国立感染症研究所

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平成27年度(2015/16シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過

(IASR Vol. 36 p. 217-220: 2015年11月号)

1. ワクチン株決定の手続き
わが国におけるインフルエンザワクチン製造株の決定過程は、厚生労働省(厚労省)健康局の依頼に応じて国立感染症研究所(感染研)で開催される『インフルエンザワクチン株選定のための検討会議』で検討され、これに基づいて厚労省が決定・通達している。

株決定の手続きの詳細については、IASR 35: 267-269, 2014を参照されたい。

本検討会議で選定されたいくつかのワクチン候補株については、さらに発育鶏卵での増殖効率、抗原的安定性、免疫原性、エーテル処理効果など、ワクチン製造株としての適格性を検討した。これらの成績は、2015年2月上旬~3月下旬にかけて3回にわたり開催された上記検討会議で検討され、3月27日の会議で最終的にワクチン株を選定した。感染研はこの結果を4月23日に厚労省健康局長に報告し、それに基づいて5月8日に健康局長から決定通知が公布された(IASR 36: 112, 2015参照)。

本稿に記載したウイルス株分析情報は、ワクチン株が選定された2015年3月末時点での集計成績に基づいており、それ以後の最新の分析情報を含むシーズン全期間(2014年9月~2015年8月)での成績は、総括記事「2014/15シーズンのインフルエンザ分離株の解析」(本号4ページ)を参照されたい。

2.ワクチン株
近年のインフルエンザの流行においては、A(H1N1)pdm09およびA(H3N2)に加えてB型ウイルスの山形系統とビクトリア系統の混合流行が続いており、世界保健機関(WHO)も2013シーズンの南半球向けの推奨会議から4価ワクチンの場合は、A型2株に加えてB型2系統からそれぞれワクチン株を推奨している。また、米国においては2013/14シーズンから4価のインフルエンザワクチンが製造承認され、世界の動向は4価ワクチンへと移行してきている。このことから、わが国においても4価のインフルエンザワクチンの導入の是非がインフルエンザワクチン株選定のための検討会議において検討され、平成27年度からはA型2株とB/山形系統およびB/ビクトリア系統それぞれから1株ずつのワクチン株が選定された。これを受けて、厚労省は4価ワクチン導入を決定した。なお、インフルエンザHAワクチンの生物学的製剤基準の改正もあわせて行われた(平成27年3月30日)。

ワクチン株は以下のとおりである。
  A型株
     A/カリフォルニア/7/2009(X-179A)(H1N1)pdm09
    A/スイス/9715293/2013(NIB-88)(H3N2)
  B型株
    B/プーケット/3073/2013(山形系統)
    B/テキサス/2/2013(ビクトリア系統)

3.ワクチン株選定理由
3.1 A/カリフォルニア/7/2009(X-179A) (H1N1)pdm09
今シーズンのA(H1N1)pdm09ウイルスによる流行は、一部の国を除いては、わが国を含む大多数の国で小規模であった(2015年2月下旬時点における世界インフルエンザ監視応答システムに報告された数の3%)。世界中で分離されたほとんどのA(H1N1)pdm09流行株の抗原性は、ワクチン株A/カリフォルニア/7/2009に類似しており、2009年以来抗原性はほとんど変化していない。ウイルスの赤血球凝集素(HA)遺伝子の進化系統樹解析では、流行株は8つのグループに分かれているが、今シーズンの流行株はグループ6Bに分類され、ここ数シーズンは変化が無い。さらに、A/カリフォルニア/7/2009を含有するワクチン接種後のヒト血清は、最近の流行株とよく反応することから、依然A/カリフォルニア/7/2009によるワクチン効果が期待できた。このことから、WHOは、2015/16シーズン北半球向けワクチン株としてA/カリフォルニア/7/2009類似株を引き続き推奨した。

わが国では、47株が分離・検出報告されたが、解析した分離株はすべてA/カリフォルニア/7/2009類似株であった。

A(H1N1)pdm09ワクチン製造用としては、A/カリフォルニア/7/2009の高増殖株X-179Aの製造効率が良好で、わが国では5シーズン続けて採用してきた実績がある。

