国立感染症研究所

(2019年11月26日改訂)

1933 年にサルを取り扱う研究者がサルに咬まれ、脳脊髄炎を発症して死亡した。神経組織よりウイルスが分離され、患者の名前にちなみ、Bウイルスと命名された。正式名称はMacacine alphaherpesvirus 1[旧Cercopithecine herpesvirus 1(CHV‐1)]であるが、Bウイルス、ヘルペスB 、Herpes simiae、Herpesvirus simiaeとも呼ばれる。Bウイルスはニホンザルなどのマカク属サルを自然宿主とし、この宿主では単純疱疹類似の疾患を引き起こし、致死的感染は例外的である。しかし、ヒトがBウイルスに感染すると、重い中枢神経感染症性疾患(Bウイルス病)を発症する。ニホンザルを含む霊長類等との接触する機会の多い者にとって、注意すべき感染症である。

疫学

Bウイルスのヒトへの感染事例はこれまでのところ世界的に50例程度とされている。詳細が報告されているのは26例で、おもに米国における発症例である。実際には見落とされている例が多いと考えられる。罹患者の大部分はサルを取り扱う機会の多い研究者あるいはサル飼育施設の従業者で、日常の外来診療で遭遇するような疾患ではない。マカク属サルの体液に直接接触することより感染する。ヒトへの感染経路はサルによる咬傷・擦過傷による場合が大部分であるが、本症の患者から看護者に感染したという、いわゆるヒトからヒトへの感染例も報告されている。

アジアに生息するアカゲザル(Macaca mulatta)、カニクイザル(M. fascicularis)、日本ザル(M. fuscata)、台湾ザル(M. cyclopis) などのマカク属の旧世界サルでは、半数以上が抗体陽性であり、ウイルスは体内に潜伏している。ヒトの単純ヘルペスウイルス(HSV)のように神経節に潜伏し、再活性化することにより感染性Bウイルスを排出する。これがヒトへの感染源となる。サル間では性行為を含めた接触により伝播する。幼ザルは抗体陰性である割合が高いが、年齢が増すこと抗体陽性率が高くなる。

病原体

BウイルスはヒトのHSVと同様にアルファヘルペスウイルスに分類され、直径160‐180nmの粒子でエンベロープを有する。ウイルス分離にはVero細胞やHeLa細胞が用いられる。国立感染症研究所では25cm2程度のフラスコを使用した少量のウイルス培養はP3レベルのバイオハザード封じ込め施設で、大量培養及び実験動物への接種はP4 レベルで行われることになっている。ウイルス増殖速度は非常に速く、HSVに類似した細胞変性効果(核内封入体と多核巨細胞)を生じさせる。ウイルスは4 ℃では安定であるが、40 ℃を越す条件では失活しやすく、また70%エタノール液など有機溶剤で容易に感染性がなくなる。

臨床症状

唾液等に感染性ウイルスが排出されているサルによる咬傷が主たる感染経路である。Bウイルスに感染しているサルに咬まれたからと言って必ずしも感染するわけではなく、再活性化によりBウイルス排出状態にあるサルに咬まれたり、体液に触れたりすることにより感染する。咬傷後、局所でウイルスが増殖し、末梢神経を経て、中枢神経組織に到達し、脊髄、延髄、橋と徐々に感染が広がり、横断性脊髄炎、上行性脊髄炎、脳脊髄炎を来す。症状は表にまとめる(下表参照)。 潜伏期間は咬傷後早い場合は2日で、一般的に2週から5週以内に臨床症状が出現する。しかし、感染から10年後に発症する場合もある。診断上最も重要なことは、実験用あるいは動物園あるいはペットのサルとの接触に関する病歴の入手である。感染経路は咬傷あるいは擦過傷であることが多く、サルに使用した注射針の針刺し、培養に使用したガラス器具による外傷によっても感染する。

表. Bウイルス病の臨床症状(Holmes GP et al.,1995 に準拠)

fig2

詳細に臨床症状が報告されている第1 例(米国例)の臨床症状を以下に提示する。

医師(B)が実験中に外見上健康なサルに手を咬まれた。3日後咬傷部に紅斑、リンパ管炎、所属リンパ節腫大の症状が生じた。6日目に発熱、10日目に神経症状(上行性麻痺)が出現し、脳脊髄液の単核細胞上昇(112/mm3)、蛋白質増加が認められた。外傷部皮膚には水疱性病変も出現した。17日目に痙攣・昏睡 状態となり、呼吸不全(呼吸筋麻痺)にて死亡した。剖検時、神経系組織には急性横断性脊髄炎と、前頭葉、橋、延髄にも炎症性変化が認められた。

