シラミによって媒介されるリケッチア症で、戦争、貧困、飢餓など社会的悪条件下で流行することが多く、第一次大戦中にはヨーロッパで数百万の死者を出し ている。その後、発生が減少したとはいえ、経済状態の悪化したロシアでは本疾患の再興が報告されており、アフリカのブルンジでも刑務所内で多数の患者が発 生した。いずれも衛生状態の悪化でシラミが大量発生したことによる。わが国では発生がみられなくなって久しいが、路上生活者でコロモジラミの発生が報告さ れており、今後注意しなければならない疾患である。
 我が国では、「チフス」の用語は腸チフス・パラチフスを意味することが多いが、英語の“typhus”は発しんチフス、その他の節足動物媒介性リケッチア症を意味する。

疫 学
 一般には寒冷な山岳地帯に多く、アフリカ諸国、中南米諸国、インド、パキスタン、中国、ギリシャなどにみられるが、第二次世界大戦以降の報告のほとんどは、ブルンジ、エチオピア、ルワンダなどからである。
 わが国では、1914(大正3)年に7,000人を超える患者発生が記録されているが、その後次第に減少し、1942(昭和17)年までは数~数十人の 患者発生数であった。ところが、太平洋戦争が激しくなった1943(昭和18)年から毎年1,000人を超える患者が発生するようになり、戦後の 1946(昭和21)年には32,300人強と急増した。その後、数年間は年間100人を超える患者発生があったものの、1953(昭和28)年以降で は、1957(昭和32)年の1例を除いて発生はみられていない。

病原体

 病原体の発しんチフスリケッチア(Rickettsia prowazekii )は、細胞内でのみ増殖する細菌の一種である。病原体を保有しているのはヒトで、ベクターは、患者の血液を吸血したコロモジラミ(Pediculus humanus corporis(図)である。
図. コロモジラミ(提供:国立感染症研究所昆虫医科学部)

 シラミが吸血して感染性を有するようになるのは、患者が発熱している時期および解熱後2~3日間とされている。シラミは感染後およそ2週間で死亡する。 感染しているコロモジラミは糞便中にリケッチアを排泄する。シラミは通常、吸血時に排便することから、ヒトは刺し口あるいは引っかき傷などに、糞便やつぶ したシラミを擦り込むことによって感染する。また、ヒトの密集した場所では、シラミの糞便で汚染された塵埃による経気道感染もありうる。
 発しんチフスの感染サイクルは本来、ヒト-シラミ-ヒトであるが、米国ではムササビの一種(Gluacoys volanis )に本リケッチアの自然感染があり、ムササビから感染したと思われるヒト症例が報告されている。この場合、ベクターは寄生するシラミ、あるいはノミによると推定されているが、確証は得られていない。
  感染シラミは吸血後2~6日以内に糞便中にリケッチアを排泄するが、リケッチアは死亡したシラミの体内でも数週間生残するとされる。糞便内でのリケッチア は、60℃の蒸気であれば20秒で死滅するものの、室温では2週間以上、ときに300日間も感染力を有していたとの報告がある。


臨床症状
 発熱、頭痛、悪寒、脱力感、悪 心・嘔吐、手足の疼痛を伴って突然発病する。潜伏期間は6~15日で、通常は12日程度とされている。体温は39~40℃に急上昇する。発疹は発熱後 2~5日で体幹に初発し、第5~6病日で全身に拡がるが、顔面、手掌、足底に出現することは少ない。発疹は初め指圧により消退するが、数日後には指圧によ り消退しない暗紫色の点状出血斑となる。重症感は非常に強いが、発熱からおよそ2週間後に急速に解熱する。重症例の半数に精神神経症状が出現する。すなわ ち、有熱期の第5病日頃からうわごとを発し、第2週目頃から興奮発揚して幻覚、錯覚などがみられ、狂躁状態に至ることもある。意識は第5~6病日頃から混 濁し始める。循環器系では、腸チフスと異なり頻脈を示す。治療しない場合の致死率は年齢によって異なるが、10~40%である。小児、あるいは部分的な免 疫がある成人の場合には、発疹がなく軽症で経過することもある。
 ヒトは一度かかると通常長期間の免疫が得られるが、ときには潜伏感染の状態とな り、数年後に再発することがある(Brill-Zinsser 病)。この再発の原因としては、過度のストレスによる免疫 機能低下、あるいは低栄養状態などが考えられている。これは軽症で致死率も低いが、新たな感染源として重要である。
 他の熱性疾患との鑑別には、血清学的診断ならびに疫学的検討を加えることが必要である。軽症な発しんチフスでは、発疹熱との鑑別は困難である。腸チフ ス・パラチフスでは発病は一般に緩徐であり、熱型、脈拍、発疹の出現の仕方などが異なる。つつが虫病では刺し口があり、その所属リンパ節の有痛性腫脹がみ られる。

病原診断
 実験室診断で最も信頼性が高いのは病原体分離であるが、発しんチフスリケッチアは病原体安全度レベル3であり、P3レベルの実験室で行う必要があることから、一般には勧められない。
 遺伝子増幅による診断はリケッチアの生死にかかわらず可能であり、リケッチアの感染性をなくしても検出することができる。また、シラミからの検出も行われる。しかし、高感度であるため、材料の取扱には注意が必要である。
  血清診断としては、ワイル・フェリックス反応でOX19およびOX2が陽性となるが、感度および特異度は低い。Brill-Zinsser 病ではワイル・フェリックス反応は通常、陰性を示す。間接蛍光抗 体法は一般に特異性が高いが、発疹熱との鑑別が重要であり、相互のリケッチアによる血清の吸収試験を行う必要がある。他には、CF法やEIA法などが用い られることもある。


治療・予防
 テトラサイクリン系抗菌薬による治療が主流であり、成人ではドキシサイクリン200 mg/日(分2)の3~5日間投与が行われる。途上国では、クロラムフェニコール10 mg/kgの1日4回、3~5日間投与も行われる。
 予防のためには、基本的に衣類を清潔にし、シラミの発生を防ぐことが重要である。

感染症法における取り扱い(2012年7月更新)
 全数報告対象(4類感染症)であり、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。
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(バイオメディカルサイエンス研究会 萩原敏且、 
国立感染症研究所感染症情報センター木村幹男)

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