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新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム分子疫学調査(2020年10月26日現在)

(速報掲載日 2020/12/11)(IASR Vol.42 p14-17: 2021年1月号)
 
新型コロナウイルス・ゲノム分子疫学解析によるクラスター対策

2019年末に中国・武漢で初めて確認された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2020年1月に国内で初めて感染者が確認された。その後、現在まで地域的な感染クラスター(集団)とその集合体である複数回の感染ピークを生じている。自治体では積極的疫学調査を実施し、クラスターの発生源の特定と濃厚接触者の追跡によって感染拡大を封じ込める対策を行ってきた。この活動を支援すべく、我々は、SARS-CoV-2(一本鎖プラス鎖RNAウイルス、全長29.9 kb)のゲノム配列を確定し、感染クラスターに特有な遺伝子情報およびクラスター間の共通性を解析している。これまでに2回にわたってゲノム情報が示す国内伝播の状況を概説してきた(2020年4月27日1)、2020年8月6日2))。また、日本国内3,4)、ダイヤモンド・プリセンス号の乗員乗客5)、空港検疫所の陽性検体6)より確定されたSARS-CoV-2ゲノム配列の解析については学術誌にて参照可能である。

2回目の公開からおよそ4カ月が経過したことから、本報告においては2020年10月末までのクラスター発生の一端を分子疫学的に示したい。世界各地の研究機関でSARS-CoV-2 のゲノム配列が解読されており、2020年11月17日現在で151,910ゲノム配列(ゲノム分子疫学に適正な完全長配列)がGISAID*に登録されている7)。国内の陽性検体からも約1.1万のSARS-CoV-2のゲノム情報を確定し、ゲノム情報から得られた塩基変異を基にウイルス株間の関係を示すハプロタイプ・ネットワーク図を作成した()(GISAID登録準備中)。

現在、国内で検出されるSARS-CoV-2は、元を辿れば2つの系統に由来すると推定されている()。3~4月・欧州系統の中心クラスターから300を超えるクラスター系統へ分岐・派生したものの、この2系統のみ残し他はすべて消失していた。現在全国から報告されている陽性者から検出されるSARS-CoV-2の多くがこの2つのゲノム・クラスター群に集約される。それら2つのゲノム・クラスター群において、欧州系統との明確なリンク役となるウイルス株はいまだ発見されておらず、空白リンクのままである(2020年8月6日公開時と見解は変わらず)。この期間、特定の陽性者として顕在化せず保健所が探知しづらい対象(軽症者もしくは無症状陽性者)が感染リンクをつないでいた可能性が残る()。

2020年10月末時点の日本国内におけるPCR検査を主とする総陽性者数は11万人であることから、全体の~10%の陽性者から検出されたウイルスについての分析ができたことになる。しかしながら、主に大都市圏での調査が十分に実施できていないため、本調査は地域バイアスを伴った評価であることがぬぐえない。その要因のひとつとして、地域によっては民間検査が主流となり、行政検査として自治体による検体収集に時間を要していると考えられる。そのため民間検査会社への協力を依頼した。

新型コロナウイルス・ゲノムの微小変化(変異)について

に示したとおりSARS-CoV-2はすでに多くの変異が蓄積されてきていることが分かる。しかしながら、通常その変異は中立の変異であり、ウイルスの性状に大きな変化を来さないと考えられる。SARS-CoV-2の塩基変異に伴う病原性の変化についての議論がしばしばみられるが、病原性はゲノム情報だけでは検証できず、臨床情報とウイルス学的な実験検証結果を照らし合わせて総合的に判断する必要がある。

日本国内で拡大進行中の“系統”において、ワクチン・ターゲットであるSpikeタンパク質に特段の中和活性を落とすと推定される変異はみつかっていない。Spikeタンパク質の変異として知られる614番目のアスパラギン酸がグリシンに変異したSpike: D614Gは、3月の欧州系統に由来する株が持つ特徴である。日本のほぼすべてのSARS-CoV-2はD614Gを基本にした株であり、現在の流行株もD614Gを継承している。D614Gの評価について、Nature誌に概説が公開されている8)

