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令和3年(2021年)8月20日

国立感染症研究所

感染症危機管理研究センター

実地疫学研究センター

感染症疫学センター

【背景】

2021年7月23日、東京オリンピック競技大会(以下オリンピック大会)が開幕した。海外選手団の入国の多くが2021年6月1日より始まり、成田国際空港では7月17日から19日に入国のピークをむかえた。一部の選手団は、各地のホストタウンや事前キャンプ地に一時的に入ったのち、競技開始に合わせて選手村に入村した。競技は開幕に先立ち7月21日から開始し、大会は8月8日に閉会した。既に競技を終えた選手をはじめ、多くの海外大会関係者が離日した。

東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催にあたり、マスギャザリング(一定期間に限られた地域において同一目的で集合した多人数の集団等と定義されることが多い)として、感染症の発生リスクの増加が見込まれることから、早期の探知と対応のため、2021年7月1日より新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を含む6つの対象疾患において強化サーベイランスを行ってきた。 COVID-19については、感染症法に基づき新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)へ入力された情報等に基づく、アスリート等*及び大会関係者**を中心とする情報収集と分析がその活動内容である(1)。

本稿においては、強化サーベイランスが開始された2021年7月1日以降に報告された、オリンピック大会に関連したCOVID-19症例について振り返ることで、引き続き、8月24日より開始される東京パラリンピック競技大会(以下パラリンピック大会)における感染症対策に資する情報として国内外に還元することを目的とする。

【方法】

2021年7月1日~8月8日(8月9日時点集計)にHER-SYSに登録されたオリンピック大会に関連したCOVID-19症例について記述的にまとめた。症例定義は、2021年7月1日から8月8日までにHER-SYSに報告されたCOVID-19と診断されたアスリート等*(注:本稿でのアスリート等には、アスリートだけでなく、テクニカルオフィサー、コーチ、審判、トレーナー、チームドクターなどを含む)及び大会関係者**とした。アスリート等*及び大会関係者**の分類の判断については、大会組織委員会からの情報及びHER-SYSに登録されていた情報に基づいた。医師自由記載欄にこの期間の検疫と記載がある者、推定感染地域が国外の者、住民登録している住所が選手村もしくはホテルである者を海外からの渡航者とし、国内居住者は海外からの渡航者に該当しない者で、住民登録している住所や職業を参照し、特記事項等のHER-SYS情報、検疫情報等を含めて総合的に判断した。

【結果】

定義に合致したCOVID-19症例は計453例で、属性別ではアスリート等が80例(18%)、大会関係者が373例(82%)であった。居住地別では、海外からの渡航者が147例(32%)、国内居住者は306例(68%)だった。

アスリート等の報告数は7月14日から増加し始め7月22日にピークとなった(図)。アスリート等の症例では、大部分が海外からの渡航者(海外からの渡航者95%(76/80)、国内居住者5%(4/80))であり、93%(71/76)の症例が検疫時もしくは入国日から14日以内に診断されていた。残る7%(5/76)については、14日経過後に診断がなされており、特定区域(大会組織委員会が管轄もしくは提携している特定の管理区域)内での感染が発生した可能性について更なる調査が必要である。尚、国内からの参加アスリートにおける症例の報告はなかった。

一方、国内居住者が大部分を占める大会関係者(海外からの渡航者19%(71/373)、国内居住者81%(302/373))については、7月1日以降、経時的に増加していた(図)。届出自治体は、14都道府県であった。届出が最も多かったのは東京都(357例(79%))で、次いで千葉県(27例(6%))、埼玉県(26例(6%))の順であった。

届出時点での定義に合致した死亡例の報告はなかった。

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【考察】

海外からの渡航者が大部分であるアスリート等のCOVID-19症例の報告数については、入国ピークの3~5日後にピークとなった。パラリンピック大会の開催にあたり、検疫、ホストタウンを有する自治体、大会主催者のアスリート等における症例及び接触者への調査や隔離措置を含めた公衆衛生対応の負担は、オリンピック大会時同様に、入国のピークから3~5日後程度に向けて高くなることが予想され、対応に必要な人的、物的資源の確保と準備が必要である。

