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先天性風疹症候群の子にみられる難聴

(IASR Vol. 36 p. 123-125: 2015年7月号)

はじめに
白内障、先天性心疾患、難聴を三大主徴とする先天性風疹症候群(CRS)のほとんどの臨床症状は妊娠8週までに罹患した場合に出現する症状であり、それ以降での罹患では出現率は低下する。しかし、難聴は8週以降の感染でも発症する頻度は高く、CRSの80~90%に認められるとされる。

当院受診症例
はじめに当院で経過観察を行った5例を呈示する()。5例中3例は妊娠中に風疹罹患が明らかであったが、2例は不顕性感染であった。5例とも両側難聴があり、うち4例は難聴発見時にはすでに両側105 dBの重度難聴であった。しかし、1例は生後2か月の時点ではABR閾値が両側70 dBであったのが、生後4か月で右は90 dB、左は105 dBと進行性難聴を呈した症例であった。5例のうち4例(1例は死亡)は6か月~1歳になって補聴器装用を開始した。本来は生後半年以内に補聴器装用を開始できることが理想であるが、遅くなった背景には、呼吸障害などでなかなか耳鼻咽喉科を受診するに至らなかったことと、涙などの分泌物から二次感染する可能性があるため、地域の病院や訪問看護の受け入れが悪かったことがあった。さらに地域の療育施設にて療育指導を受けられるようになったのも、ウイルス排泄の理由で9か月~1歳6か月と遅れる傾向にあった。一方、補聴器装用効果は4例とも良好で、音に対してそれなりに反応が認められている。

難聴の特徴
難聴が生じる原因としては、ウイルスの血管障害による基底膜、血管条と球形嚢の変性が指摘されているが、その他にアブミ骨の固着なども報告され、伝音難聴、感音難聴のどちらも生じる。また、聴力レベルも軽度から重度まで、左右聴力レベルも非対称で一側性難聴のこともある1)。我々の報告でも生後4か月時に聴力レベルが悪化した症例があったように、出生直後の聴力が正常であったとしても2~3歳までに遅発性難聴を生じるため注意が必要である。およそCRS児の50%は出生直後に何も臨床症状がない、とされており、それにもかかわらず1歳までに難聴が診断された症例は37症例であったが、1歳過ぎてから20例も増加したとの報告もある2)。これらは、徐々に聴力障害が進行してきた可能性や、軽度難聴で気がつかれにくかった可能性などが考えられる。遅発性難聴の症例を見落とさないためにも、たとえ新生児聴覚スクリーニングにて聴力が正常であったとしても、3歳までは3カ月または6カ月ごとに聴力の評価を行っていく必要がある。

難聴に対する療育の問題点
難聴が発見された場合、早期発見・早期介入の原則通り、補聴器装用を開始するべきである。しかし、実際にはウイルスの排泄が止まるまで集団の中に入れることができないため、地域の聾学校や療育施設での指導・介入ができず、医療機関でさえも受診抑制せざるをえないこともある。精神・運動発達遅滞を伴うことが多いため、重度難聴に対する補聴器装用効果を判断するには根気よく注意深い観察が必要である。また、弱視なども合併している場合は、手話など視覚を活用したコミュニケーションに支障をきたすこともある。個々の症例の発達レベルを評価しながら、どのようなコミュニケーションモードを活用するか考えていく必要があり、その上で人工内耳を留置することも1つの手段となり得る。家族や療育施設との連携により、緩徐な発達ではあるかもしれないが、音への反応や言語理解が促される可能性は高い。

難聴は遅発性に生じる可能性があり、CRS児は長期的に経過観察する必要がある。また、視力、聴力、運動機能障害、知的発達障害などさまざまな合併症を有することがあり、それぞれにおいて早期から医療的に介入し、児の持っている最大限の能力を引き出すことは重要である。このため、1歳、2歳まで続くウイルス排泄がある限り適切な医療、療育を受けられないということは問題である。かかりつけとなる医療機関や療育施設の標準感染対策意識の徹底、地域における訪問指導や訪問看護の充実が必要であろう。

潜在的なCRS症例の可能性
Tamayoらは重度難聴児の眼底検査を行ったところ、CRSに特徴的な眼底所見を有する児が既報告以上に認められ、さらに風疹流行時期、地域に一致していたと述べている3)。難聴は遅発性に生じる可能性があり、出生時期に何も症状がなければCRSであることがわからず、原因不明の難聴児として対応されている可能性がある。

欧米ではワクチン政策が効を奏しており、近年ではCRSの発症は報告されていないとされている。しかし、本邦では大流行は落ち着いているものの、2014年の春以降も常に風疹患者は報告が続いており、特に大都市に散見される。現在自治体でも風疹ワクチンの予防接種を呼びかける努力がされているが、風疹が話題に上らなくなってくるにつれ、その意識も薄れてきているように見受けられる。

今後もまだ流行する可能性が懸念されており、ワクチンの必要性について定期的な情報発信が必要と考える。

 
 
参考文献
  1. 佃朋子, 他, Audiol Jpn 42: 682-688, 1999
  2. Wild NJ, et al., Arch Dis Child 64: 1280-1283, 1989
  3. Tamayo ML, et al., Int J Pediatr Otorhino- laryngol 77: 1536-1540, 2013


国立成育医療研究センター
  耳鼻咽喉科 守本倫子

 

 

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