国立感染症研究所

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小児市中肺炎患者から分離された肺炎球菌の性状

(IASR Vol. 34 p. 58-59: 2013年3月号)

 

肺炎球菌感染症は、ヒトの鼻咽腔に肺炎球菌が定着した後、血中に入り全身に散布される侵襲性感染症(IPD)と、直接上気道や下気道に侵入し感染を惹起する局所感染症の2つのタイプに分類される。IPDの代表的な疾患として、菌血症、菌血症を伴う肺炎、髄膜炎があり、局所感染症の代表的な疾患として、副鼻腔炎、中耳炎、気管支炎、菌血症を伴わない肺炎がある。肺炎球菌はウイルス感染症の二次感染の主要な原因菌でもあり、症状の重症化や遷延化に関与する。そのため、菌血症を伴わない肺炎の重要な原因菌でもある。先進国においては、菌血症を伴わない肺炎が市中肺炎の主体となっているが、その原因菌診断をどのように行うのかということに関しては、一定の見解は得られていない。一方、肺炎球菌7価結合型ワクチン(PCV7)導入後、米国において2歳未満の市中肺炎入院症例数が減少してきていることから、PCV7が乳幼児期の肺炎に対して予防効果があることが示唆されている1)。我々は、以前から、小児から喀痰を採取し、採取した喀痰を生理食塩水で洗浄した後、培養に供する洗浄喀痰培養を取り入れ、小児市中肺炎の原因菌診断に努めてきた。本稿では、PCV7導入前に肺炎患者の血液あるいは喀痰から分離された肺炎球菌の性状について解析を行った成績2)を紹介し、小児市中肺炎における肺炎球菌の関与状況について述べたい。

対象と方法 
2008年4月1日~2009年3月31日の1年間に、千葉市内在住者で肺炎(院内発症例は除く)の診断で入院した16歳未満の症例数を、千葉市内と千葉市周辺で小児科入院患者受け入れ可能な18施設に対して調査を行った。さらに、血液、喀痰を積極的に採取し、病原診断を行っている6施設の肺炎入院症例から分離された肺炎球菌分離株を収集し、血清型、薬剤感受性、multilocus sequence typing(MLST)解析を行った。肺炎の診断は各施設の小児科医が、臨床症状と胸部エックス線画像より行った。血液培養から肺炎球菌が分離された場合、あるいは良質な喀痰から洗浄喀痰培養にて有意に肺炎球菌が検出された場合を肺炎球菌性肺炎とした。抗菌薬感受性は微量液体希釈法により行い、ペニシリンGの最小発育阻止濃度(MIC)が≦0.06μg/mLをペニシリン感受性肺炎球菌(PSSP)、0.12~1μg/mLをペニシリン中等度耐性肺炎球菌(PISP)、≧2μg/mLをペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)とした。血清型は莢膜膨化試験により行い、MLST解析は国立感染症研究所に依頼して行った。

結 果
調査期間中の千葉市在住者の小児市中肺炎の入院総数は 860例で、16歳未満人口 1,000人当たり6.13、5歳未満人口 1,000人当たり17.6の頻度であった。肺炎球菌株の解析を行った6施設には、このうち626例(73%)が入院していた。肺炎球菌は血液培養から5例(5/626: 0.8%)、洗浄喀痰培養から92例(92/626:14.7%)で有意に分離された。血液培養と喀痰培養から同時に肺炎球菌が検出されたのは1例のみであった。肺炎入院例の年齢分布をみると、2歳未満が331例(52.9%)と半数以上を占めており、肺炎球菌分離例も1歳台が最も多かった。分離された肺炎球菌のうち68株について、血清型解析と薬剤感受性試験を行った。血清型解析の結果を図1に示す。17種類の血清型が認められたが、血液培養由来株では、6Bが3株で19F と19Aが各1株であった。喀痰培養由来株では、6Bが最も多く、ついで23F、19Fの順となっていた。血液由来株の80%、喀痰由来株の66.7%がPCV7に含まれる血清型であった。薬剤感受性は、血液培養由来株では、PSSP 1株(19A)、PISP 2株(6B)、PRSP 2株(6B、19F)であった。喀痰培養由来株では、PSSP 15株、PISP 34株、PRSP 14株となっていた。PRSPは、6B、19F、23Fに集中して認められ、これらの血清型はすべてPCV7に含まれる血清型である。MLST解析結果では、血液培養由来株の40%、喀痰培養由来株の49%が、Spain-6B、Taiwan-19F、Taiwan-23Fなど多剤耐性肺炎球菌の国際流行株であった。

考 察
日本におけるPCV7の効能・効果は「ワクチンに含まれる血清型の肺炎球菌による侵襲性感染症の予防」である。しかし、海外においては、小児肺炎に対する予防効果や肺炎球菌による急性中耳炎、反復性中耳炎に対する予防効果について報告されており、PCV7に含まれる血清型の肺炎球菌による肺炎、中耳炎をPCV7の予防適応症として認めている国も多い。今回紹介したPCV7導入前の日本の調査から、小児市中肺炎症例から分離される肺炎球菌は2歳以下の症例が主体であること、そのPCV7カバー率は、喀痰分離株の67%、血液分離株の80%であり、PCV7でカバーされる血清型が分離菌の主体となっていること、分離菌の約半数が、多剤耐性肺炎球菌の国際流行株であることが明らかとなった。日本は先進国の中でも小児市中肺炎罹患率が高い国とされており3)、小児市中肺炎に対する肺炎球菌結合型ワクチンの予防効果を検証していく必要がある。そのためには、血液培養、喀痰培養を利用した原因菌検索、正確な血清型調査を積極的に行っていくことが重要である。現在、私たちはPCV7導入後、小児市中肺炎にどのような影響を与えているかを検討しているところである。

 

参考文献
1) Grijalva CG, et al., Lancet 369: 1179-1186, 2007
2) Tanaka J, et al., Epidemiol Infect 30: 1-11, 2011
3) Madhi SA, et al., Pediatr Infect Dis J 2012 Epub, ahead of print

 

千葉大学医学部附属病院感染症管理治療部 石和田稔彦
千葉大学大学院医学研究院小児病態学 田中純子

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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