大会関係者から継続的に症例の報告があること、日本国内の感染拡大を考慮すると、競技終了に伴い自国へ帰国するアスリート等及び大会関係者での接触者や、接触者として同定はされなかったが曝露を受けた者が帰国後に感染が判明あるいは自国で発病する可能性はあり、国際保健規則(IHR)等を通じた参加選手団及びその関係者への注意喚起と参加国の保健当局との情報共有と連携が重要である。特にCOVID-19への対応リソースが少なく、少数の発生でもインパクトの大きい国々への注意喚起はより重要である。

東京を含めた日本国内の感染拡大をおそらく反映して、主に特定区域外で活動していると考えられる大会関係者の症例が経時的に増加を認めたことは懸念要素である。大会関係者の中には、都内で集団生活をしている者や、やむを得ず密な状態で職務にあたらなければならない者もいる。そのような感染拡大が起きやすい場や機会での感染予防対策について、パラリンピックに向けて対策の徹底が再度必要である。全国の自治体の関係機関や企業から大会の運営のため都内へ派遣されている者については、派遣元にもどった際に、潜在的に接触者であった可能性も考慮し、二週間の健康観察の徹底とともに、必要に応じて検査実施を考慮する等、派遣元での感染拡大リスク軽減に関する取り組みが望ましい。また、パラリンピック大会においては、アスリートや関係者が基礎疾患を有している場合もあると考えられ、感染時のリスクも念頭に置かねばならない。特にパラリンピックアスリートを近くでサポートするスタッフについては感染予防策の徹底が求められる。

尚、本報は、主にHER-SYSに報告された情報を基に、直近に控えたパラリンピック大会に向けて適時に疫学情報の還元を行い、国内外の保健衛生部局を含めた大会に関係する部門や関係機関の対策に活用して頂くことに主眼を置いた。解釈を行ううえで、以下のような注意点や制限がある点を承知頂きたい。

  • 数値については今後変更される可能性があり、また、大会組織委員会が公表している数値とは収集方法と分類方法の違いにより異なる可能性がある。例えば、組織委員会はアスリート“等”ではなく、アスリートに限定した分類で集計している。
  • 各属性の報告数については、それぞれの属性の母数を反映している、またスクリーニングの頻度による探知のバイアスにも影響をうけている可能性がある。感染者が多いからと言って、その属性の感染リスクが高いことを示すものではない。
  • 東京を含めた国内のCOVID-19の流行下で、感染の機会は必ずしも大会に関連しているとは限らず、大会と関連しない感染機会(家族、職場、大会に関連しない人が集まる場所)で曝露を受けた可能性のある症例もある。

東京を含め全国でのCOVID-19症例数が増加する中でパラリンピック大会の実施に際しては、アスリート等に対する厳格な管理と感染予防対策はもちろん、大会スタッフを含めた大会関係者についても再度、リスクに応じた管理と対策の徹底が求められる。

* アスリート等とは、東京大会に出場する全ての選手(以下「アスリート」という。)及び国際オリンピック/パラリンピック委員会(以下「IOC/IPC」という。)、国際競技連盟(以下「IF」という。)、各国オリンピック/パラリンピック委員会(以下「NOC/NPC」という。)に属し、アスリートと一体となって活動する者(審判、指導者(監督、コーチ)、トレーナー、練習パートナー、キャディ、スタッフ、ドクター、パラアスリート介助者等)を指す。

** 大会関係者とは、主催者(IOC/IPC、NOC/NPC、IF、マーケティングパートナー及び要人)、メディア(オリンピック放送機構、放送権者、報道各社)、大会スタッフ(職員、大会ボランティア及びコントラクター)など、オリンピックID兼アクレディテーションカード又はパラリンピックID兼アクレディテーションカードが発行される者又は組織委員会が大会の準備・運営上必要不可欠な者と認める者を指す。

【参考文献】

  1. 厚生労働省健康局結核感染症課. 新型コロナウイルス感染症対策進本部事務連絡. 東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催に伴う感染症サーベイランスの取組強化について.令和3年6月29日. https://www.mhlw.go.jp/content/000807923.pdf
Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan