国立感染症研究所

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基幹定点医療機関における季節性インフルエンザ流行時の負荷の把握

(IASR Vol. 36 p. 210-211: 2015年11月号)

はじめに
世界保健機関(WHO)によるパンデミックインフルエンザ危機管理の暫定ガイドライン(以下、ガイドライン)において、各国はリスク評価に基づいた行動計画の策定を推奨されている1)。そのリスク評価の指標として、発生したパンデミックインフルエンザの1)重症度、2)伝播力、3)医療への負荷の3つが挙げられ、3)医療への負荷の指標としては、総外来患者に占めるインフルエンザ入院患者の割合、集中治療室や人工呼吸器を利用する患者に占めるインフルエンザ入院患者の割合等が示されている。日本では、季節性インフルエンザの流行状況を把握するサーベイランスとして、外来についてはインフルエンザ定点医療機関、入院については基幹定点医療機関から情報を得ている。この中で、インフルエンザ入院患者数とともに、集中治療室や人工呼吸器の利用等は把握されているが、ガイドラインに示されている指標を求めるための、総外来患者数や総急性期病床利用者数等の母数は把握されていない。また、ガイドラインには定められていないものの、医療スタッフのインフルエンザ罹患状況など「医療現場での負荷」を反映する情報も重要であるが、このような情報も継続的に収集されておらず、解釈する方法も確立していない。

このため、国立感染症研究所感染症疫学センター(以下、疫学センター)および協力医療機関(基幹定点医療機関3施設)は、ガイドラインの評価指標のうち、医療への負荷に着目し、それぞれの医療機関での季節性インフルエンザによる医療への負荷を把握する上で適切な指標を求めるため、2013/14シーズンよりパイロット的研究を開始した。

具体的には、入院サーベイランスで得られる情報に付加して収集すべき項目の洗い出しと、情報収集過程における課題を明らかにすることを目的とし、現在も進行中である2,3)

本稿では研究の概要を述べるとともに、2013/14シーズンと2014/15シーズンの結果から得られた季節性インフルエンザの医療への負荷について記載した。

方 法
まず、探索的研究手法により情報収集方法について整理するため、疫学センターは自治体および協力医療機関へのヒアリングを行い、実施可能な方策を検討した。その結果、本研究で試みる情報収集方法は、「季節性インフルエンザの流行シーズン中、協力医療機関の担当者が週一回、以下の3つの情報:1)日毎の外来インフルエンザ患者数、2)日毎の入院におけるインフルエンザおよびその他の疾患における人工呼吸器利用およびICUの入室状況、3)1週間当たりの看護師・医師等におけるインフルエンザ罹患数を取りまとめ、メール等で自治体および疫学センターの担当者へ報告し、情報共有すること」とした。

なお、各医療機関で収集する情報は、医療機関同士の比較ではなく、同一医療機関内のベースライン設定を念頭に置いて実施することとした。そのため、上記1)日毎の外来インフルエンザ患者数の定義は、抗インフルエンザ薬の処方者数、カルテ病名にインフルエンザと記載があった者の数、インフルエンザウイルス迅速検査陽性者数など、各協力医療機関の現状に合わせて定めることとした。また、1)、2)は、指標算出のため、分母情報となる総外来受診者数・総入院患者数(急性期病床利用数)、および患者隔離目的での個室利用患者数をあわせて報告することとした。疫学センターの担当者は、各シーズンについて報告データをグラフなどにまとめ、それぞれの協力医療機関と自治体に還元した。

結 果
協力医療機関A・B・Cにおける総外来患者数に占めるインフルエンザ外来患者数の割合、急性期病床に占めるインフルエンザによる入院患者数の割合、スタッフのインフルエンザ罹患数について、それぞれピークにおける週当たりの割合とその期間をに示す。シーズンで比較すると、総外来患者数に占める割合・急性期病床利用に占める割合とも、2014/15シーズンの方がピークのみられる時期が早かった。また、どちらの割合のピーク値も、すべての医療機関において2014/15シーズンの方が高かった。いずれの医療機関でも総外来患者に占めるインフルエンザ患者の割合は、通常の外来が休みとなる土曜日・日曜日・祝日・年末年始で高くなり、ピークも同様であった。

