国立感染症研究所

IASR-logo

同時期に発生した2系統のD8型ウイルスによる麻疹―神戸市

(掲載日 2014/12/22) (IASR Vol. 36 p. 55-57: 2015年4月号)

はじめに
2014年8~9月上旬の間に、7例(市内在住者6例、在勤者1例)から麻疹ウイルスを検出した。遺伝子解析の結果、全例D8型であったが、N遺伝子の部分塩基配列(456塩基)において20塩基異なった2系統のD8型〔以下D8(m)型、D8(h)型と名付ける〕麻疹が発生していたことが判明した(図1)。最終的に感染事例はD8(m)型3例(接触者1名を含む)、D8(h)型4例(接触者1例を含む)であった()。症例番号は麻疹届出順に付番した。

概 略
(1) D8(m)型の症例発生概略
症例1:10歳女児(発症8月10日、A区在住)
8月15日に麻疹の臨床診断届出が医療機関(B区)より提出された。同日に採取された検体(血液、咽頭ぬぐい液、尿)のRT-nested PCRを実施した結果、N、H遺伝子ともに陽性で、さらにB95a細胞を使用したウイルス分離も全検体陽性となった。N遺伝子の部分塩基配列(456塩基)を決定し系統樹解析を実施した結果、D8型に型別分類された。この部分塩基配列は2014年に大阪府で第16週に検出されたMVs/Osaka.JPN/16.14/1[D8]、また、マレーシアで2011、2012年に検出された多数のD8株と100%一致した。女児は8月3日に神戸市内の市民プール、4日に大阪市内のテーマパークに行っていた。

症例4:10か月女児(発症8月27日、A区在住、症例1の接触者)
8月15日に症例1と医療機関内で同一時間帯に同じ待合室にいたため、健康観察対象者であった。8月28日採取検体(血液、咽頭ぬぐい液、尿)のRT-nested PCRを実施した結果、N、H遺伝子ともに陽性で、さらにB95a細胞を使用したウイルス分離もすべて陽性であった。N遺伝子の部分塩基配列(456塩基)は症例1と100%一致した。

症例7:9か月男児(発症8月29日、C区在住)
9月4日に病原体定点医療機関よりサーベイランス検体(川崎病または麻疹疑い・不明発疹症)として9月3日採取の咽頭ぬぐい液が搬入された。9月5日麻疹PCR法の検査実施中に医療機関より麻疹IgM抗体指数14.4との連絡を受け、EDTA血の追加提出を依頼した。両検体ともRT-nested PCR(N、H遺伝子)、ウイルス分離ともに陽性であった。N遺伝子の部分塩基配列(456塩基)は症例1、4と100%一致した。C区は神戸市の東端であり、市内中心部のA区とは接していない。また、患者は1カ月以内にA区に行ったことはなかった。

(2) D8(h)型の症例発生概略
症例2:15歳男性(発症8月13日、B区在住)
8月21日に麻疹の検査診断届出(8月15日採取血清の麻疹IgM抗体指数21)が医療機関(B区)から提出された。8月22日採取の血液、咽頭ぬぐい液、尿のRT-nested PCRを実施した結果、咽頭ぬぐい液と尿はN、H遺伝子ともに陽性であった(リンパ球と血漿はN、H遺伝子ともに陰性)。検体採取時期が遅かったため、8月15日採取の抗体測定した残血清の提出を依頼した。この血清はN、H遺伝子とも陽性であった。ウイルス分離は8月22日採取の検体で実施したが、すべて陰性であった。検体採取が発症日から10日経過していたことが原因であると考えられた。N遺伝子の部分塩基配列(456塩基)の系統樹解析の結果、D8型に型別された。遺伝子バンク登録遺伝子配列(2014年10月24日現在)の相同性検索を実施したところ、2014年福岡県第32週株(Mvs/FukuokaP.Japan/32-14/FG34)、2014年大阪第16週株(MVs/Osaka.JPN/16.14/3)、2014年川崎第13週株(MVs/Kawasaki C.JPN/13.14)、2014年ベトナムのホーチミン第13週株(MVs/HoChiMinh.VNM/13.14/123)と99%の相同性があった(1塩基の相違)。D8(m)型の症例1、4、7の部分塩基配列(456塩基)と比較すると、20塩基の相違(相同性95%)があり、症例1、4、7と2は別ルートからの感染であると考えられた。

症例3:16歳男性(発症8月17日、A区在住)
8月22日に採取された検体(血液、咽頭ぬぐい液、尿)のRT-nested PCRを実施した結果、全検体においてN、H遺伝子ともに陽性であった。ウイルス分離は血液(リンパ球)のみ陽性であった。N遺伝子の部分塩基配列(456塩基)は症例2と100%一致した。

