国立感染症研究所

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B型肝炎ウイルス(D型)父子感染が疑われた症例

(IASR Vol. 38 p.82: 2017年4月号)

B型肝炎はB型肝炎ウイルス(Hepatitis B virus: HBV)の感染によって引き起こされ, 成人では血液や性交渉を介して水平感染する。小児ではHBVキャリア母体からの垂直感染が多く, 1985年母子感染防止事業として開始されたHBVキャリアから出生した児に対する抗HBsヒト免疫グロブリンとHBVワクチン接種により, 乳幼児期の感染は大幅に減少した1)。その一方で, ワクチン未接種の小児におけるHBV水平感染が指摘されるようになり, 日本では2016年10月にHBVワクチン定期接種が開始となった2)。今後HBV感染症は減少することが予想されるが, 依然として定期接種対象外の年齢においては水平感染のリスクが残るため, ワクチン未接種者に対する積極的なワクチン接種の推奨が考慮される。今回, 家族内で父子感染によるHBV(genotype D型)の小児の1例を経験したため, 両親の同意を得てその詳細を報告する。

症例は6歳男児。2016年3月に父親が急性B型肝炎(genotype D型)を発症したため家族内の血液検査を行った結果, HBs抗原陽性が判明し, 同年5月に東京都立小児総合医療センター感染症科を紹介受診した。父親はアマチュアのレスリング選手で東ヨーロッパやモンゴルなどのアジアの選手との試合経験があった。本児も父とともにレスリングを行っていた。受診時は, 児の全身倦怠感とAST/ALT軽度上昇を認め, 急性感染が示唆された。HBs抗原陽性, HBs抗体陰性, HBe抗原陽性, HBe抗体陰性, HBVウイルス量は6.1 log/copiesであった。児のHBV genotypeは父親と同じD型であった。汗などにもウイルスが検出されることから, 周囲への感染予防のために本児のレスリングの中断を推奨, 歯ブラシや食器の共有を避けること, 出血時などの対処法を指導した。また, 現段階でHBs抗原陰性であった母と他の兄弟は今後も水平感染のリスクがあるためHBVワクチン接種を推奨した。本児は2016年9月にHBe抗原が陰性化, HBe抗体が陽性でセロコンバージョンを認め, 11月にはHBVウイルス量は検出感度未満, HBs抗原も陰性となり, レスリングなどの練習再開可能を指示した。

HBVウイルスは血液のみならず唾液や涙からも検出されることが知られており3), 食器やタオルを共有することによる家族内での接触4)や, フットボールや相撲などのコンタクトスポーツによる水平感染が過去に報告されてきた5,6)。日本で2002年に佐賀県の保育所での集団感染が報告され, HBVに感染した25名(園児19名, 職員6名)のうち9名がHBVキャリアの元職員のウイルスの塩基配列と一致したことと疫学調査の結果から元職員がもともとの感染源であると推定された7)。血液以外の体液を介するHBV水平感染は, 集団生活をする小児において今まで認識されていたよりも感染する機会が多いことを示唆し, ワクチン未接種者への感染の可能性がある。

HBVには10種類の遺伝子型(genotype)があり, 国や地域によりその分布は異なる。米国ではA型, アジアではB型とC型, 欧州でA型とD型, モンゴル, ロシア, 中国の北部でD型, アフリカではE型が多い8,9)。一方,日本ではC型が最も多く(82.3%), 次いでB型(14.1%), A型(3.5%)と続き, D型はわずか0.2%と非常に稀である10)

本症例の感染経路は, 日本では稀なgenotype Dであったことから父親からの水平感染が疑われた。レスリングによって感染したか, 日常生活で感染したかは不明である。母子感染以外の家族内感染やコンタクトスポーツを介する水平感染は知られており, HBVワクチン定期接種対象外の年齢においても, リスクに応じてワクチン接種を積極的に検討する必要がある。

 

参考文献
  1. IASR 37: 147-148, 2016
  2. 酒井愛子ら, IASR 37: 152-153, 2016
  3. Heiberg IL, et al., Pediatr Infect Dis J 29(5): 465-467, 2010
  4. Martinson FE, et al., Am J Epidemiol 147(5): 478-487, 1998
  5. Tobe K, et al., Arch Intern Med 160(16): 2541-2545, 2000
  6. Bae SK, et al., Hepatology Research 44(10): E267-272, 2014
  7. 保育所におけるB型肝炎集団発生調査報告書について(平成16年佐賀県B型肝炎集団発生調査対策委員会)
  8. Hepatitis B and Hepatitis D Viruses, Principles and Practice of Pediatric Infectious Diseases 4th edition 213(1077-1087)
  9. Qian Z, et al., Hepatitis Monthly 15(5): e24422, 2015
  10. Matsuura K, et al., J Clin Microbiol 47(5): 1476-1483, 2009

 

東京都立小児総合医療センター
 磯貝美穂子 堀越裕歩

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