スタッフ罹患数のピーク時期はいずれの医療機関でも2014/15シーズンの方が早く、医療機関A・Cは2014/15シーズンが週当たりの罹患数が多かった。医療機関Bは2013/14シーズンに職場内のアウトブレイクが確認され、週当たりの罹患数が多かった。 

考 察
本研究で整理し、用いた情報収集の枠組みにより、ガイドラインに示された3)医療への負荷を測る指標を求めるための母数と、「医療現場での負荷」の指標である医療スタッフのインフルエンザ罹患状況について、収集可能であることが示された。

今回対象とした医療機関においては、総外来患者に占めるインフルエンザ患者の割合は曜日等による患者の受診行動変化による影響を大きく受け、また、通常の外来が休みとなる週末などではどうしても急性疾患としてのインフルエンザの割合が増加していた。このため、インフルエンザ患者数の動向把握には、週ごとの分析、あるいは外来におけるインフルエンザ患者の実数に着目した方が妥当と考えられた。一方、急性期病床に占めるインフルエンザ入院患者には曜日の影響はみられなかったことから、実数ではなく割合に着目する方法が妥当と考えられる。

過去2シーズンのピークの比較では、2014/15シーズンの流行の立ち上がりが早く、その患者数が多いことが示された。これは全国の定点サーベイランスによる傾向と同様であった4)。また、入院(急性期病床)に占めるインフルエンザ患者の割合は、A~Cの医療機関すべてにおいて2014/15シーズンの方が高く、全国の入院サーベイランスで2014/15シーズンに報告が多かったことと同様の傾向であった4)

スタッフの罹患数について、A・Cの医療機関では2014/15シーズンの方が罹患数は多かったが、B医療機関でのみ2013/14シーズンのスタッフ罹患数ピークが高かった。これはB医療機関での職場内でのアウトブレイクを反映しているものであり、アウトブレイクが発生した場合には、一定した負荷の動向をみることが困難となる可能性が示唆された。なおB医療機関においては、その後、感染対策が徹底されたとの報告があり、本研究によって定期的に実施された院内スタッフの罹患状況把握が対策に繋がったと考えられる。

以上の結果から、A~Cの医療機関すべてにおいてインフルエンザ入院の割合ピークが高く、また時期も早く、かつスタッフの罹患数ピークの高さ(アウトブレイクのあった医療機関Bを例外とする)やピーク時期の早かった2014/15シーズンの方が、2013/14シーズンより季節性インフルエンザによる医療現場への負荷は高かったと推測された。

まとめ
本研究により、医療への負荷を把握するための指標について、一定の成果を得ることができた。

本研究で定義した情報収集方法によって得られる指標に基づき、各医療機関のベースラインを設定し、新型インフルエンザ等の発生時における各医療機関への負荷を把握する体制を整備するとともに、平時からのリスク評価・対策に繋げていくことが今後の課題である。 


参考文献
  1. WHO, Pandemic Influenza Risk Management WHO Interim Guidance, 2013
  2. 砂川富正, 「感染症発生動向調査の改善ポイントに関する研究(3)インフルエンザのリスクアセスメントに必要な情報収集メカニズムの検討」, 新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業「自然災害時を含めた感染症サーベイランスの強化・向上に関する研究」平成25年度報告書, 2014年
  3. 松井珠乃, 「新型インフルエンザ発生時リスクアセスメントに必要な情報収集のメカニズム開発に関する研究」, 新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業「感染症発生時の公衆衛生的対策の社会的影響の予測及び対策の効果に関する研究」平成26年度報告書, 2015年
  4. 国立感染症研究所・厚生労働省結核感染症課, 今冬のインフルエンザについて(2014/15シーズン)


国立感染症研究所感染症疫学センター
  高橋琢理 砂川富正 松井珠乃 大石和徳
公立昭和病院感染症科 小田智三
国立病院機構熊本医療センター小児科 高木一孝
沖縄県立南部医療センター感染症内科 豊川貴生
東京都健康安全研究センター 健康危機管理情報課
  寺田千草 関なおみ 杉下由行
熊本県健康危機管理課 服部希世子 劔 陽子
沖縄県福祉保健部健康増進課 糸数 公    

 

 

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