国立感染症研究所

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食品媒介蠕虫症

(IASR Vol. 38 p.69-70: 2017年4月号)

日本では寿司・刺身など魚介類の生食(なましょく)が食習慣として広く定着し, 時に鳥獣肉も加熱せず摂食する。このため, 「蠕虫(ぜんちゅう)」 (多細胞の寄生虫)あるいは 「原虫」 (単細胞の寄生虫)に感染するヒトがいる。

食中毒への対応強化として, 1997年に食品媒介の寄生虫性疾患に関する通知が厚生労働省(旧厚生省)から発出された。次いで1999年に, 食中毒事件票における病因物質の種別「その他」の項に, 「アニサキス等」 が例示された。2012年には, 食品衛生法施行規則が一部改正され, クドア, サルコシスティス, アニサキス, 「その他の寄生虫」が食中毒の病因物質として個別に取り上げられ, 「その他の寄生虫」の例として肺吸虫, 旋尾線虫(せんびせんちゅう), 条虫等が食中毒統計作成要領に示された(2012年12月28日, 食安監発1228第1号, http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/gyousei/dl/121228_1.pdf)。

これらの食品媒介寄生虫の中で, クドアおよびサルコシスティスは, 既に本誌で特集しているので(IASR 33: 147-148, 2012), 本特集ではアニサキスおよび「その他の寄生虫」の中に例示された食品媒介蠕虫による感染症を取り上げる()。

アニサキス症:アニサキス属とシュードテラノーバ属の線虫類を原因としてアニサキス食中毒が発生する。本食中毒は2007年には事件数が6件(患者数6人)であったが, その後漸増し, 2015年には年間127件(患者数133人)に達した()。事件数としてはノロウイルスやカンピロバクターによる食中毒に次ぎ, 2013年以降3年間連続して全食中毒の中で三番目に多い。アニサキスは非加熱の魚の酢じめ等の食品を介しても感染するため(本号4ページ), 厚労省は本食中毒への注意を喚起し(2014年5月, http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/0000057172.pdf), 自治体はアニサキス食中毒に対する予防対策を進めている(本号3ページ)。食中毒統計におけるアニサキス食中毒事件数報告の増加は, 法令に基づく届出対象として明示されたことも一因である。しかし, わが国におけるアニサキス食中毒の患者数は毎年約7,000人と推計され(杉山ら, Clin Parasitol 24: 44-46, 2013), 食中毒統計に届出されたアニサキス食中毒事例は, 氷山の一角に過ぎないことが示唆される。

アニサキス食中毒の典型的な臨床像は激しい腹痛, 悪心, 嘔吐を呈する急性胃腸炎である。アニサキスに対するアレルギー反応として, 蕁麻疹やアナフィラキシー症状が発現することもある。複数のアニサキスアレルゲンが同定され, それらの遺伝子もクローニングされ, 免疫応答の詳細について研究が進んでいる(本号4ページ)。

旋尾線虫症:ツチクジラの腎臓に寄生する線虫 Crassicauda giliakianaの幼虫が「旋尾線虫X型(じゅうがた)」である。幼虫はホタルイカの内臓に寄生するため, これをヒトが生食して感染した場合, 幼虫の移行場所によって腸閉塞や皮膚爬行(はこう)症などの幼虫移行症が起こる(IASR 25: 116-117&117-118, 2004)。

顎口虫症(がっこうちゅう):ドジョウの生食による剛棘(ごうきょく)顎口虫症, 日本顎口虫症, 渓流魚やヘビおよびカエルの生食によるドロレス顎口虫症を含む。いずれも幼虫の寄生による皮膚爬行症を引き起こす(IASR 25: 114-115, 2004)。

