国立感染症研究所

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麻疹 2016年

(IASR Vol. 38 p.45-47: 2017年3月号)

麻疹は麻疹ウイルスによる急性の全身感染症である。麻疹ウイルスは, 空気感染, 飛沫感染, 接触感染で伝播し, 強い感染力を示す。主症状は発熱, 発疹, カタル症状等である。患者の約4割が加療入院を要し, 肺炎, 脳炎を合併した場合にはしばしば死に至る。2015年には, 途上国の小児を中心に, 推定134,200人が麻疹により死亡した(WHO Measles Fact sheet, November 2016, http://who.int/mediacentre/factsheets/fs286/en/)。

 麻疹には有効性, 安全性に優れたワクチンがあることから, 世界保健機関(WHO)等を中心に麻疹の排除を目指した活動が続いている。麻疹排除とは「質の高いサーベイランス体制が存在するある特定の地域, 国等において, 土着性, あるいは輸入された麻疹ウイルスによる持続伝播が12カ月以上存在しない状態」と定義されている。2012年第65回世界保健総会(World Health Assembly)で採択された世界ワクチン行動計画(The Global Vaccine Action Plan)では, 2020年までにWHO 6地域中5地域での麻疹, 風疹の排除を目標としている。日本は「麻しんに関する特定感染症予防指針」(2007年12月28日告示, 2016年2月3日改訂)を策定, 2015年3月にWHO西太平洋地域麻疹排除認証委員会より麻疹排除状態にあると認定を受け, 現在もその状態を維持している。

感染症発生動向調査:麻疹は, 感染症法上全数把握対象の5類感染症である(届出基準・病型はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-14-03.html)。年間麻疹患者報告数は, 全数報告が始まった2008年は11,013例*, 2015年は最低の35例であった(2017年2月1日現在報告数。*感染症発生動向調査事業年報の数値と異なる)。しかし2016年には, 松戸市(IASR 37: 234-235, 2016), 関西国際空港(本号4&5ページ), 尼崎市(本号7ページ)での事例等により第33週(8/15~)から患者が急増し, 計165例となった(図1)。2016年の都道府県別報告数の上位は, 大阪府(51), 千葉県(25), 東京都(22), 兵庫県(20), 埼玉県(8), 神奈川県(8)であった。

検査診断例(修飾麻疹および麻疹)の割合は, 2008年は38%であったが, 2014年以降は94~95%となり, 修飾麻疹の割合が年々増加している(2014年16%, 2015年23%, 2016年32%)(図2)。

2009年以降10代患者の割合が減少, 次いで1~4歳の割合が減少し, 相対的に成人(20歳以上)の割合が増加した。2015年以降は報告数の7割以上が成人であった(2008年33%, 2009年36%, 2010年37%, 2011年48%, 2012年58%, 2013年69%, 2014年48%, 2015年71%, 2016年72%)(図3)。2016年は165例中, 20代が60例, 30代35例, 10歳未満32例であった。

患者の予防接種歴は必ずしも記録に基づくものではなく, 接種歴不明も多い(2008~2016年27~52%)(表1)。2016年は全165例中(このうち定期接種対象年齢に達していない0歳児は8例), 未接種47例(0歳7例)(28%), 1回接種40例(24%), 2回接種25例(15%), 接種歴不明53例(0歳1例)(32%)であった。

臨床診断例を除いた検査診断157例のうち, 典型的な3症状(発熱, 特徴的な発疹, カタル症状)が揃った麻疹105例(0歳7例)では, 未接種43例(0歳6例)(41%), 1回接種21例(20%), 2回接種7例(7%), 接種歴不明34例(0歳1例)(32%)であった。一方, 軽度発熱や限局的発疹などの軽症で非典型的な修飾麻疹52例(0歳なし)では, 未接種3例(6%), 1回接種19例(37%), 2回接種15例(29%), 接種歴不明15例(29%)と, 未接種の割合が少なかった。全体の患者年齢群別では20代が多かったが, その年代では修飾麻疹が多く, 予防接種歴は2回接種の者が多かった(図4)(病型は診断時のもので, 罹患歴は不明)。

麻疹による学校休業報告は2014年2月の小学校の臨時休校以降ない(http://www.niid.go.jp/niid/ja/hassei/5339-measles-school-rireki.html)。

麻疹ウイルス分離・検出状況:2016年は全国の地方衛生研究所(地衛研)で139例の麻疹患者から麻疹ウイルスが分離・検出された(表2)。139例中35例(25%)には海外渡航歴があった。8~10月を中心にD8型が66例(うち16例がインドネシア)から, 8月を中心にH1型が57例(うち中国, モンゴルが各2例)から, 3月にB3型が1例から検出された(表2, http://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/rapid/meas/150811/masin1_170326.gif)。型別不明は15例であった。ただし, これらには, 国外感染以外に国際空港利用による感染者由来のウイルスも含まれている(IASR 37: 236-237, 2016)(本号4 & 8ページ)。

麻疹検査診断の状況(本号11ページ):麻疹排除の条件として, 12カ月間以上持続する麻疹ウイルスの伝播を否定するため, アウトブレイクの80%以上の事例でウイルス遺伝子が解析されている必要がある。2016年は麻疹患者165例のうち, 実験室診断が157例, 遺伝子型別が139例で行われている。2015年に改定された麻疹の病原体検出マニュアルには, PCR産物の交差混入の可能性を低減するためreal-time PCR法が収載された(http://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/Measles.V3.3.20150814.pdf)。2016年の検査診断の約85%がreal-time PCR法を採用していた。ただし, real-time PCR法陽性の場合には, 遺伝子型別のためのnested RT-PCRによる解析が必要となる。

ワクチン接種状況:2006年度から麻しん風しん混合(MR)ワクチンを用いた第1期(1歳児を対象), 第2期(小学校就学前の1年間の幼児を対象)の2回接種が定期の予防接種に導入され, 現在も継続中である。2015年度麻しん含有ワクチンの接種率は, 第1期96.2%, 第2期92.9%で, 第1期は6年連続95%以上を達成した。第2期は8年連続90%以上であるが, 目標の95%には達していない(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou21/hashika.html)。

抗体保有状況(感染症流行予測調査):2016年度は23都道府県の地衛研で, ゼラチン粒子凝集(PA)法を用いた麻疹抗体価の測定による麻疹の感受性調査が実施された(n=6,462)(本号10ページ)。採血の対象は主に2016年7~9月に献血や定期検査などを受診した健常人が中心である。2011年度以降, 2歳以上のすべての年齢群において抗体保有率(PA抗体価≧1:16)は95%以上であった(図5)。

今後の対策:日本では麻疹排除状態にあるが, 海外の多くの国で麻疹が流行している(本号9, 14 & 15ページ)。2016年には2,400万人が海外から訪れ, 1,600万人が海外へ渡航している。このような状況では海外からの麻疹ウイルスの輸入は不可避である。2016年に発生した複数の事例では, 初発例に対する診断の遅れが感染拡大に繋がった(本号4ページ)。日本が今後も麻疹排除状態を継続するためには, 麻疹ウイルスが輸入されても, 流行を拡大させない社会環境を維持していく必要がある。そのためには, 1)2回の定期接種の接種率を95%以上に維持し, 麻疹に対する抗体保有率を高く維持すること, 2)サーベイランスを強化し, 患者の早期発見, 適切な感染拡大予防対策を講じること, 3)医療従事者, 学校・保育関係者, 空港・港湾関係者, 海外渡航予定者, 不特定多数の者との接触機会の多い職場で働く人達などへの必要に応じたワクチン接種の奨励が求められる(本号4 & 12ページ)。

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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