以上のことから、2015/16シーズンのA(H1N1)pdm09ワクチン株として、A/カリフォルニア/7/2009(X-179A)株が引き続き選定された。

3.2 A/スイス/9715293/2013(NIB-88) (H3N2)
今シーズンのA(H3N2)ウイルスの流行は、国内外のほとんどの国で非常に大きかった。わが国での本亜型ウイルスの流行は全検出・分離報告数の92%を占めた。HA遺伝子の進化系統樹解析において、今シーズンの国内外の多くの国で分離検出された流行株のほとんどは、2014/15シーズン用のWHOワクチン推奨株A/テキサス/50/2012(国内で採用されたワクチン株はその類似株A/ニューヨーク/39/2012)を代表株とするクレード3Cに分類されたが、その中でもサブクレード3C.2aあるいは3C.3aに分類されるものが多数を占めた。これらサブクレードのウイルスは2013/14シーズン終盤の3月頃から認識され始め、南半球の2014シーズンにその割合が増加し、さらに半年後の北半球の2014/15シーズンには流行の主流となった。中国および東南アジア、東ヨーロッパやアフリカの一部の国では3C.3aが主流であったが、わが国を含む多くの国では3C.2aが流行の主流であった。

今シーズン流行の主流となったサブクレード3C.2aあるいは3C.3aに分類される流行株は、MDCK細胞で分離したワクチン株A/テキサス/50/2012およびA/ニューヨーク/39/2012からは抗原性が大きく変化していた。また、今シーズンのワクチン接種後のヒト血清抗体も3C.2aあるいは3C.3aの流行株との反応性が低下していた。したがって、来シーズン向けにはワクチン株の変更が必要であり、次期ワクチン株は現在流行の主流となっているサブクレード3C.2aあるいは3C.3aから検討することになった。

サブクレード3C.2a の代表株A/堺/72/2014、サブクレード3C.3a の代表株A/スイス/9715293/2013およびA/大阪市/2003/2014それぞれに対するフェレット感染抗血清を用いて3C.2aおよび3C.3aの流行株との反応性を中和試験で調べたところ、それぞれの代表株の抗血清は3C.2aおよび3C.3aの流行株とよく反応した。このことから、3C.2aおよび3C.3aの流行株の抗原性には大きな違いはないと判断された。同様に、米国CDCではA/ミシガン/15/2014(3C.2a)およびA/スイス/9715293/2013(3C.3a)に対するフェレット抗血清を用いた解析から、感染研と同様の結論を得ており、A/スイス/9715293/2013抗血清が3C.2aおよび3C.3a両方のサブクレードの流行株と広く交叉反応することから、WHOは2015/16シーズンの北半球用ワクチン株にサブクレード3C.3aからA/スイス/9715293/2013類似株を推奨した。

現在、ワクチン製造には卵分離株を用いることになっていることから、わが国ではワクチン候補株としてサブクレード3C.2aからは卵分離株のA/ニューカレドニア/71/2014、A/キャンベラ/82/2014およびワクチン製造用高増殖株A/ニューカレドニア/71/2014(IVR-178)が検討された。一方、サブクレード3C.3aからは卵分離株のA/スイス/9715293/2013、その高増殖株A/スイス/9715293/2013(NIB-88)、A/スイス/9715293/2013(X-247)、およびA/南オーストラリア/55/2014(IVR-175)が検討された。サブクレード3C.2aのワクチン候補株に対するフェレット感染抗血清と流行株との反応性を調べた結果、3つの候補株いずれも卵馴化による抗原変異の程度が著しく、中和試験で調べた75~100%の3C.2aおよび3C.3a流行株との反応性がホモ価に対して8倍以上低下していた。このことから、3C.2aからワクチン株を選定するのは適切ではないと判断された。

一方、サブクレード3C.3aのワクチン候補株A/スイス/9715293/2013、A/スイス/9715293/2013(NIB-88)、A/スイス/9715293/2013(X-247)、およびA/南オーストラリア/55/2014(IVR-175)について検討した結果、A/南オーストラリア/55/2014(IVR-175)に対する抗血清は3C.2aおよび3C.3aいずれの流行株とも反応性が極めて低く、ワクチン株としては適切でないことが示された。一方、A/スイス/9715293/2013、A/スイス/9715293/2013(NIB-88)、A/スイス/9715293/2013 (X-247)の3候補株に対する抗血清は、調べた46~71%の3C.2a流行株、37~88%の3C.3a流行株それぞれとよく反応しており、これら3つのワクチン候補株は卵馴化による抗原変異の影響は受けているものの、これらに対する抗血清の反応性は3候補株間で大きな差はみられなかった。このことから、ワクチン株は、これら3候補株から選定するのが妥当との判断に至った。

次に、A/スイス/9715293/2013、A/スイス/9715293/ 2013(NIB-88)、A/スイス/9715293/2013(X-247)の3候補株について、各ワクチン製造所における増殖性、ウイルス蛋白収量など、ワクチン製造効率を検討した。A/スイス/9715293/2013は今シーズンのワクチン株A/ニューヨーク/39/2012(X-233A)に比べて、約50%以下の蛋白収量しか見込めないこと、さらに、フィラメント状のウイルス粒子を多く産生することから、製造工程のろ過滅菌過程で回収率が低下し、ワクチンの実製造は困難であることが示された。一方、A/スイス/9715293/2013(NIB-88)、A/スイス/9715293/2013 (X-247)は、A/ニューヨーク/39/2012(X-233A)に比べてそれぞれ145%、119%の蛋白収量が見込まれ、ワクチン製造効率はA/スイス/9715293/2013(NIB-88)が一番高いという結果が得られた。

