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東京大学医科学研究所附属病院におけるHIV感染症診療

(IASR Vol. 36 p. 169-170: 2015年9月号)

当院は東京都港区にある病床数100床余りの小規模病院であるが、1980年代初めからHIV診療を開始した歴史を持っている。定期通院している患者数は年々増加し、2014年末時点で537名に達している(図1)。予後の改善に伴って長期に通院する患者が多くなったため、医師だけでなく看護師や薬剤師、ソーシャルワーカーなどとの連携が重要となってきている。当院では多職種でのカンファレンスを毎週行い、患者個々の問題点の早期発見に努めている。治療に関する近年の大きな変化は、世界的に治療開始時期の早期化の傾向が強まっていることである。当院でも抗HIV薬を内服している患者の割合は年々増加し、2010年は80%、2012年には85%となり、2014年末には93%に達した。抗HIV薬は毎日必ず内服することが大切で、飲み忘れによる血中薬物濃度の低下は薬剤耐性ウイルスの出現につながる。当科では、薬剤を100%内服しているかを外来診療時に必ず訊くようにしている。2009年と2014年の当院の集計を比較すると、血中ウイルス量が測定感度以下に保たれている患者の割合は増加した(図2)。効果の高い薬剤の登場や患者の服薬意識の向上などにより、大部分の患者ではウイルス量が極めて低値に抑制されていることが分かる。

その一方で、治療の長期化に伴う新たな問題も生じている。現在、当院の通院患者の平均年齢は45歳だが、50歳以上の割合はこの20年で大きく増加した。1994年には4.3%であったが、2014年には33.5%となった(図3)。高齢化による様々な合併症対策、たとえば脂質異常、腎機能障害、悪性腫瘍の適確なスクリーニングが現在の大きな課題である。正確な機序は明らかでないが、HIV感染者では非HIV感染者よりも悪性腫瘍の発生率が高い。細胞性免疫不全やHIVの増殖に伴う慢性炎症(持続的な高サイトカイン血症)などが腫瘍の発生に促進的に働いていると考えられる。悪性リンパ腫などのAIDS関連腫瘍は減少したが、肺がんや大腸がんなどの非AIDS関連腫瘍の増加が目立つ。当院では2003年以降、12名の非AIDS関連癌の患者を経験した。感染症関連の項目に注目するだけでなく全身の評価が重要であるため、他科との連携も心がけながら診療を行っている。脂質異常症や腎不全の発症に関しては、高齢化だけでなく薬剤の影響も無視できない。たとえば、プロテアーゼ阻害薬は脂質異常症を来たすことがあり、逆転写酵素阻害薬のテノフォビルは腎不全の誘因となる。新規の抗HIV薬は海外での臨床試験結果に基づいて承認され日本人での投与経験がない場合が多いので、新薬を投与する際には慎重に経過を見るように努めている。

患者個々について考えれば、薬剤の内服によってHIVを抑制できる時代となった。しかし病態はまだ十分には解明されておらず、根本的な解決策であるワクチンや感染後にHIVを排除する方法も確立していない。薬剤の長期的な副作用にもなお懸念が残る。当科では患者の同意を得て適切な手順を経た臨床検体を保有しており、これらの貴重な検体を用いて国立感染症研究所エイズ研究センターとも連携をしながら、患者のQOL向上や新たな治療につながる研究を発展させていきたいと考えている。


東京大学医科学研究所附属病院
  感染免疫内科 鯉渕智彦
国立感染症研究所
  エイズ研究センター 立川 愛

 

 

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