国立感染症研究所

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レプトスピラ症 2007年1月~2016年4月

(IASR Vol. 37 p. 103-105: 2016年6月号)

レプトスピラ症はレプトスピラ属細菌(Leptospira spp.)による人獣共通感染症である(IASR 29: 5-7, 2008)。レプトスピラは, 齧歯類を中心とした多くの哺乳動物の尿細管に定着し, 尿中へと排出される。ヒトは, レプトスピラ保菌動物の尿との直接的な接触, あるいは尿に汚染された水や土壌との接触により経皮的または経粘膜的に感染し, 時には汚染された飲食物の摂取により感染することもある。レプトスピラ症は急性熱性疾患で, 3~14日の潜伏期間ののち, 突然の悪寒, 発熱で発症する。感冒様の軽症型から, 黄疸, 出血,  腎不全を伴う重症型(ワイル病)までその臨床症状は多彩である。

感染症発生動向調査に基づく届出

2003年11月施行の感染症法改正により, レプトスピラ症は感染症発生動向調査では全数把握の4類感染症となり, 診断した医師は直ちに保健所に届け出なければならない(届出基準はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-40.html)。

患者発生状況・推定感染地:2007年1月~2016年4月末までに, 30都府県から284例のレプトスピラ症の届出があった(2016年4月30日現在報告数,表1)。このうち, 国内感染例は258例(91%)で, 各年15~42例報告されている。国内の推定感染地として25都府県の記載があり, うち142例(55%)が沖縄県, 次いで27例(10%)が東京都であった(図1)。また国外感染例(輸入例)は26例(9%)で, 毎年数例報告されている(表1)。国外の推定感染地は, インドネシア(うち2例バリ島), タイ, マレーシア(うち3例ボルネオ島)(各4例), パラオ(3例), ベトナム, ラオス(各2例), カンボジア, パナマ, フィジー, フィリピン(各1例), その他複数国訪問が3例で, 大半が東南アジアであった。発症月別の患者報告数を図2に示す。患者は夏から秋にかけて多くみられ, 国内感染例では9月発症が最も多く(36%), 7~10月に集中していた(77%)(IASR 29: 1-2, 2008)。

性別年齢分布:届出患者284例のうち, 男性は246例(87%), 女性は38例(13%)であった(図3)。海外でもレプトスピラ症患者の9割は男性という報告がある(8ページ)。患者の年齢中央値は44.5歳(範囲:8~84歳)であった。届出時点での死亡例は6例(男性5, 女性1)であった。

推定感染原因:レプトスピラ症の感染経路として, 保菌動物の尿で汚染された環境での曝露, また動物の尿や血液への直接接触などがあげられる。感染症発生動向調査届出票に記載された感染原因(重複あり)は, 国内(主に沖縄県)および国外感染例とも, 河川での感染(レジャーや労働)が最も多かった(国内47%, 国外81%)(表2)。国内ではネズミ(し尿含む)との接触が疑われた症例が51例, 農作業に伴う感染例が34例あった。推定感染地が東京都の症例では, ネズミとの接触(74%; 20/27)が多かった。この他に上記発生動向調査への報告には含まれていないが, 2014年に沖縄県の米軍基地で大規模な感染事例があった(4ページ)。またフィリピンなど熱帯地域では, 台風や季節的な大雨による洪水の後に大規模なレプトスピラ症の発生がみられる(8ページ)。国内でも, 台風や大雨後の感染が報告されている(IASR 32: 368-369, 2011 & 33: 14-15, 2012 & 35: 16, 2014)。

症状:感染症発生動向調査届出票に記載された症状(n=284)は, 発熱97%, 結膜充血60%, 筋肉痛59%, 蛋白尿51%, 腎不全48%, 黄疸45%, 出血症状13%で, その他の症状として, 呼吸不全やショック(各6例), 播種性血管内凝固症候群(3例)等が記載されていた。

診断方法および感染血清群:届出患者284例の実験室診断方法は, 顕微鏡下凝集試験法(microscopic agglutination test: MAT)による血清抗体の検出が169(60%), PCR法によるレプトスピラ遺伝子の検出が118(42%)(検体:血液88, 尿48, 髄液3), 分離が65(23%)(検体:血液62, 尿6, その他2), その他の方法が3(1%)であった(診断方法および検体は重複を含む)(レプトスピラ症病原体検査マニュアル: http://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/leptospirosis.ver2015-2-2.pdf参照)。

国内では15の血清型(serovar)が報告されており, それらは抗原性の類似に基づき11の血清群(serogroup)に分類される。標準抗血清を用いた分離株の解析, MATによる抗体検出では, 血清群の同定・推定が可能となる。これらにより同定・推定された国内感染のレプトスピラ血清群は10群で, Hebdomadis(28%), Autumnalis(11%), Icterohaemorrhagiae(6?%)が多く, 血清群Pyrogenes, Ballumは沖縄県での感染例でのみ検出された(表3)。

家畜伝染病予防法に基づく届出数

家畜のレプトスピラ症は家畜伝染病予防法に基づく届出伝染病である。犬では2007~2015年の間に毎年20~52頭の届出があった。牛では2007年に2頭, 2014年に1頭, 豚では2007年に6頭, 2011年に2頭の届出があった(農林水産省・監視伝染病の発生状況; http://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/kansi_densen/kansi_densen.html)。しかし届出の対象となっているレプトスピラ血清型が限られているため, この数字は過小評価されている可能性もある(9ページ)。

治療と予防

軽度の症状の場合はドキシサイクリンが, 重度の症状の場合はペニシリンが推奨されている。抗菌薬, 特にペニシリン系抗菌薬治療開始後にJarisch-Herxheimer 反応がみられることがあり, 患者に対する注意深い観察が必要である。

物理的な予防としては,感染源(感染動物の血液や尿,汚染された水や土壌)との接触を最小限にすることが重要である。いくつかの国では現在もヒト用ワクチンが製造されているが, ワクチンの効果は血清型特異的なため, ワクチン含有血清型と国内の流行血清型が合致しない場合には効果がない。化学的予防(chemoprophylaxis)としてドキシサイクリンの効果が報告されている。

おわりに

レプトスピラ症の届出患者は比較的重症例が多いが, 感染者の大半は無症候あるいは軽症である。非特異的な症状のみの軽症型の場合, レプトスピラ症の臨床診断を行うことは非常に難しく, 患者発生の多い沖縄県以外では見逃されている可能性がある(3ページ, IASR 35: 14-15, 2014 & 35: 216-217, 2014)。しかし軽症の場合でも, 問診からレプトスピラ症を疑い, 診断される場合もある(5ページ)。また, レプトスピラ症はデング熱やマラリアなどの熱帯感染症と臨床症状が似ているため, 問診による海外での淡水や土壌, 動物との曝露歴などの聴取が重要である(7ページ, IASR 34: 111-112, 2013)。レプトスピラ症の実験室診断には特別な分離培地(コルトフ培地やEMJH培地など)や血清診断法が必要であるが, 患者の症候や職業, 旅行歴や汚染の可能性のある水や土壌への曝露歴など, 疫学的背景からレプトスピラ症が疑われる場合には, 特定の地方衛生研究所や国立感染症研究所で検査を行うことができる。

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