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エボラ出血熱:国内医療機関の対応

(IASR Vol. 36 p. 108-109: 2015年6月号)

1.エボラ出血熱疑似症の対応の実際
2014(平成26)年10月27日16時頃、東京空港検疫所支所からエボラ出血熱が疑われる患者の報告が厚生労働省に対してなされ、国立国際医療研究センター病院に入院した1)。本事例がエボラ出血熱疑似症の日本での第1例目である。本事例は患者が自然解熱し、国立感染症研究所(感染研)における2回の検査結果がともに陰性であったため退院した2)。その後、同年11月7日に2名3,4)、同年12月29日に1名5)、2015年1月18日に1名6)、同年3月16日に1名7)の疑似症患者が発生したが、いずれも感染研での検査では陰性であった。具体的な診断としてはマラリア2名4,8)、急性副鼻腔炎1名9)、扁桃腺炎1名3)、インフルエンザ1名6)、原因不明例1名2)であった(2015年5月11日現在)。

2.治療法についての国内での指針の検討
エボラ出血熱を含む一類感染症についてはそのほとんどで治療法等が確立されていない。 そこで、一類感染症の患者の治療に当たる医師等に対して助言等を行うため、一類感染症の治療に関する専門家による検討会議の第1回会議が平成26年10月24日に開催された10)。ここでは、国内でエボラ出血熱が発生した際の治療について、安全性および有効性が未確立の治療の提供は、世界保健機関(WHO)の倫理作業部会の結果も踏まえると本邦においても倫理的に許容されること、未承認薬の使用にあたっては患者または家族の同意を得るとともに治療データを収集し、世界と共有すべきであること、血液透析等の侵襲的治療についてはエボラ出血熱の致命率の高さ、患者の容態および医療従事者への感染リスクとの比較考量が十分なされた上で判断されるべきであることが取り決められた。2015(平成27)年2月24日には第2回目の会議が行われ10)、第1回会議での議論の結果およびこれまでに得られた知見を踏まえ、1)エボラ出血熱の患者に対する基本的な支持療法としては、① 補液および電解質補正、 ② 血圧維持、③ 他に感染症が合併する場合の当該感染症の治療が望ましく、すべてのエボラ出血熱の患者に対して行われるべきものであること、2)エボラ出血熱の患者に対する追加的な治療としては、未承認薬の投与や血液透析等の侵襲的な治療等があり、状況に応じて実施を検討することが望ましいこと、が取り決められた。

3. 特定感染症指定医療機関、第一種感染症指定医療機関の医療従事者に対する教育
エボラ出血熱への対応として、特定感染症指定医療機関、第一種感染症指定医療機関の医療従事者に対する教育が必要であった。そこで平成26年度厚生労働科学研究費補助金 新型インフルエンザ?等新興・再 興感染症研究事業 「一類感染症の患者発生時に備えた治療・診断・感染管 理等に関する研究」(代表:国立国際医療研究センター・加藤康幸)、および平成26年度国際医療研究開発事業 「医療機関等における感染症集団発生時の緊急対応方法の確立及び対応手法の普及・啓発に関する研究」 (代表:国立国際医療研究センター・大曲貴夫)による感染症対策研修会が2014年11月13日と同月25日の2回開催された11)。加えて第一種感染症指定医療機関を対象とし、上記研究班の班員が直接各医療機関を訪問してワークショップを開催した11)

4. エボラ出血熱に対する国内医療機関の対応についての総括
1. エボラ出血熱疑似症の診療においては、多くの行政機関および医療機関が関与するため、健康監察下にある者の適切な経過観察、疑似症発生時の行政機関への連絡体制、疑似症発生から医療機関への搬送までの過程における各行政機関間での綿密な連絡と連携が極めて重要である。

2. エボラ出血熱対応においては医療機関としては診療体制構築および実際の診療において大きなマンパワーとリソースが必要である。各医療機関ではこの点を事前から十分に検討すべきである。また、診療体制を組む場合には全病院的な体制を組むだけでなく、外部機関との緊密な連絡下の連携が必要であるため、危機管理体制に準じた組織を編成して対応する必要がある。また、このような体制構築には個別医療機関の努力のみでは限界があり、調整や資源の供給等の点で行政機関が十分に支援を行っていく必要がある。

3. エボラ出血熱の疑似症および確定例発生時には患者の個人情報と人権が守られるよう、細心の注意が払われねばならない。これが担保されなければ、診療体制に対する患者の前向きな協力が得られにくくなり、結果として診療体制にも悪影響を及ぼす。これは対応にあたる行政機関、診療にあたる医療機関だけの問題ではない。報道機関、そしてその受け手である国民も、本邦における危機管理上の課題として考えるべきである。

