国立感染症研究所

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タイ・サムイ島から帰国後にジカ熱と診断された日本人旅行者の1例

(IASR Vol. 35 p. 243-244: 2014年10月号)

タイ国のサムイ島に渡航した後、ジカ熱(Zika fever)と診断された輸入症例を報告する。なお、今回の症例は本邦3例目のジカ熱症例であり、東南アジアからの初輸入症例である。

 

 

副鼻腔炎に対して治療歴がある以外は特に既往のない41歳日本人男性、2014年7月25~31日までタイ・サムイ島に観光目的で滞在した。8月2日より頭痛を伴う発熱が出現した。カタル症状や下痢の合併は認めなかった。8月3日夜に前胸部から腹部にかけて皮疹が出現していることに気づき、38℃を超える発熱が続くため8月4日に当院外来を受診した。

来院時、体温は37.2℃で、前日までよりは改善傾向にあるものの、頭痛の訴えがあった。身体所見上、両側眼球結膜充血、両側後頚部リンパ節腫脹および顔面・手掌足底を含む四肢・体幹に掻痒感を伴わないびまん性の融合傾向のある紅丘疹を認めた。その他には特記すべき所見を認めなかった。血液検査では白血球数4,940/μL、血小板数18.4万/μLと減少を認めず、CRP 1.12mg/dLと軽度高値を示す以外には異常所見を認めなかった。デングウイルスの迅速診断検査(SD BIOLINE Dengue Duo NS1 Ag + Ab Combo)ではNS-1抗原、IgM抗体・IgG抗体いずれも陰性であった。

臨床症状や検査結果からジカ熱を疑い、国立感染症研究所に血清検査を依頼した。初診時の血清におけるZika virus(ZIKV)遺伝子検査(realtime RT-PCR)は弱陽性であり、判定保留という結果であった。初回受診から3日後の再診時の血清を提出したところ、ZIKV IgM抗体(IgM捕捉ELISA法)が陽性(P/N ratio=11.4, 2.0以上が陽性)と確認されたため、ジカ熱と診断した。なお、デングウイルス特異的IgM抗体(IgM捕捉ELISA法)も再診時の血清で陽性となったが、Indexが低く、交差反応で上昇したものと考えられた。

再診時には発熱・頭痛を認めなかった一方で、眼球結膜充血はあまり改善なく残存しており、皮疹も消退傾向にあったが残存していた。初回受診から11日後の3度目の外来時には自覚症状もなく、皮疹・眼球結膜も消退していた。現在経過観察目的で外来通院中である。

ZIKVはウガンダ・エンテベ近郊のZika Forestのアカゲザルから1947年に分離されたウイルスであり、ヒトでは1968年にナイジェリアで行われた研究で分離された。ウエストナイルウイルス、デングウイルスや黄熱ウイルスと同じフラビウイルス科に属し、ウガンダ、タンザニア、中央アフリカ、シエラレオネ、エジプトなどのアフリカ諸国およびインド、マレーシア、フィリピン、ベトナム、インドネシアなどからの症例の報告がある1-3)。近年ではミクロネシア連邦のヤップ島やフランス領ポリネシアで大流行が発生し1)、日本においてもフランス領ポリネシアからの輸入症例2例が既に報告されている4,5)

ジカ熱はZIKVが蚊によって媒介され発症し、病態はデング熱に類似している。症状としては、発熱、関節痛、結膜充血、皮疹が高頻度で認められ1, 3)、通常は4~7日間症状が持続する。診断はPCRによるZIKV RNAの検出、IgM抗体検査やペア血清による中和抗体検査など、血清学的に診断を行う。デングウイルス、黄熱ウイルス、日本脳炎ウイルス、マレーバレー脳炎ウイルスなどのその他のフラビウイルスとの交差反応の報告があり、抗体検査での診断には注意が必要である3)。本症例においても発症5日目の血清でデングウイルス特異的IgM抗体が上昇していた。

ジカ熱に対する特異的治療はなく、対症療法のみである。一般にデング熱と比較し軽症であり、ヤップ島でのジカ熱49例の検討では、死亡例・入院例・出血性合併症を呈した例はいずれも認められていないが1)、フランス領ポリネシアのアウトブレイクではジカ熱罹患後にギラン・バレー症候群を合併した症例が報告されている6)。発症を防ぐワクチンや治療薬はなく、蚊刺咬を防ぐことが唯一の感染対策である。

本症例から、今まで報告されているよりも広い範囲にジカ熱が分布している可能性が懸念され、また、日本からの渡航者が多いタイのリゾート地であるサムイ島での感染が確認されたことから、これからも輸入症例が発生する可能性が高いと考えられる。臨床医は熱帯地域、特に東南アジア・オセアニア・ミクロネシア渡航後に発熱・皮疹および結膜充血をきたす症例ではジカ熱を鑑別に挙げる必要があると考えられる。


参考文献
  1. Duffy MR, N Engl J Med 360: 2536-2543, 2009
  2. Hayes EB, Emerg Infect Dis 15: 1347-1350, 2009
  3. Heang V, et al., Emerg Infect Dis 18(2): 349-351, 2012
  4. 上村悠ら, IASR 35:45-46, 2014
  5. Kutsuna S, et al., Euro Surveill. 2014;19(4):pii=20683
  6. Oehler E, et al., Euro Surveill. 2014;19(9):pii=20720
 
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