条虫症:成虫の形態が真田紐に似て平たいことからサナダムシとも呼ばれる。感染源は魚類, カエル, ヘビ, 獣肉などである。ヒトに寄生する種類は多く, 裂頭条虫やテニア属条虫による消化器症状, 孤虫症による幼虫移行症, 有鉤嚢虫(ゆうこうのうちゅう)による中枢神経症状などが発現し, 重症度も異なる。原因種の正確な同定は, 血清検査・遺伝子検査により可能である。(本号6ページ) (IASR 32: 106-107; 107-108; 108; 109-111, 2011 & 37: 206, 2016)。

肺吸虫症:都市部では淡水産のカニ(サワガニなど)を加熱せずに喫食し, 肺吸虫症に罹患する事例が報告されている (IASR 25: 121-122, 2004)。一方, 九州ではイノシシの肉を十分加熱せず喫食して感染する事例が多く, 感染源調査でも, これらの食材やシカ肉からも肺吸虫の幼虫が検出されている(IASR 35: 248, 2014&37: 36, 2016)。食材の非加熱喫食がリスクとなるので, 本症の発生予防のためには, 十分な加熱調理への注意喚起が必要である(本号8ページ)。

旋毛虫(せんもうちゅう)症 (トリヒナ症):2016年12月に茨城県で加熱不十分なクマ肉の喫食による発疹あるいは筋肉痛等の特異な症状を認めた集団事例が発生した。患者が喫食したクマ肉から旋毛虫類のTrichinella T9が検出された。クマ肉の喫食による旋毛虫症は, わが国ではこれまでに3度の集団発生が知られていた(本号9ページ)。

旋毛虫は有鉤嚢虫(有鉤条虫の幼虫で豚に寄生)および無鉤嚢虫(むこうのうちゅう) (無鉤条虫の幼虫で牛に寄生)とともに, と畜場法に従って全部廃棄の対象の原因となる寄生蠕虫である(ただし無鉤嚢虫の全部廃棄は全身に蔓延しているものに限る) (本号10ページ)。しかしわが国では, と畜場法の対象となる獣畜(牛, 馬, 豚, めん羊, 山羊)から旋毛虫が検出された記録はない。

食品媒介蠕虫症への対策:国際的な物的人的交流の中で, 海外の食品媒介蠕虫による食中毒は, 輸入食品を介した国内感染例として, あるいは旅行者の輸入感染症として発生しうる。診断には, 海外での旅行歴・食歴の聴取が有用である(本号12ページ)。診断困難な症例は, 日本寄生虫学会による医療機関向けコンサルテーション(http://jsp.tm.nagasaki-u.ac.jp/academic/consultation/), 熱帯病治療薬研究班が公開している「寄生虫症薬物治療の手引き」 (http://trop-parasit.jp/HTML/page-DL.htm)を参照されたい。

寄生虫汚染は食品輸出入の問題でもある。このため, 国際食品規格を決める国際連合食糧農業機関(FAO)/世界保健機関(WHO)コーデックス国際食品規格委員会は, 2015年にまず旋毛虫の食品基準に合意した (CAC/GL 86-2015: Guidelines for the control of Trichinella spp. in meat of Suidae)。この基準は, FAO/WHOの専門家委員会のリスク評価に基づくが, 同委員会は, 地理的分布, 患者発生数, 疾病としての重篤度, 貿易上の重要度などに従い, 24種類の食品媒介寄生虫をランキングしている (http://www.fao.org/3/a-i3649e.pdf)。表には蠕虫のみを抽出して表示したが, 食品媒介寄生虫24種類のうち16種類を蠕虫が占めている。

の蠕虫類のうち, わが国では, 旋毛虫Trichinella spiralisの発生はないが, それ以外の蠕虫によるヒト症例が報告されている。わが国に根付く生食嗜好の食習慣を考えると, 寄生虫に汚染されている可能性のある食品は, 十分に加熱して喫食することなどを広く啓発することが重要である。また, 国際的に重要な寄生蠕虫の検査の体制を強化するなどの対策も講じるべきである。

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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