病原診断

  1. ウイルス分離:ウイルス分離が最も信頼できる検査法である。少量サイズの培養細胞を用いたウイルス分離をP3実験室において行う。ウイルス分離を行うための検体は咽頭拭い液、脳脊髄液、サルによる咬傷あるいは擦過部位の拭い液、水疱性病変がある場合にその水疱液や擦過物あるいは生検組織である。
  2. ウイルスゲノムのPCR による検出:Bウイルス特異的リアルタイム定量PCRおよび/またはコンベンショナルPCRによりウイルスゲノムを検出する。HSVを含めた近縁のウイルスを広く検出するnested PCRも報告されている。この場合、制限酵素切断様式の違いあるいは塩基配列の解析が必要となる。また、患者を咬んだサルが特定出来る場合には、そのサルからのBウイルス検出も行うと診断の参考になる。咬傷を加えたサルのウイルス学的解析のために必要な検体は抗体検査のための血清やウイルス検出のための咽頭スワブ、性器スワブとなる。
  3. 血清抗体の検出:BウイルスはHSVと抗原性が共通する。Bウイルス抗体陽性サルの血清はHSVに対して高い中和活性を示す。一方、HSVに対する抗体を有したヒト血清はBウイルスに対しても中和活性を示す。この抗原交差性のため、両者の血清学的鑑別診断は困難である。 この区別が可能なドットブロット法が報告されている。簡便法として、スライド上にBウイルス感染細胞を固定・不活化し、抗原抗体反応を行い、抗体を検出する蛍光抗体法がある。この方法ではHSV とBウイルスそれぞれに対する抗体の区別は困難で、HSV抗体陽性者がBウイルスに感染した場合の患者では血清学的診断は難しい。

剖検時の病理所見として、中枢神経組織の出血、壊死、浮腫、血管周囲の単核細胞浸潤がみられる。Cowdry A型封入体は見いだしにくい。感染部位の皮膚・粘膜の生検組織には多核巨細胞が出現し、ウイルスゲノムも検出できる。

予防・治療

症例数が少なく、Bウイルス感染症に対する治療法は確立されていない。しかし、アシクロビルあるいはガンシクロビルが有効であり、予防・治療にこれらの投与が推奨されている。治療量は体重1kgあたり10‐15mgのアシクロビルを8時間ごとに最低14日間静注、さらに、神経症状がみられた場合にはガンシクロビルを体重1kgあたり5mgを12時間ごとに14日間以上投与する。静注終了後、による再活性化抑制のための経口投与も考慮する。患者の外傷部あるいは結膜、唾液からウイルスが分離されることことを考えると、患者の治療においては、手袋ならびにマスク、眼鏡等の粘膜部保護を加えた接触感染予防策の徹底が必要である。ヒト‐ヒト間の感染例は現在までに1例報告されている。

サルにより咬傷を受けた場合、傷口をできるだけ早く15分以上流水あるいは石鹸水により洗浄する。次亜塩素酸による洗浄を薦める報告もある。結膜の場合は流水あるいは滅菌水を用いる。バラシクロビルの経口投与も考慮し、その場合、外傷部からのウイルス分離、ウイルスゲノム検出、外傷を加えたサルの抗体検査、サルの唾液、結膜擦過、外陰部擦過にウイルスゲノムが存在するかどうかの解析結果がでるまで投与を続ける。結果が陽性である場合、予防投与は最低でも14日間行う。なお、外傷部位の検体採取、患者の血清採取は必ず外傷部あるいは曝露粘膜の洗浄後に行いう。患者ならびに患者の家族には表に示したBウイルス病の臨床症状を説明し、その兆候が現れた場合にはすぐに医療機関に連絡するように指示する。

研究者ならびにサル飼育施設従業者での取り扱い事故の予防について、米国CDC を中心としたワーキンググループから、ガイドラインが発表されている(Cohen JI et al. Recommendations for Prevention of and Therapy for Exposure to B Virus (Cercopithecine Herpesvirus 1).2002;35:1191-1203)。

ワクチンはない。

感染症法における取り扱い(2019年11月現在)

全数報告対象(4類感染症)であり、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。
届出基準はこちら

 

(国立感染症研究所 ウイルス第一部)

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