国立感染症研究所

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クドア食中毒総論

(IASR Vol. 33 p. 149-150: 2012年6月号)

 

2008(平成20)年後半から、国立医薬品食品衛生研究所を中心に国立感染症研究所、大学、各自治体および地方衛生研究所が協力して解明に取り組んできた生鮮魚介類の生食を原因とする原因不明食中毒は、2011(平成23)年6月に厚生労働省により、その病因物質は、ヒラメに寄生するKudoa septempunctata (和名:ナナホシクドア)である可能性が非常に高いとの結論を得た。本食中毒はクドア属寄生虫による世界初の食中毒であることからクドア食中毒と呼ぶ。

クドア食中毒は、検査法が通知された平成23年6~12月までに計33件が報告されている(表1)。発生に季節性が観察されており、9、10月に多発するという特徴をもつ。クドア食中毒原因の大部分は養殖ヒラメが占めているが、養殖ヒラメは韓国産および国産が消費量のほとんどを占める(平成23年統計)。ヒラメの消費量は12月および1月が最も多く、当該食中毒の発生頻度と消費量との相関は認められない。

2009(平成21)年10月に愛媛県で起こったヒラメ喫食を原因とする食中毒事例では100名以上の患者を出し、その食中毒の疫学的特徴が明らかになった。調査結果によると、症状は下痢が79.7%で最も多く、次いで嘔吐(57.6%)の順であり、潜伏期の中央値は5.0時間(範囲:1.0~22.0時間)であった。多くの場合24時間以内に症状は治まり、予後は良好であり、後遺症の報告はなかった。この事例から推定される発症摂取胞子数は7.2×107個であった。今後報告される事例から、より詳細な発症摂取胞子数を推定し、検査法等に取り入れていく必要がある。

K. septempunctata はミクソゾア門という生物群に属す粘液胞子虫類の一種である。粘液胞子虫類は世界中で2,000種以上報告されており、近年の分子系統学的解析から、クラゲやイソギンチャクなどの刺胞動物の近縁であることが明らかになっている。そのほとんどが魚類の寄生虫である。クドア属粘液胞子虫は、形態学的には内部にコイル状の極糸を持つ極嚢という構造がある胞子を形成する多細胞動物で、極嚢と胞子原形質を包含する胞子殻から成る。K. septempunctata は、約10μmの大きさを呈し、極嚢の数が5~7個である。今までに報告されている筋肉寄生クドアは、ブリの奄美クドア症原因種であるK. amamiensis やサケなどに寄生するK. thyrsites がその代表としてあげられる。シストが肉眼的に確認できたり、ジェリーミートを呈したりすることで商品価値を落とすことから水産業界では問題とされているが、食中毒の報告はない。一方、本食中毒の病因物質であるK. septempunctata は、シストも形成しなければジェリーミートにもならないため、調理の過程でその存在を見過ごしてしまう大きな原因となっている。

K. septempunctata の生活環はまだ解明されていないが、すでに解明されている淡水種の魚に寄生するクドア属の例では、魚類と環形動物を交互に宿主とする。魚体内から粘液胞子虫の胞子が体外に放出されると、環形動物(淡水種ではイトミミズなどの貧毛類)に食べられ、その腸管内で胞子は胞子原形質を出し腸管上皮から侵入する。環形動物の腸管細胞内で有性生殖が行われ、形態の全く異なる放線胞子虫に変態し水中に放出する。放線胞子虫は先端に原形質を有し3本の突起により浮遊している間に魚と接触すると、皮膚感染により魚体内に原形質が侵入し、粘液胞子虫のステージが始まると考えられている。このような生活環を考慮すると、魚から魚への水平感染は一般に起こらない。すなわち養殖場の水槽内や飲食店のイケス内で粘液胞子虫が感染することはないと考えられる。K. septempunctata は、生きた状態でヒトに喫食されないと食中毒は起こらないことがわかっている。また、従来の寄生虫性食中毒と異なり、腸管や生体内での増殖は認められていない。

毒性研究において、クドア食中毒の下痢原性は乳飲みマウスおよびヒト腸管培養細胞によって証明されている。メカニズムとしては、腸管に至った生きたクドア胞子から胞子原形質が出て、腸管に進入する可能性が推測されている。嘔吐毒性はスンクスにおいて証明されているが、メカニズムは不明である。

 

国立医薬品食品衛生研究所衛生微生物部 小西良子

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