国立感染症研究所

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東京都内で発生したクドアが原因と考えられる下痢症について

(IASR Vol. 33 p. 153-155: 2012年6月号)

 

ヒラメやマグロなどの生鮮魚介類の生食後、短時間で下痢や嘔吐の症状を呈する原因不明の食中毒が首都圏をはじめ全国的に発生し、2009(平成21)年7月以降、厚生労働省は自治体へ事例の報告を求め、その原因究明を行ってきた。その結果、これら食中毒の推定原因食品であるヒラメからクドア属の粘液胞子虫Kudoa septempunctata が高率に検出されること、培養細胞やマウスを用いた毒性試験により、K. septempunctata が下痢を引き起こす原因となりうることが示され、下痢症への関与が強く示唆された。しかしながら、ヒラメ以外の推定原因食品として報告されているマグロ、タイ、カンパチなどについては、いまだその病因物質の特徴や検出状況が明らかにされていない。本稿では、2011(平成23)年6月の厚生労働省による通知「生食用生鮮食品による病因物質不明有症事例への対応について」以降、都内で発生した食中毒疑い事例のうち、生鮮魚介類の生食後、短時間で下痢や嘔吐を伴う事例に関連した魚からのクドア属粘液胞子虫(クドア)の検出状況について示す。

食中毒疑い事例で東京都健康安全研究センターにおいて検査を実施したのは、ヒラメが7検体、マグロが6検体、タイが3検体、カツオが1検体の計17検体(17事例)であった(表1)。ヒラメ7検体に関しては、残品が3検体、同一品(検食)が1検体、参考品が3検体で、K. septempunctata 図1、A)が検出された検体は、残品と同一品がそれぞれ2検体および1検体であったのに対し、参考品から検出された事例はなかった。また、ヒラメ1g当たりのK. septempunctata  18S rDNAのコピー数は、いずれも108以上であった。

マグロは6検体(6事例)すべて残品で、種不明のマグロ1検体、メジマグロ4検体、メバチマグロ1検体であった。検査の結果、メバチマグロを除き、5検体からクドア属粘液胞子虫が検出された。マグロ1g当たりのクドア18S rDNAのコピー数は、ヒラメの事例と同様に108以上であった。このクドア属の粘液胞子虫は、胞子形は尖った星型の形状に6つの極嚢を有した形態(図1、B)で、既報1) のKudoa neothunni と形態的に類似しているが、ジェリーミートの原因となるK. neothunni と異なり、検体のマグロはすべてジェリーミートなどの外観的な異常は認められなかった。このメジマグロ由来のクドア属粘液胞子虫(以下、Kudoa  sp. PBT)の18S rDNAの塩基配列はすべて同一で、GenBankに登録されている既知のクドア18S rDNAの塩基配列に基づいた系統樹解析の結果では、Kudoa grammatorcyni Kudoa scomberomori に近縁であった(図2)。また、これまでの調査2)からKudoa  sp. PBTが検出されるマグロは、日本近海産のクロマグロまたはその若魚であるメジマグロに限られていることから、事例8(表1)の種不明のマグロは、それらのどちらかであると考えている。

タイの喫食による下痢症3検体(3事例)で、残品2検体、参考品1検体について検査を行った結果、これら3検体のうち事例15(表1)のタイから、魚の筋肉部でシストを形成し、4つ極嚢を有したクドアが検出された(図1、C)。このクドアは形態学的な特徴および18S rDNAの解析の結果から、Kudoa iwatai と同定された。また、聞き取り調査により、事例15のタイはヘダイであることが判明した。

食中毒事例において、推定原因食品の残品がある場合は少なく、検査は発症者の検便による場合が多い。しかしながら、クドアはヒトの体内で増殖したという報告例は無く、一過性に糞便中に排出されるだけと考えられることから、検便による検出率は低いと考えられる。これまで当センターで7検体(3事例)において、糞便中のクドア遺伝子の検出検査を実施したが、いずれも陰性であった。一方、ヒラメによる食中毒疑い1事例において、嘔吐物の検査を行ったところ、K. septempunctata の遺伝子だけでなく顕微鏡下でその形態も確認できたことから、嘔吐物の検査は、検便より検出率が高いと考えられる。

実験的にもヒトへの病原性が強く示唆されているK. septempunctata は、ヒラメのみから検出されているが、今後の調査により他の魚種にもその寄生が確認されることも考えられる。また、これまでクドアは世界中で約80種類、そのうち国内では16種類が報告3)されているが、K. septempunctata 以外のクドアのヒトへの病原性については明らかにされていない。今後、魚介類の生食による食中毒疑い事例においては、複数種のクドアを念頭に入れた検査体制の確立と継続的な市場流通品のモニタリングが必要であると考えている。

 

参考文献
1) Arai Y, et al ., Bull Japan Soc Sci Fish 18: 293-298, 1953
2)鈴木 淳, 日食微誌 29: 65-67, 2012
3)横山 博, アクアネット 50: 54-57, 2011

東京都健康安全研究センター微生物部 鈴木 淳 村田理恵 貞升健志 甲斐明美

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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