以上のことから、A/スイス/9715293/2013(NIB-88)は卵馴化による抗原変異の影響は受けているが、現時点で使用可能なワクチン製造候補株の中では流行株に抗原性が一番近く、また製造効率も良好であることから、2015/16シーズンのワクチン株としてA/スイス/9715293/2013(NIB-88)が選定された。

3.3 B/プーケット/3073/2013(山形系統)
山形系統の流行株は、遺伝的には2014/15シーズンのワクチン株B/マサチュセッツ/2/2012が入るグループ2と2013/14シーズンのワクチン株B/ウィスコンシン/1/2010および最近の代表株B/プーケット/3073 /2013が入るグループ3とに区別される。これら2つのグループは混合流行しているが、今シーズンはグループ3に入る流行株が国内外ともに主流であった。

各グループの代表株に対するフェレット感染抗血清を用いたHI試験では、これらのグループ間での抗原性には大きな差はなかったが、最近の流行株は国内外ともにワクチン株B/マサチュセッツ/2/2012に対する抗血清よりもグループ3のB/プーケット/3073/2013に対する抗血清に良く反応するものが多かった。WHOインフルエンザ協力センターのひとつであるロンドンセンターの成績では、グループ2とグループ3は抗原的に明確に区別できることが示されており、最近の流行株は遺伝的にも抗原的にもグループ2からグループ3に移行しており、国内外ともに流行株のほとんどはB/プーケット/3073/2013類似株であった。また、B/マサチュセッツ/02/2012株を含むワクチン接種後のヒト血清は流行株との反応性が低下していることから、次シーズンのワクチン株は、現在流行の主流であるグループ3から選定すべきとの結論に至った。このことから、WHOは2015/16シーズン北半球用B/山形系統ワクチン株としてグループ3のB/プーケット/3073/2013類似株を推奨した。

B/プーケット/3073/2013について国内ワクチン製造所において製造効率を検討した結果、今シーズンのワクチン株B/マサチュセッツ/02/2012(BX-51B)に対して B/プーケット/3073/2013はウイルス蛋白収量が74%で製造効率はやや落ちるものの、製造は可能との報告があった。

以上のことから、2015/16シーズンのB/山形系統のワクチン株として、B/プーケット/3073/2013株が選定された。

3.4 B/テキサス/2/2013(ビクトリア系統)
国内外ともにビクトリア系統の流行は小規模であった。HA遺伝子の進化系統樹解析から、これらのウイルスの大部分はクレード1Aに属しており、ここ数シーズンは変化がなかった。解析したほとんどの流行株の抗原性は、WHOが4価ワクチンの場合として2014/15シーズン北半球および2015シーズン南半球用に推奨したワクチン株B/ブリスベン/60/2008およびその類似株で最近の代表株であるB/テキサス/2/2013に類似していた。このことから、WHOは2015/16シーズン北半球の4価ワクチン用にB/ビクトリア系統からはB/ブリスベン/60/2008類似株を引き続き推奨した。

B型ウイルスにおいても卵馴化により、ビクトリア系統はHA蛋白の197-199番目のアミノ酸に卵継代による置換が入り、それによって糖鎖が欠落して抗原性変異を起こすことが知られている。卵分離のワクチン候補株B/ブリスベン/60/2008およびB/テキサス/2/2013も例外ではないが、その変異の程度はA(H3N2)ウイルスより小さいことが感染研および米国CDCの解析から示されている。

今シーズンはビクトリア系統による国内での流行は散発例しかなく、国内分離株が少なかったことから、多数の流行株を解析している米国CDCの成績に基づいて検討した。ワクチン候補株B/ブリスベン/60/2008株およびB/テキサス/2/2013それぞれに対するフェレット抗血清と流行株との反応性を調べた結果、B/テキサス/2/2013抗血清のほうが最近の流行株により広く反応する傾向が示された。さらに、国内ワクチン製造所において増殖性、蛋白収量などの製造効率をB/ブリスベン/60/2008、B/テキサス/2/2013、B/テキサス/2/2013(BX-53C)について検討した結果、B/テキサス/2/2013がこれらの中では最も高い蛋白収量を示し、製造効率も高いことが見込まれた。

以上のことから、2015/16シーズンのB/ビクトリア系統のワクチン株にB/テキサス/2/2013が選定された。


国立感染症研究所インフルエンザワクチン株選定会議事務局
インフルエンザウイルス研究センター 小田切孝人

 

 

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