国立感染症研究所

 

VI. 病原体による宿主脂質ハイジャック機序の解明と創薬への応用

脂質が生理的な役割を果たすためには、細胞内を適切に移動する必要があります。脂質の膜間輸送の分子メカニズムは長い間の謎でしたが、小胞体で生合成されたセラミドをゴルジ体へと選択的に運ぶ脂質輸送タンパク質(lipid transport protein; LTP)が発見されて、細胞内脂質輸送の分子メカニズムの解明が急速に進展してきております(セラミド輸送に関する詳細は別ページ参照)。

ウイルス感染症の多くには有効な治療薬が今でもありません。宿主細胞に寄生して増殖するウイルス等病原体は、細胞の脂質を利用して増殖しているので、病原体への宿主脂質の供給路を絶つことで感染増殖を抑えられる可能性があります。

脂質代謝や機能に関わる宿主タンパク質に対する阻害剤をタンパク質の三次元構造情報をもとにデザインする創薬戦略を考えた場合、脂質代謝酵素は分子標的の一つですが、その多くは膜タンパク質であり、生化学的な取り扱いは一般的に大変困難です。一方、LTPの多くは可溶性タンパク質なので結晶化を成功させやすく、より相応しい分子標的になると考えられます。

さらに、ヒトに重篤な感染症を引き起こす複数の病原体は、宿主細胞のLTPをハイジャックして宿主の脂質を優先的に利用していることが、最近の研究から浮かび上がってきました。

国立研究開発法人日本医療研究開発機構が運営する「革新的先端研究開発支援事業」(AMED-CRESTPRIME)の研究開発領域「画期的医薬品等の創出をめざす脂質の生理活性と機能の解明」の平成27年度公募において、花田が研究開発代表者として申請した研究開発課題「病原体による宿主脂質ハイジャック機序の解明と創薬への応用」がチーム型(CREST型)課題に採択されました。本CRESTユニットは細胞化学部だけではなく感染研の他の部署および阪大・たんぱく研の研究者から構成されており、さらに、国内外のユニット外の研究者とも連携しながら、病原体が宿主細胞の脂質を利用する分子メカニズムを脂質輸送との係わりに注目して解明し、さらに、その利用過程を阻害する薬剤を開発することを目指しました。

 

本課題は令和2年度(2020年度)で終了しており、実施期間中の各年の成果報告書など研究課題情報については以下のサイトをご参照ください。

https://amedfind.amed.go.jp/amed/search/task_search_details.html

 

(感染研 品質保証・管理部、細胞化学部併任)

2016.7.25(2023年10月30日 内容更新)

花田の研究テーマなど

I. 私の志向する生化学、細胞生物学、そして体細胞遺伝学

II. スフィンゴ脂質について

III. 哺乳動物細胞におけるセラミド輸送に関する研究

IV. 動物培養細胞に関する用語など

V. Vero細胞の物語 ~その樹立からゲノム構造の決定、そして未来へ~

 

VI.病原体による宿主脂質ハイジャック機序の解明と創薬への応用(このページ)

花田研究業績

その他の記事

1.生命、細胞、生体膜

サブカテゴリ

1
はじめに
 
 1989年にHoughtonら米国カイロン社の研究グループにより感染チンパンジー血漿から C型肝炎ウイルス (HCV) の遺伝子断片が発見された(Choo et al., 1989, Kuo et al., 1989)。そして、それを基にしたスクリーニング系の導入により、輸血用血液の抗体スクリーニングが可能となり、我が国では輸血による新規感 染は激減した。しかしながら、HCV感染者は日本で約200万人、世界中で1億7000万人にのぼるとされ、その多くが10-30年という長期間を経て慢 性肝炎から肝硬変へと進行し、高率に肝細胞癌を発症する(Saito et al., 1990, Alteret al., 1995, Bisceglie et al., 1997, Grakoui et al., 2001, Lauer et al., 2001, Poynard et al ., 2003, Pawlotsky 2004)。現在、HCV感染症に対する主要な治療法はインターフェロンとリバビリンによる併用療法であるが、投与法や薬物の形態が工夫された結果、よう やく半数以上の患者に有効となったが、未だ十分でなく、強い副作用も問題となっている。より有効な治療法の開発が望まれているが、HCVには効率の良いウ イルス培養系と実験用の感染小動物が存在しなかった。そのため、HCVの基礎研究はウイルス遺伝子の発現産物の機能解析を中心に進み、HCVのウイルス学 的な解析はチンパンジーを用いた感染実験に頼るしか無いわけだが、倫理的な問題やコストの面からも安易にできる実験ではなかった。このような状況がHCV の基礎研究の妨げになり、抗ウイルス薬やワクチンの開発が遅れてきた。しかし、1999年に培養細胞で自律複製する構造領域を欠くサブゲノムレプリコンが 開発され(Lohmann et al., 1999)、これを皮切りにHCVの複製に関する研究が精力的に進められてきた。また、レトロウイルスまたは水胞性口内炎ウイルスのエンベロープ蛋白を欠 損させ、代わりにHCVのエンベロープ蛋白を持ったシュードタイプウイルスを感染モデルとして用いることで、HCVの感染に関する研究は大きく進歩した (Lagging et al., 1998, Matsuura et al., 2001, Bartosch et al., 2003, Hsu et al., 2003)。さらに、劇症肝炎患者から単離されたJFH-1株のゲノムRNAを肝癌細胞由来のHuh-7細胞に導入することにより、感染性ウイルス粒子を 培養細胞で作製する技術が2005年に確立された(Wakita et al., 2005, Zhong et al ., 2005, Lindenbach et al ., 2005)。これは、レプリコンシステムやシュードタイプウイルスと異なりHCVの生活環 (感染、翻訳、複製、ウイルス粒子形成・放出) をすべて再現可能な実験系であり、HCV研究を急速に加速させた。

国立感染症研究所・ウイルス第二部 脇田隆字 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version