4. 感染防止対策の指針を理論的に検討することは対策の構築上必要なことであるが、その指針が実際に医療現場で施行可能であるかどうかを十分に検証し、担保しつつ、効果があるかどうかを検証していく必要がある。加えて、その時々に得られる新規の知見を十分に検証しながら指針を適宜変更し、適切な感染防止対策を行っていく必要がある。各国の機関が従前よりエボラ出血熱に対する感染防止対策指針を策定していたが、それだけでは対応として十分に機能せず、医療従事者の二次感染例が発生した。この事実により、指針に示される予防策が、実際に現場レベルで適切に実行される体制を構築することが必要であることが認識された。このような経験を経て、個人防護具の着脱、特に脱着時にエラーが起こりやすいことが認識され、その予防としての見張り役の導入が行われるなどした。

5. 今回のエボラ出血熱の世界的なアウトブレイクが終息した後も、どの医療機関でもエボラ出血熱を含む輸入感染症を診療しうることを前提に診療体制を構築していく必要がある。米国テキサス州での事例にみるように、先進国であってもエボラ出血熱の患者が発生しうることが示された。本邦でも5月11日現在既に6例の疑似症が確認されている。国境を越えた人の往来が活発になる中で、今後は国内の一般医療機関でも輸入感染症を診療する機会は増えていくと予想される。

6. 新興感染症発生時には確立された治療法がない。よってその時点での科学的知見を広く収集し、まずはどの患者でも施行すべき標準的治療を明らかにして確実に実行することが、患者の予後改善の点からも倫理的な観点からも重要である。しかし、標準的治療の確立は、侵襲的治療や新規治療に関する議論のなかで見過ごされやすい面があり、注意が必要である。加えて侵襲性が高く、その効果と二次感染発生のリスクとが拮抗する治療や、知見の少ない新規治療法については、恩恵と危険性を考慮しながら、倫理的な観点から慎重に検討していくことが必要である。

今回のアウトブレイクでは、特に未承認薬の使用をどうすべきかが世界的にも大きな議論となった。未承認薬は審査を受けていないために安全性のプロファイルが不明であるが、未承認薬が患者にとって有用である可能性は否定できない。この状況でどのように判断し行動するのが倫理的かについて、国内でも専門家会議を中心に議論がなされた。その前提としては、そもそも標準的な治療は何かを規定する必要がある。エボラ出血熱は先進国ではその診療経験に乏しく、そもそも標準的治療が何かという点から議論を進める必要があった。この議論がなされなければ、そもそも未承認薬使用の議論は行うべきではない。


参考URL(2015年5月9日にアクセス)
  1. 厚生労働省, 報道発表資料(平成26年10月27日), エボラ出血熱が疑われる患者の発生について
    http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000064582.html
  2. 厚生労働省, 報道発表資料(平成26年10月30日), エボラ出血熱疑い患者の退院について
    http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000064586.html
  3. 厚生労働省, 報道発表資料(平成26年11月07日), エボラ出血熱への感染があり得る患者の発生について
    http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000064565.html
  4. 厚生労働省, 報道発表資料(平成26年11月07日), エボラ出血熱への感染があり得る患者の発生について
    http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000064556.html
  5. 厚生労働省, 報道発表資料(平成26年12月29日), エボラ出血熱への感染があり得る患者の発生について
    http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000070198.html
  6. 厚生労働省, 報道発表資料(平成27年01月18日), エボラ出血熱への感染があり得る患者の発生について
    http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000071363.html
  7. 厚生労働省, 報道発表資料(平成27年03月16日), エボラ出血熱への感染があり得る患者の発生について
    http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000077696.html
  8. 厚生労働省, 報道発表資料(平成27年03月16日), エボラ出血熱への感染があり得るとされた患者の検査結果(陰性)について
    http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000077708.html
  9. 厚生労働省, 報道発表資料(平成26年12月29日), エボラ出血熱への感染があり得るとされた患者の検査結果(陰性)について
    http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000070199.html
  10. 厚生労働省, 一類感染症の治療に関する専門家会議,
    http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-kenkou.html?tid=227687
  11. 国立国際医療研究センター国際感染症センター 国際感染症対策室 「一類感染症対策の研修開催情報」
    https://dcc.ncgm.go.jp/prevention/index.html

国立国際医療研究センター
  国際感染症センター 大曲貴夫

 

 

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