため、ワクチン効果の低下が指摘された。そこで、2013年2月にWHOは2013/14シーズンの北半球向けのワクチン株として、培養細胞分離のA/Victoria/361/2011と抗原性が類似した卵分離株A/Texas/50/2012をワクチン株に推奨し、これを受けてわが国ではワクチン製造株に、A/Texas/50/2012 (X-223)を採用した。当該シーズンに解析したすべての流行株の抗原性は、ワクチン元株のA/Texas/50/2012と一致しており(表2)、ワクチン株の選定は適切であった。しかし、卵に馴化したワクチン製造株A/Texas/50/2012(X-223)に対しては、調べた流行株の73.4%が製造株とは抗原性が違うことが示された(表3)。卵馴化に伴うワクチン製造株の抗原変異の程度は、A/Texas/50/2012 (X-223)のほうが前年のA/Victoria/361/2011(IVR-165)よりも軽減されていたが、期待したほどの改善は見られなかった(表3)。

卵馴化に伴うワクチン株の抗原性の変化という問題は、従来から指摘されていた。特に、最近のA(H3N2)亜型では、卵馴化に必要なHAタンパクのレセプター結合部位の構造変化(アミノ酸置換)が、抗原決定部位の構造にも強い影響を与え、抗原性を大きく変異させている。このような変化は、ワクチンを卵で製造する限り避けられず、程度の差はあれ毎年起こっている。現時点では、卵に馴化しても抗原性の変化の程度が小さいウイルスを、世界中の多数の分離株の中から探し出すしか対応策はない。この問題の根本的な解決のためには、抗原性の変化が少ないと期待される細胞分離株を用いた細胞培養ワクチンの開発と実用化が急務となっている。

B型ワクチン
B型インフルエンザウイルスには、1990年頃から、遺伝的にも抗原的にも大きく異なる2つの系統(山形系統とVictoria系統)が区別されるようになっている。2013/14シーズンのB型ウイルスの流行は、国内外ともに両系統が混合流行しており、わが国では山形系統とVictoria系統の割合が7:3であった。2013/14シーズン用のワクチン株を選定した昨年(2013年)3月時点において、国内では山形系統が流行の主流であったことと、すべての年齢層の人で山形系統ウイルスに対する血清抗体の保有率が低かったことから、B型ワクチンとしては山形系統から選定された。

2013/14シーズン用のB型ワクチン株は、B/Massachusetts/02/2012が推奨され、ワクチン製造株としてはB/Massachusetts/02/2012 (BX-51B)が選定された。2013/14シーズンにおいては、B型流行株の97.5%はワクチン元株およびワクチン製造株いずれに対しても抗原性が一致しており、B型ワクチンにおいては卵馴化による抗原変異の影響はみられなかったと考えられる(表4)。

 
国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター
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