国立感染症研究所

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<速報>潜在的な疫学リンクが疑われたD8型ウイルスによる麻疹広域散発事例

(掲載日 2013/12/18)

 

麻疹は国内で以前循環していたD5株が2010年5月を最後に検出されておらず、土着株がない状況が続いている1)。現在報告症例の多くは散発例であるが、時にアウトブレイクも見受けられる2, 3)。2013年7~8月にかけて、潜在的な疫学リンクが疑われたD8型ウイルスによる麻疹症例が、複数の自治体において発生したので、その概要について報告する。

2013年8月22日に川崎市健康安全研究所より、8月6日に麻疹を発症した川崎市の36歳男性症例について国立感染症研究所(感染研)感染症疫学センターに情報提供があった。検出されたウイルスの遺伝子型はD8であった。その後、7月1日以降に遺伝子型決定部位450塩基配列が完全に一致するD8型ウイルス株による麻疹症例が東京都に1例、藤沢市に2例、静岡市に1例あったことが感染症発生動向調査に報告されたが、藤沢市の兄弟例以外の疫学的リンクについては不明であった。また、同時期に台湾衛生福利部疾病管制署(台湾CDC)から感染症疫学センターに、台湾で土着株ではないD8症例が発生しているという情報が入った。複数の自治体でD8症例が報告されていることから、事例全体を把握することが重要と考え、厚生労働省(厚労省)は自治体間の情報共有の必要性について、関係自治体(東京都、神奈川県、川崎市、藤沢市、静岡市)に連絡を行い、10月10日には感染研を交えた電話会議にて疫学調査に必要な情報の共有がなされた。

本事例では症例の定義を、2013年7月1日~9月24日までに感染症発生動向調査に報告された麻疹症例のうち、川崎市から最初に報告された症例と遺伝子型決定部位の450塩基配列がすべて同一の麻疹ウイルスに感染した者とした。遺伝子配列ならびに症例の情報は各自治体および台湾CDCから得た。感染研ウイルス第三部において収集されたD8型ウイルスの遺伝子配列の系統樹解析を行った。

2013年7月1日~9月24日までに感染症発生動向調査で関連4自治体から報告された麻疹症例は20例であった(図1)。そのうち10月10日現在、症例定義を満たしたものは4自治体5症例確認され、年齢は中央値27歳(範囲21~36歳)、性別は男性4例であった。麻疹含有ワクチンの接種歴なしが3例、不明が2例だった。遺伝子型がD8と判明している麻疹は8月31日発症例以降の報告は認めず、国内での感染伝播は終息しているものと考えられた。8月1日に発症した東京都の症例と8月6日に発症した川崎市の症例の台湾訪問(それぞれ7月20~26日、7月21~26日の期間)以外に、麻疹発症から21日前までの海外渡航歴はなかった。また、藤沢市の2症例は兄弟であり、潜伏期間からも家族内感染と考えられたが、その他の症例間で明らかな疫学的リンクは認められなかった。7月29日に発症した静岡市の症例(27歳男)は、7月下旬に発熱・発疹を呈し入院した60代女性と接点があり、その60代女性の娘が7月上旬にスペイン滞在した後、台湾で発熱して体調を崩し、帰国後自宅療養していたとの情報が得られた。今回検出されたD8型ウイルスの遺伝子型決定部位(450塩基)の塩基配列はすべて同一の配列であった(図2)。この配列をもつウイルスは2011~2013年に主に西欧(スペインを含む)、北欧、東欧、北米等で流行している株であった4)。また、台湾CDCとの情報交換により、第31週に台湾で検出された2症例のウイルスとも同一であることが判明した(図1)。台湾の2症例は7月18日と7月29日に発症しており、後者は川崎市および東京都の症例が利用した台湾の桃園空港関係者であった。一方、遺伝子解析において今回検出されたウイルスは、2009~12年に日本で検出されたD8型ウイルスとは異なる配列であった(図3)。

本事例では4自治体から5例の麻疹D8症例が確認され、一部に台湾との疫学リンクを認めた。ウイルス株は全遺伝子が解析されたわけではないが、遺伝子型決定部位が同一配列であったこと、過去の輸入症例とは異なるウイルス株であること等から、同一のウイルス株が広がった可能性が否定できないと考えられた。また、ウイルス株の確認ができていない症例の中に疫学リンクのある症例が存在していた可能性があると考えられた。今回のように複数の自治体にまたがり症例が確認される事例では、自治体の枠を越えてウイルス株や疫学情報を共有することが重要であるが、各自治体の活動には限度がある。麻しん排除に向けて、各自治体から得られた情報を厚労省および感染研が主体となり収集し、対策を行っていく枠組みが必要と考える。また、潜在的な疫学リンクを明らかにするために、特定感染症予防指針に準じ、麻疹症例に対するウイルス遺伝子検査の施行および遺伝子配列の解析をより一層推進していく必要がある。

貴重な情報をご提供いただいた台湾CDCのFu-Tien Lin先生、Wen-Yueh Cheng先生、Peng-Yuan Chen先生に感謝致します。

 

参考文献
1) IASR 33: 27-29, 2012
2) IASR 33, 31-32: 2012
3) IASR 33: 32-33, 2012
4)Knol M, et al., Euro Surveill. 2013; 18(36):pii=20580

 

国立感染症研究所感染症疫学センター  山岸拓也 伊東宏明 八幡裕一郎 中島一敏 松井珠乃 
         高橋琢理 木下一美  砂川富正 奥野英雄 多屋馨子 大石和徳
同ウイルス第三部 駒瀬勝啓
川崎市健康安全研究所  三崎貴子 丸山 絢 大嶋孝弘 清水英明 岩瀬耕一 岡部信彦
         同健康安全部 小泉祐子 平岡真理子 瀬戸成子
         同高津保健福祉センター 杉本徳子 荷見奈緒美 熊谷行広 大塚吾郎 
東京都健康安全研究センター 杉下由行
神奈川県感染症情報センター 甲賀健史
         同衛生研究所微生物部 鈴木理恵子
藤沢市保健所 阿南弥生子 舟久保麻理子 弘光明子 坂本 洋
静岡市保健所 阿部勇治
厚生労働省健康局結核感染症課 氏家無限

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