国立感染症研究所

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エボラウイルス病への国際社会の対応:流行阻止のコンセプト

(IASR Vol. 36 p. 103-104: 2015年6月号)

2014年3月に公式に報告された西アフリカのエボラウイルス病(Ebola virus disease: EVD)は、過去最大のEVD事例となり、国際的な感染拡大が懸念されてきた。実際に、ギニア、シエラレオネ、リベリアいずれかの国からの輸入例および/またはその輸入例と疫学的関連のある症例が計7カ国で報告されている〔ナイジェリア、セネガル、マリ、米国、スペイン、英国、イタリア(2015年5月14日現在)〕1)。この大規模な流行に国際社会が連携して対応すべく、世界保健機関(WHO)は2014年8月に、「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(Public Health Emergency of International Concern)」を宣言し、国連は同9月に、国連エボラ緊急対応ミッション(UN Mission for Ebola Emergency Response:UNMEER)を設立した2)

今回の西アフリカのEVD流行に関しては、当初から最優先されてきた対応は、西アフリカでの流行を終息させることであった。つまり、いわば古典的ともいえる対策により感染の鎖を絶つことであった(「Break the transmission chain」)。今回の大流行は、過去に発生したEVD事例とは、発生場所や盛んな人の移動など、異なる点は多いが、感染経路は、血液、体液、吐物、排泄物等を介した、直接的な接触感染という点では従来と変わらない。正しい予防法の実践で感染予防が可能であり、主な感染機会である伝統的な葬儀・埋葬方法を控えること、適切な患者の隔離と対症療法、確定例の接触者の調査と必要に応じた隔離が行われていれば、感染の鎖は絶てることが過去からの経験と最新の疫学解析等からも示されている2,3)。なお、ワクチンや治療薬の開発も重要な戦略の一つとして並行して進められているが、これらは臨床実験段階にあり、適時な対応には結びついていないのが現実である。

国際社会はこれらの所見や現状をもとに、西アフリカの流行3カ国と調整し、感染の鎖を絶つために、対策を組織化した。UNMEERは国連の関連する専門または補助機関および外部の支援組織(WHOやUNICEF等の国連機関、米国CDC、欧州CDC、Public Health England等の公衆衛生機関、国境なき医師団やIFRC等の医療専門機関、Oxfam、Partners in Health等のNGO)等と調整・連携し、一体化した対応体制を整えた。さらに、対応を系統化し、役割の重複・活動の矛盾を最小限に抑えるために、対応の主な柱として以下の6つを設けた。すなわち、1)コーディネーション、2)資材の調達・管理、3)サーベイランスと検査体制、4) 患者管理と感染予防・対策、5)住民の啓発・動員とリスクコミュニケーション、6)児童の保護と心理社会的支援、である。WHOは保健医療対策に関して主導する役割を担うこととなり、国際的なアウトブレイク対応時に、必要な人的・技術的支援を供給することを目的としたGlobal Outbreak Alert and Response Networkを通じて多数の支援者を、日本を含む各国から西アフリカに派遣した(本号 7ページ参照)。

このような国際社会による物的・人的支援はあったものの、実際に6つの柱に沿って現場での対応の大半を担ったのは、各国の自治体や住民であった。最も感染リスクが高いとされ、かつ多人数がエボラウイルスに曝露される機会となる伝統的な葬儀・埋葬については、これらを安全に行う実施法へ変えるよう、啓発活動とリスクコミュニケーションを通して勧め、それを可能にする物資や環境を整備した。たとえば、死亡者の家族や関係者への十分な説明をしたうえで、個人防護具を装着した担当者により決められた土地への埋葬を行った。また、EVD疑い事例を早期に探知・報告ができる仕組みを整え、迅速な情報収集と、得られた情報の確認を系統的に実施する仕組みを立ち上げた。具体的には、疑い症例に対する疫学調査、疑い症例の搬送(地域からの隔離を主な目的とした一時的な収容施設への搬送)、安全な埋葬の実施(死亡例の場合)などである。なお、疑い症例を迅速に確認するためには検査室診断が必須であるため、採取した検体を、海外の公衆衛生機関等が設置した検査室に搬送する仕組みが立ち上げられた。また、EVDの潜伏期間中、確定例の接触者調査と必要に応じた隔離を行ってきた。包括的な対応戦略とともに、このような現場での地道な活動が流行阻止に重要であった。

西アフリカの3カ国におけるEVDの新規症例数は2014年後半にピークを迎え、2015年に入ってから新規症例数の減少が認められている。これに伴い、WHOの対応は、物資の調達や医療体制の整備を重視したものから、症例とその接触者の疫学調査、および徹底した公衆衛生対応を重視した、Getting to Zeroのアプローチとなった。この減少傾向には、国際社会の支援と連携に加え、3カ国の政府と現地の自治体・住民自身が責任感をもって精力的に対策に当たったことが大きく寄与したと考えられる(「Community engagement」)2)。確実に終息するまで、流行状況を慎重かつ継続して監視していくことが、西アフリカ諸国と国際社会に求められる。流行初期の国際社会の対応が遅きに失したという非難もあり2,4,5)、このような感染症の脅威に対して、より迅速に、より効果的に国際社会が対応することは今後の課題でもある。

 
参考文献
  1. WHO, Ebola, http://apps.who.int/ebola/
  2. WHO, WHO One Year Report
    http://www.who.int/csr/disease/ebola/one-year-report/ebola-report-1-year.pdf?ua=1
  3. Merler S, et al., Lancet Infect Dis, 2015 Feb; 15(2): 204-211
  4. MSF, Pushed to the Limit and Beyond http://www.msf.org/sites/msf.org/files/msf1yearebolareport_en_230315.pdf
  5. Oxfam, Ebola one year on: Hearts and homes were key to breakthrough said Oxfam https://www.oxfam.org/en/pressroom/pressreleases/2015-03-23/ebola-one-year-hearts-and-homes-were-key-breakthrough-said-oxfam
  6.  

国立感染症研究所
  感染症疫学センター 有馬雄三 島田智恵

 

 

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