症例5:34歳女性(発症8月22日、B区在勤・尼崎市在住、症例2の接触者)
8月14日に症例2の患者が救急外来を受診した際に同一時間帯に同じ待合室にいた。8月27日採取検体(咽頭ぬぐい液、尿)のRT-nested PCRを尼崎市立衛生研究所が実施した結果、N、H遺伝子ともに陽性であった。同研究所より提供頂いたN遺伝子の部分塩基配列(456bp)は症例2、3と100%一致した。

症例6:35歳女性(発症8月25日、A区在住)
9月1日医療機関(A区)より臨床診断届出が出された。同日採取の検体(血液、咽頭ぬぐい液、尿)のRT-nested PCRを実施した結果、N、H遺伝子ともに陽性であった。ウイルス分離は血液(リンパ球)のみ陽性であった。N遺伝子の部分塩基配列(456塩基)は症例2、3、5と100%一致した。患者はA区内のコンビニエンスストアに勤務していた。

まとめと考察
D8(m)型3例(症例1、4、7)のN遺伝子の部分塩基配列(456塩基)は100%一致した。症例1は、潜伏期から推測される感染可能時期にレジャー施設等で外国人や他府県の多人数と接触した可能性があり、そこで感染した可能性も否定できない。症例4はワクチン未接種者の児で医療機関において症例1と接触していた。症例7は症例1と生活圏が離れており、感染源が不明である。

D8(h)型4例(症例2、3、5、6)のN遺伝子の部分塩基配列(456塩基)は100%一致した。症例3の発症日は症例2の発症日から5日しか経過しておらず、症例2から感染した可能性は低いと考えられる。症例2と3の住所地が近いことから近隣地域において同一感染源から感染した可能性もあるが、詳細は不明である。症例5は症例2が救急外来を受診した際に接触する機会があった。症例6の患者はA区のコンビニエンスストアに勤務しており、症例3と生活圏が重なっている。症例2の居住区であるB区とも近く、症例2または症例3と接触していた可能性が考えられる。

今回の7症例のうち6症例の居住(勤務)地は近く、ほぼ同一時期に発生したため、同一系統のウイルスによる感染と考えられたが、部分塩基配列(456塩基)を詳細に検討してみると20塩基異なった(相同性95%)2系統のD8型の感染であったことが判明した。

また、全例麻疹ワクチンの罹患歴が無しまたは不明で、ワクチン接種の必要性が再認識された。

発症(発熱)から麻疹届出までの期間が平均6.7日と長く、臨床診断の届出がされてから検体が採取され、RT-PCRを実施し陽性確認が行われることがほとんどであった。麻疹届出までの間、感染者は複数の医療機関を受診し、接触者を増やすことになった。今回の7症例に関して神戸市保健所と区保健福祉部は計447名の接触者の積極的疫学調査を実施した。9月17日に全症例の接触者の健康観察期間はすでに終了し、以降市内において麻疹の発生は無い。

国内における2014年(10月31日現在の報告数)の麻疹遺伝子型総累積報告数(358例)は2013年の遺伝子型総累積報告数(53例)の6.8倍になっている1)。そのうちD8型は52例である。D8型感染事例のうち、ベトナム・インドネシアなどのD8型流行国への海外渡航歴のあるものは11例のみである。いったん輸入感染例として入ってきた麻疹ウイルスが二次、三次感染してアウトブレイクをおこすことを示唆している2)。すなわち、海外渡航歴が無くともワクチン接種歴などのない感受性者が海外からの麻疹ウイルスに接した場合には、何時でも国内で感染・発症し、新たな感染源となりえる。ワクチン接種を徹底するとともに麻疹の診断を迅速に行い、1例を見つけたらすぐ対策をとることが重要である。

今回神戸市で検出した麻疹ウイルスのN遺伝子の塩基配列は、DDBJ(DNA Data Bank of Japan)のアクセッションナンバーLC005617~LC005622に登録した。

 
参 照
  1. 国立感染症研究所ホームページ、麻疹ウイルス分離・検出状況(一覧表)2014年(2014年10月31日現在報告数)
    http://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-measles.html
  2. IASR 35: 98-100, 2014

神戸市環境保健研究所 秋吉京子 奴久妻聡一 森 愛
神戸市保健所 長澤怜子 竹内三津子 黒川 学
尼崎市立衛生研究所微生物担当
尼崎市保健所感染症対策担当
 

 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version