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新型コロナワクチン接種後に新型コロナウイルス感染症と診断された症例における抗体応答

(速報掲載日 2021/12/17) (IASR Vol. 43 p18-20: 2022年1月号)
 

 国立感染症研究所(感染研)では、感染症法第15条の規定に基づいた積極的疫学調査として、新型コロナワクチン接種後に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と検査診断された症例(ワクチン接種後感染症例)に関する調査を行っている1,2)。本調査に報告された症例の一部においては、診察した医師からの求めに応じて感染研で血清抗体検査を実施しており、これを後ろ向きにまとめた研究の暫定結果を報告する。なお本調査では、ワクチンの有効性等については評価していない。

方 法

 積極的疫学調査の詳細は、新型コロナワクチン接種後にCOVD-19と診断された症例に関する積極的疫学調査の第一報1)および第二報2)を参照されたい。感染研で実施したワクチン接種後感染者の血清抗体検査について、この意義を科学的に検討していく必要があることから、検査および研究の二次利用の同意を得られた者の検査結果について後ろ向き研究として解析を実施した(感染研 倫理審査委員会 受付番号1275)。抗ヌクレオカプシド(N)抗体および抗スパイク(S)抗体はロシュ・ダイアグノスティックス社 Elecsys® Anti-SARS-CoV-2、および Elecsys® Anti-SARS-CoV-2 S〔メーカーの規定したカットオフを暫定的に使用(抗N抗体でカットオフインデックス(COI)≧ 1.0;抗S抗体で≧0.8 U/mL)〕を用い、中和試験は新型コロナウイルス(Japan/TY/WK-521/202株, PANGO系統 A)とVeroE6/TMPRSS2細胞を用い、COVID-19 血清学検査マニュアル(国立感染症研究所)3)に従って実施した。なお、免疫が不十分に付与された1回目接種後14日〜2回目接種後13日(部分的接種者の感染)と、2回接種後14日以降(ブレイクスルー感染)症例を分けて解析している。

結 果

 積極的疫学調査で報告された症例の属性等の詳細については新型コロナワクチン接種後にCOVID-19と診断された症例に関する積極的疫学調査の第一報1)および第二報2)を参照されたい。11月15日現在、血清抗体検査は72例(うちブレイクスルー感染症例42例)で実施された。現在、国内で使用されているワクチンはスパイク(S)抗原をコードする配列以外のウイルスゲノム配列を有していないことから、抗S抗体・中和抗体は、ウイルス感染とワクチン接種により誘導される。対して、抗N抗体はウイルス感染のみで誘導されると考えられているが、ワクチン接種後感染者においては、抗N抗体は診断後10日目以降に採取された血液検体から検出された()。しかし、診断後20日以降の血液検体でも抗体が検出されない症例もあり、ワクチン接種状況によらず、診断後10日目以降に採取された検体の半数以上が陰性(COI<1.0)であった(部分的接種者感染例の検体57%、ブレイクスルー感染例の検体56%)。一方で、抗S抗体・中和抗体は診断後早期に採取された血液検体においても高い値を示し、経時的にさらに上昇する傾向がみられた。

考察・公衆衛生的意義

 本報告では、国内におけるワクチン接種後感染の抗体応答について報告した。抗N抗体は診断後10日目以降に採取された検体では、一部陽転しない症例も認められた。既報でもワクチン未接種者の自然感染例において、特に無症状・軽症者で抗N抗体が陽転化しないことが報告されており4)、ブレイクスルー感染でこの頻度が高まるかは、さらなる検討が必要である。一方で、感染前の抗体価は不明であるものの、抗S抗体・中和抗体は急性期のごく初期から高い値を示し、回復期ではさらに上昇していく傾向があることから、ブレイクスルー感染例の大多数は、ワクチン不応者(ワクチンに対する抗体応答の全くない者)ではなく、感染に対する抗体応答も誘導されていることが明らかになった。海外の知見からは、ワクチン接種後一定期間経過した時点での抗体価と発症予防効果が正の相関を示すことが明らかになりつつあり5,6)、今後の新型コロナワクチン開発に要する時間短縮の鍵となる「候補となっているワクチンの接種後、一定期間経過した集団における抗体価の中央値をもとに当該ワクチンの有効性が推定できる」という相対的な指標を得られつつある。一方で、個々人において「この抗体価以上であれば感染・発症を予防できる」といった絶対的な閾値については、その存在そのものがいまだ不明である。このような閾値が存在したとしても原理的にはブレイクスルー感染が全く発生しない抗体価に設定されるので、上記の相対的な指標よりも高い値になると予想される。また、ワクチン接種後の中長期的な抗体価減衰については多くの報告があるものの、抗体の親和性成熟による高機能化や細胞性免疫の寄与もあり、抗体価のみで中長期的なワクチン有効性を評価することは困難と考えられている。したがって現時点では、ワクチン接種者が新型コロナウイルスに感染し、発症および重症化する可能性を個別に評価するために任意のタイミングで抗体価を測定する意義は限定的と考えられる。また、現行のワクチンは高い有効性を示すが、ブレイクスルー感染者においても感染性ウイルスを排出しており、二次感染を起こすことがある2)