新型コロナウイルス・ゲノム情報からみた日本の水際対策

現在、各国での適正な出入国制限により、ウイルスゲノムに地域・国独自の変異が蓄積していることが考えられる4)。その変異を特徴・目印としてウイルス株の由来をおよそ把握することができている。空港検疫所で検出された陽性検体(11月初旬までの328検体)からSARS-CoV-2ゲノムを確定した6)。日本で検出されていない系統の流入リスクについては、現在のところ、海外流入を明確に示すデータが揃っておらず、それに続く国内伝播も十分に確認できていない。国内で検知された症例のうちゲノム解析まで実施された検体は一部分であり、今後のより詳細な調査結果を待つ必要がある。空港検疫所検体のゲノム確定は水際対策の評価として有効なだけでなく、海外の流行状況をゲノム情報として収集でき、かつ情報還元することにより国際貢献にもつながると考えられる。

さいごに

同一のゲノム情報をもつSARS-CoV-2であっても、ヒト側の持つ重症化リスク等を考慮に入れる必要があり、ゲノム変異だけを根拠に病原性(または重症度への寄与)を説明することは困難である。塩基変異を手がかりとした“ゲノム情報を基礎にしたクラスター”追跡への活用は、“ウイルス分子疫学”として陽性検体を束ねてその共通因子を探る調査法であり、患者個人や発生地域を特定することを目的としていない。ゲノム情報を基にして、“分かりやすい形でのウイルス同士の関連を可視化”し、感染伝播の特徴や感染症対策の重要性に、より理解が深まることを期待して本情報を公開するものである。

* Global Initiative on Sharing All Influenza Data (GISAID) 7)
 GISAIDは、鳥インフルエンザが猛威をふるった2006年8月に医療分野の研究者たちによって設立されたインフルエンザウイルスの情報データベースである。SARS-CoV-2ゲノム情報もGISAIDが主体的に運用し、登録・収集されている。毎年一定数の検体から病原体遺伝子情報を取得して歴年の発生動向を調査し、伝播状況やワクチン株選定等に利活用される。~1,000株/年ほどの日本のインフルエンザウイルス(A/H1およびA/H3)のワクチン抗原(ヘマグルチニンHA)および抗インフルエンザウイルス薬阻害ターゲット(ノイラミニダーゼNA)の遺伝的特徴が登録されている。

謝辞:検体採取等調査にご協力いただきました医療機関、保健所および行政機関の関係者に深謝致します。

本研究は日本医療研究開発機構AMED(研究課題番号:JP19fk0108104,JP20fk0108103)と厚生労働行政推進調査事業費・「新型コロナウイルス感染症等の感染症サーベイランス体制の抜本的拡充に向けた人材育成と感染症疫学的手法の開発研究」(班長・鈴木 基、分担・黒田 誠)の研究支援を受け実施した。

本稿に関連し、開示すべき利益相反状態にある企業等はありません。

 

参考文献
  1. 新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム分子疫学調査
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/basic-science/467-genome/9586-genome-2020-1.html(2020)
  2. 新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム分子疫学調査2(2020/7/16現在)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/basic-science/467-genome/9787-genome-2020-2.html(2020)
  3. Sekizuka T, et al., SARS-CoV-2 Genome Analysis of Japanese Travelers in Nile River Cruise, Front Microbiol 11, 1316, doi:10.3389/fmicb.2020.01316 (2020)
  4. Sekizuka T, et al., A Genome Epidemiological Study of SARS-CoV-2 Introduction into Japan, mSphere 5, doi:10.1128/mSphere.00786-20(2020)
  5. Sekizuka T, et al., Haplotype networks of SARS-CoV-2 infections in the Diamond Princess cruise ship outbreak, Proc Natl Acad Sci USA, doi:10.1073/pnas.2006824117(2020)
  6. Sekizuka T, et al., COVID-19 Genome Surveillance at International Airport Quarantine Stations in Japan, J Travel Med In press(2020)
  7. https://www.gisaid.org/epiflu-applications/next-hcov-19-app/
  8. コロナウイルスの変異を理解する
    https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v17/n12/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%A4%89%E7%95%B0%E3%82%92%E7%90%86%E8%A7%A3%E3%81%99%E3%82%8B/105638(2020)
 
 
国立感染症研究所病原体ゲノム解析研究センター
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