国立感染症研究所

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日本紅斑熱を疑われ血清診断にて発疹熱と診断した1例

(IASR Vol. 34 p. 313-314: 2013年10月号)

 

発疹熱は、主にネズミノミが媒介する発疹熱リケッチア(Rickettsia typhi)によっておこる感染症で、発熱、頭痛、発疹、関節痛などの症状を認める1)。近年では日本国内での発生報告例は稀で、海外からの輸入例の報告が散見される程度である。西日本での夏を中心としたリケッチア感染症としては、日本紅斑熱が散発しており、淡路島においても年に数例の発症をみている。今回我々は、発熱、発疹、刺し口の臨床症状より、当初は日本紅斑熱を疑って加療を行ったが血清診断にてR. typhi の抗体価上昇を認め、発疹熱と診断した症例を経験したので報告する。

症 例
70代男性。淡路島在住。海外渡航歴なし。職業は、観光牧場での運転業務。特にネズミとの接触歴なし。2013年6月に、発熱とともに全身に掻痒感のない皮疹が出現、全身倦怠感、食指不振も出現してきた。症状が改善しないため当院皮膚科を受診したが、肝逸脱酵素上昇も認め、当科を紹介受診した。四肢体幹にびまん性に紅斑が散在し、左そけい部、右膝窩部に虫刺痕を認めた。初診時の血液検査では白血球数14,980/mm3、好中球(St.8% Seg 86%)、血小板11.3万/mm3、CRP 20 mg/dL、プロカルシトニン12.3 ng/mL、AST 89 IU/L、ALT 95 IU/L、LDH 425 IU/L、FDP 24μg/mL、BUN 51.6 mg/dL、Cr 1.53 mg/dLと、白血球上昇、核の左方移動、CRP、プロカルシトニンの上昇と何らかの細菌感染を疑わせる所見、肝逸脱酵素の上昇、腎障害、播種性血管内凝固症候群(DIC)の所見を認めた。

季節的、地理的に、また発熱、発疹、刺し口の症状から日本紅斑熱を疑い、ミノサイクリン200mg/日を開始したところ、入院後第3病日には解熱し、肝障害、腎障害、血小板減少も速やかに改善した。同日より黒色便を認め、上部消化管内視鏡にて多発する十二指腸潰瘍認め止血を行ったが、翌日にも再度下血、内視鏡にて十二指腸に新たな露出血管あり止血を行った。第6病日にも下血し、第7病日にHb 4.2 g/dLと著明な貧血を認め、上部内視鏡にて新たな露出血管を認め止血を行った。第8病日、第10病日,第13病日の上部内視鏡再検においても、新たな出血を認めたため、止血処置を行った。その後の内視鏡検査で止血確認できたため第28病日に退院となった。ミノサイクリンは第10病日まで投与し、炎症所見、皮疹の改善を見て中止した。各種リケッチア感染を疑って実施した入院当初の血清診断では、間接免疫ペルオキシダーゼ(IP)反応でOrientia tsutsugamushi の6型(Gilliam、Karp、Kato、Irie/Kawasaki、Hirano/Kuroki、Shimokoshi)とRickettsia japonica は、それぞれIgG <40倍、IgM <40倍、R. typhi はIgG 640倍、IgM 40倍、R. prowazekii にIgG 160倍、IgM <40倍、Weil-Felix反応はOX2、OX19、OXKともに<20倍であったが、2週間後にはIP反応O. tsutsugamushi はIgG、IgMともにすべての型別で<40倍、R. japonica IgG 5,120倍、IgM 320倍、R. typhi IgG 10,240倍、IgM 320倍、R. prowazekii IgG 1,280倍、IgM 320倍、Weil-Felix反応OX2 <20倍、OX19 40倍、OXK <20倍であった。陽転した日本紅斑熱と発疹熱の抗体価は近似していて、Weil-Felix反応でも紅斑熱と発疹熱の双方に反応するOX19が陽転したことから、これらの反応系からの両疾患の鑑別はできなかった。そこでリケッチアの多糖体抗原で感作した赤血球による間接赤血球凝集反応2)を試みたところ、凝集価は、初回血清では紅斑熱群と発疹チフス群ともに<40倍であったが、2週間目においては、紅斑熱群<40倍に対して発疹チフス群は160倍と有意に上昇していた。これらの血清診断における各リケッチアに対する抗体価と臨床経過を合わせて発疹熱と診断した。

考 察
発疹熱は、世界中で散発的な流行はあるものの、届出義務はないため近年での日本での報告例は少なく、海外からの輸入例をのぞけば、1977年の長崎県対馬3)、1986年の福島県4)、1994年の福井県5)、1997年の鳥取県6)と、2003年の徳島県の報告7)のみである。福井県での報告例では、同様の症状の患者が約30名認められ、確定診断はついていないものの、これらの患者も発疹熱であったと考えられている。現在でも地域によってはネズミがヒトの居住地域に多く生息している実態を考慮すると、実際にはネズミ寄生性のネズミノミを介して多くの発生が推測され、そのほとんどは確定診断されていない可能性がある。発疹性の発熱疾患であるリケッチア感染症は、わが国ではつつが虫病と日本紅斑熱が知られており、淡路島地方では両者のベクターの生息状況の違いからか、北部ではつつが虫病が、南部では諭鶴羽山系を中心に日本紅斑熱が認められている。いずれも毎年数例ずつの報告があり、臨床症状からの鑑別は困難だが、発生時期や発生場所により疫学的な鑑別がある程度可能である。本症例では、臨床症状より日本紅斑熱を疑ったが、治療経過からはミノサイクリン開始後の解熱までの経過が48時間以内であり、日本紅斑熱に比較し短期間であった。発疹チフス群のR. typhi R. prowazekii では明らかにR. typhi に対する抗体が高かったものの、痂皮を伴う刺し口を認め、ダニ刺咬があり、R. japonica の抗体価も上昇していたことから日本紅斑熱との混合感染の可能性も考えられた。しかし、間接赤血球凝集反応から日本紅斑熱は否定的とされた。R. japonica R. typhi の血清反応においては交差反応が報告されており8)、これまでに日本紅斑熱の軽症例とみなされていた症例のなかには、発疹熱の混在の可能性もあるものと考えられた。日本紅斑熱が疑われた場合には、鑑別診断としてつつが虫病だけでなく発疹熱も考慮することが必要である。

発疹熱は一般的に軽症が多いとされ、自然軽快例も多いとされるが、稀には重症化し多臓器不全をきたし死亡の転帰をとることもある。適切な抗菌薬を使用すれば死亡率は1%、使用しない場合には4%といわれている1)

R. typhi の自然界における媒介者はネズミノミが主体で、主にドブネズミや住家性のクマネズミに寄生しており、人への感染は、これらのネズミに由来するネズミノミの刺咬、または刺咬部位の痒みにより生ずる皮膚のかき傷からノミの糞便中にあるリケッチアが侵入して発症する。本症例では職歴でも家庭でも、とくにネズミとの目立った接触はないとのことであったが、クマネズミは一般的な住家性ネズミであり、近年日本の都会でも増加傾向にあるといわれており、今後発疹熱も再興感染症の一つとして注意が必要と考えられる。

 

参考文献
1) Civen R, et al., Clin Infect Dis 46: 913-918, 2008
2) 藤田博己, 他, 大原綜合病院年報31: 23-29, 1988
3) 坪井義昌, 他, 昭和52年国立予防衛生研究所年報 110, 1978
4) 藤田博己, 他, 大原綜合病院年報50: 37-40, 2010
5) 高木和貴, 他, 感染症学雑誌75: 341-344, 2001
6) 常井幹生, 他, 第61回山陰小児科学会 1998
7) Sakaguchi S, et al., Emerg Infect Dis 10: 964-965, 2004
8) Uchiyama T, et al., Microbiol Immunol 39: 951-957, 1995

 

兵庫県立淡路医療センター内科 野村哲彦 倉田啓史 池田宜央
馬原アカリ医学研究所 藤田博己

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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