 本調査の制限は積極的疫学調査の第一報に記載の通りである1)。また、海外における臨床試験や観察研究と同様に、国内においてもデルタ株に対する新型コロナワクチンの高い有効性は示されており7)、本報告は日本において承認されている新型コロナワクチンの高い有効性を否定するものではない。

 注意事項:迅速な情報共有を⽬的とした資料であり、内容や見解は知見の更新によって変わる可能性がある。

 謝 辞
積極的疫学調査にご協力および検体をご提出いただいた以下の各自治体および医療機関の皆様に⼼より御礼申し上げます:
青森慈恵会病院、秋田県健康環境センター、安芸福祉保健所、阿蘇温泉病院、厚木市立病院、池上総合病院、石川県済生会金沢病院、石川県保健環境センター、イムス札幌消化器中央総合病院、イムス富士見総合病院、印旛健康福祉センター、宇都宮市衛生環境試験所、江別病院、大分県衛生環境研究センター、大分県厚生連鶴見病院、大分市保健所、大阪医科薬科大学病院、大阪医療センター、岡山協立病院、岡山市新型コロナ保健・衛生対策本部、帯広第一病院、帯広徳洲会病院、帯広保健所、小山田記念温泉病院、笠井医院、柏市保健所、亀田総合病院、河内総合病院、北九州市保健環境研究所、北里大学北里研究所病院、岐阜県総合医療センター、岐阜県保健環境研究所、岐阜市保健所、岐阜赤十字病院、京都医療センター、京都市衛生環境研究所、共立習志野台病院、協和会協立病院、近畿大学病院、熊本県保健環境科学研究所、熊本市新型コロナウイルス感染症対策課、熊本市民病院、熊本赤十字病院、久留米市保健所、群馬県衛生環境研究所、群馬県済生会前橋病院、慶應義塾大学病院、公立阿伎留医療センター、公立八鹿病院 老人保健施設、郡山市保健所、国際医療福祉大学病院、国際医療福祉大学三田病院、国際親善総合病院、国立国際医療研究センター、国立病院機構名古屋医療センター、済生会守山市民病院、済生会山口総合病院、さいたま市立病院、埼玉西協同病院、さくら総合病院、佐世保市総合医療センター、札幌市保健福祉局、渋谷医院、島根県保健環境科学研究所、下関市立市民病院、下関市立下関保健所、順天堂大学医学部附属順天堂医院、湘南第一病院、市立伊丹病院、新小文字病院、新山手病院、杉並保健所、墨田区保健所、ダイワ会大和病院、高崎市保健所、玉島中央病院、多摩南部地域病院、茅ヶ崎市保健所、千葉県衛生研究所、千葉市環境保健研究所、つくばセントラル病院、土谷総合病院、鶴川サナトリウム病院、東京医科歯科大学、東京女子医科大学東医療センター、東京高輪病院、東京都健康安全研究センター、東京都健康長寿医療センター、栃木県保健環境センター、斗南病院、豊田市保健所、長崎県壱岐病院、長野県上田保健福祉事務所、長野県環境保全研究所、長野市保健所環境衛生試験所、成田赤十字病院、成田富里徳洲会病院、南海医療センター、南洲整形外科病院、南部徳洲会病院、新潟県保健環境科学研究所、新潟市保健衛生部、西神戸医療センター、西宮市保健福祉局保健所、新田耳鼻咽喉科、日本医科大学千葉北総病院、函館市衛生試験所、原田病院、兵庫県立健康科学研究所、広崎会さくら病院、福岡市民病院、牧田総合病院、松井病院、松本市保健所、三重県保健環境研究所、みさと健和病院、水島協同病院、三井記念病院、三和会永山病院、箕面市立病院、山梨県衛生環境研究所(五十音順)

 

参考文献
  1. IASR 42: 167-170, 2021
  2. 国立感染症研究所,IASR, 新型コロナワクチン接種後に新型コロナウイルス感染症と診断された症例に関する積極的疫学調査 第二報(2月号掲載予定)
  3. COVID-19 血清学的検査マニュアル
    https://www.niid.go.jp/niid/images/pathol/pdf/COVID-19Serology_Ver1.pdf
  4. Allen N, et al., J Infect 83(4): e9-e10, 2021
  5. Feng S, et al., Nat Med: 10.1038/s41591-021-01540-1, 2021
  6. Gilbert PB, et al., medRxiv, doi:10.1101/2021.08.09.21261290
  7. 新城ら, 国立感染症研究所, 新型コロナワクチンの有効性を検討した症例対照研究の暫定報告(第一報および第二報)

国立感染症研究所
 感染症疫学センター・感染病理部 
  新城雄士
 感染病理部
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