国立感染症研究所

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百日咳 2017年1月現在

(IASR Vol. 38 p.23-24: 2017年2月号)

百日咳は, 感染症法に基づく医師の届出基準では「百日咳菌(Bordetella pertussis)によって起こる急性の気道感染症」と定義されている(届出基準はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-23.html)。主な症状は長期間続く咳嗽であり, 特に新生児や乳児が罹患すると重症化するため予防接種が重要である。わが国では従来の定期接種であった沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン(DPT)に加え, 2012年11月から不活化ポリオワクチン(IPV)が加わったDPT-IPVが定期接種に導入された。DPT-IPVの接種スケジュールは初回免疫と追加免疫とに分けられ, 初回免疫は20日以上(標準的には20~56日)の間隔をおいて3回皮下に接種(標準として生後3~12カ月), 追加免疫は初回免疫終了後, 6カ月以上の間隔をおいて(標準的には初回免疫終了後12~18カ月の間に), 1回皮下に接種することとされている。百日せきワクチンの免疫効果は4~12年で減弱し, 最終接種後時間経過とともに既接種者も感染することがある。先進国では青年・成人の百日咳患者の増加や, 同世代の不顕性感染者が感染源となり, ワクチン未接種児が感染し重症化することが問題となっている。欧米を含む諸外国では, 青年や妊婦を含む成人への破傷風・ジフテリア・百日せき三種混合ワクチン(Tdap)の接種が推奨, 実施されている(本号15ページ)。

患者発生状況:百日咳は感染症法に基づく定点把握の5類感染症で, 全国約3,000の小児科定点から臨床診断による患者数が毎週報告される(図1)。定点当たり年間患者報告数(http://www.niid.go.jp/niid/ja/survei/2085-idwr/ydata/6565-report-jb2015.htmlsurvei/2085-idwr/ydata/6565-report-jb2015.html)は, 2001~2006年は0.44~0.73であったが, 2007年には0.97に増加し, 2008~2012年は1.30~2.24であった。2013年には0.53と減少したが, 翌2014年から増加傾向を示している(0.66~0.95)。

都道府県別患者発生状況をみると, 2012年は全国的に報告数の増加がみられ, 定点当たり年間患者報告数が2.00以上を示した都道府県は10県であったが, 2013年は沖縄県のみ, 2014年は沖縄県, 鳥取県, 長崎県の3県, 2015年は沖縄県, 鳥取県の2県であった(図2)。2016年(2017年1月6日現在暫定値)は沖縄県, 秋田県, 高知県, 新潟県, 長野県の5県で定点当たり2.00以上を示している。

2007年は0歳児の患者数が全体の約20%であった(図3)。月齢でみると, 6-11か月は2007年の9.5%から2016年の3.5%へと減少した。一方で, 最も重症化しやすい0-5か月児はそれぞれ10.9%, 9.5%を占めていた。患者報告数では, 0歳児は2001年以降定点当たり0.40を下回り, 2004年, 2008年以外は0.21以下を維持している(図4)。小児科定点からの報告ではあるが, 15歳以上の患者報告数は2002年には定点当たり0.02であったが, 2010年には同0.86となり, 全患者の53%を占めた。2016年は15歳以上の患者は定点当たり0.24, 全体の25%であった(図3, 図4)。

集団感染:わが国では2007年に大学などで200人以上の感染者が疑われた大規模な集団感染が発生し, 狭い空間を長時間共有する施設では百日咳菌が容易に伝播することが示された(IASR 29: 65-6668-6970-7171-73, 2008)。近年では, 中学校(IASR 36: 142-143, 2015)や小中学生での集団発生を発端とした地域での患者発生数増加(本号34ページ), 都市部での患者発生報告がある(本号68ページ)。

百日咳抗体保有状況:2013年度の感染症流行予測調査によると, 百日咳菌の百日咳毒素(PT)に対する抗体保有率は, 月齢6-11か月は90%に達し, この年齢層はワクチン接種による免疫獲得がなされていると考えられた(図5, 本号9ページ)。年齢が上がるにつれ抗体保有率は低下し, 5~6歳が30%以下と最も低く, それ以降は年齢とともに上昇していた。わが国では90か月(7歳半)以降には百日せき含有ワクチンは定期接種の対象ではなく, 百日せきワクチンの接種が行われていないと考えられることから, その後の自然感染による抗体価上昇が示唆される。

百日咳様症状を起こす病原体:百日咳菌と同様な咳嗽症状を引き起こす百日咳類縁菌として, パラ百日咳菌(Bordetella parapertussis)とBordetella holmesiiが挙げられるが, 両菌の国内感染例の報告は少ない。上記以外に百日咳様症状を引き起こす病原体として, 肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae), 肺炎クラミジア(Chlamydophila pneumoniae), ヒトボカウイルス, ライノウイルス等が挙げられる。現行の届出は臨床診断によるため, 調査結果には百日咳菌以外の病原体による患者報告も含まれている可能性が高い。2013~2014年に厚生労働省研究班で実施されたリアルタイムPCRを用いた百日咳菌遺伝子検査では, 百日咳疑い患者355名のうち百日咳菌陽性者が94名(26%)で, パラ百日咳菌4名(1.1%), 肺炎マイコプラズマ2名(0.6%), B. holmesiiは0名であった(厚労科研「自然災害時を含めた感染症サーベイランスの強化・向上に関する研究」, 平成26年度報告書)。

実験室診断:百日咳の病原体検査には菌培養, 血清学的検査, 遺伝子検査がある(本号1112ページ)。菌培養検査は特異性に優れるが特殊な培地を要し, 感染時に気道に存在する菌量が相対的に多いとされる百日咳と診断された乳児患者でも菌分離成功率は60%以下と低く, ワクチン既接種者や菌量の低い青年・成人患者からの菌分離はより困難である。血清診断には世界的には抗百日咳毒素抗体(抗PT IgG)が測定されるが, 世界保健機関は免疫系が十分に発達していない乳児, ワクチン接種後1年未満の患者には適用できないとしている。わが国では2016年に百日咳菌に対するIgMおよびIgA抗体を測定する血清学的検査が承認, 健康保険適用された。一方, 遺伝子検査は最も感度が高く, 世界的にはリアルタイムPCR法が採用されている。わが国では特異性の高い検査法として百日咳菌LAMP法(loop-mediated isothermal amplification)が開発され, リアルタイムPCR法よりも簡便・迅速な診断が可能となり, 2016年11月から健康保険適用となった。

国立感染症研究所では百日咳類縁菌(パラ百日咳菌, B. holmesii)の鑑別も含めた遺伝子検査としてマルチプレックスPCR法とLAMP法を開発し, 地方衛生研究所を対象に検査キット(研究試薬)の供与を行っている(百日咳病原体検査マニュアル, http://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/Pertussis20151222.pdf)。

おわりに:百日咳は, 特に青年・成人患者では典型的な症状がみられないため臨床診断が難しく, さらに小児科定点からの患者報告を集計していることから, わが国では正確な疫学情報が得られていない。今後, 遺伝子検査の普及による早期診断・治療ならびに診断精度の向上がなされることで, 国内の百日咳の疫学がより正確に把握され, 効果的な予防, 対策につながることが期待される。

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